第28話 リリと温泉と、黒い渦と②

 夜、ユズはキアラと一緒に温泉に入った。

「ユズ、隠さないで?」

「それは無理! 恥ずかしいんだもん。あっ、近くに来ちゃ、駄目だってば!」

「……きれいだね」

「きゃっ! もうちょっと離れて」


「ふふふふ。――ところで、ユズ。大事な話があるんだよ。初めて来た日に、謁見の間で黒い渦みたいなものを感じたって言ったよね」

「うん」

「僕、その正体を知りたいんだ。誰がその黒い渦を出しているのか」

「……誰か、までは分からなかったの。あの謁見の間に渦巻いていて――恐ろしいほどの悪意だったわ」

「ユズは、能力を高める訓練をするといいね。ドラゴンは思念伝達が出来るから、心を読まれても人間みたいな反応はしない。だけど、同時に、心を閉ざして読まれないようにすることも出来るんだ」

「あたし、もともと全部読めるわけじゃないもの」

「抑えていたせいもあると思うんだ。ユズ、精神感応の力を高めて、僕をたすけて?」


「うん――きゃん! あん、もう! どこ触っているの⁉」

「ふふふ。ユズ、大好きだよ。――すべすべだね」

「キアラ!」

「ユズ、暴れないで」

 キアラはユズを後ろからぎゅっと抱き締めた。

「あん、だって」

「いいから。――母上が病気がちなのは、その黒い渦のせいかもしれないんだ」

「……そうなの?」

「うん。ここ数年で急に体調を崩したんだ。おかしいよ。ドラゴンは長寿なのに――」


 そのとき、ユズは突然気づかされた。

 ドラゴンは、長寿なのに――

 あたしは? あたしはただの人間。しかも、アルニタスに《渡って来た人》。

 キアラはあたしを一生大事にするって言ってくれた。

 でも、あたしは、キアラの長い一生の、どれだけ一緒にいられるんだろう?

 急に胸が重いもので塞がれてしまったかのような感覚に襲われた。


「ユズ? どうしたの?」

「なんでもない」


 そのことは考えるのはやめよう、とユズは思った。だって、どうしようもないから。

 キアラと自分の寿命が同じではないと分かった瞬間、ユズは自分でも驚くほどの寂寥感でいっぱいになった。悲しくてたまらなかった――でも、それをキアラに言うことは出来なかった。だって、寿命だもの。……仕方のないことだもの。

 ……キアラの人生のほんの一部だけ。

 泣きそうになって、ユズはお湯で顔を洗って誤魔化した。


 あたし。

 こんなに悲しくなるなんて。

 ……いつの間に、あたし、キアラのことをこんなに好きになっていたんだろう?

 キアラと目があって、ユズは初めて自分からキアラにキスをした。キアラは驚いた顔をしたけれど、キスを返してきて、そして二人は長い長いキスをした――

 キアラ。

 最初、どうして女の子だって思ってしまったんだろう?

 こんなに、男の子なのに――腕も胸も何もかも。



 翌朝、朝食のときのことだった。

 音にならない声がユズの脳裏に突き刺さった。

『……早く食べてしまえばいいのに。そして血を吐いて死んでしまえばいい』

 え? 

 ユズは音にならない声の方を見た。使用人がいた。見たことのない顔だった。使用人はユズと目が合うと、怯えた目をして逃げようとした。


「キアラ! ごはん食べないで! ――そこのあなた‼ 待ちなさい!」

 ユズの声で、キアラが水球を放ち、怪しい使用人は水で捕らえられた。

「あなた――食事に毒を入れたわね」

 ユズが言うと、その使用人は恐怖でひきつった顔をした。

「……毒を入れた?」

 キアラが恐ろしい声で言った。

「僕はいいんだよ。毒耐性があるからね。でも、ユズが食べたら死ぬよね? てことは、お前、死んでもいいよね?」

 キアラからぱちぱちと雷光が立ち昇った。

「キアラ、待って! 犯人が誰か、聞かないと。この人じゃなくて、命令した人がいるはずよ」

「こいつ、レッドドラゴン族の使用人だよ。エフィムのところで見たことがある」

「……じゃあ、エフィムが?」

「分からない――あ!」


 キアラとユズが話している隙に、毒を入れたと思われる使用人は水の捕縛から逃れて、テラスの方に向かって走り抜けていた。しかし、彼女は人間だから、これ以上逃げられない。ここは王宮でも高い階層にある部屋だから、テラスの外に行けるのは空を飛べるドラゴンだけだった。

 その女は青ざめた顔で、キアラをユズを見た。

 そして、次の瞬間、ふわりと宙に浮くと、テラスの向こう側に落ちて行ったのである。

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