第26話 三人の妃候補たち③
結婚式の準備は早急に行われた。
真っ白なウエディングドレスもユズに合わせて作られていて、レースとフリルがたっぷりで、光る刺繍と宝石が縫い付けられたそのドレスを、ユズはとても嬉しく眺めた。
こんなきれいなドレスを着る日が来るなんて。
村にいたときには考えられなかった。
「よく似合うよ、ユズ。とてもきれいだ」
キアラはドレスを試着したユズを見て言った。
「ほんと⁉」
「うん。脱がせるのが楽しみだよ」
「――キアラ!」
ユズは顔を真っ赤にした。だけど、ドレスはとても嬉しくて、鏡に映る自分の姿を何度も見た。
ユズの花嫁衣裳を用意するのが結婚式の準備の中で一番大きなことだったので、ウエディングドレスが出来てきて、キアラとユズはほっとした気持ちになっていた。
――ところが、ドレスが出来上がった翌日、その衣装がびりびりに破かれていたのだ。
「……誰?」
無残に破壊されたドレスを見て、ユズは悲しみより怒りが込み上げてきた。
このドレス、職人さんたちが一生懸命作ってくれたのに!
こんなべたないじめ、許せないわ! あたしが落ち込むと思ったのかしら? 馬鹿みたい! とユズは思った。
そして、破れたウエディングドレスに触ったとき、ユズは声を聞いた。
『いい気味ですわ。結婚式なんて、なくなればいいんですわよ!』
「んー、なるほど」
「ユズ? ウエディングドレスは作り直せばいいから、落ち込むことはないよ」
キアラは優しく言う。
「キアラ、心配しないで! あたし、犯人分かったから」
きれいなドレスは嬉しかった。けれど、ドレスを破かれて落ち込んでいたのではない。それよりも、ドレスを一生懸命作った人たちの気持ちを踏みにじったことが許せなかった。
ほんと、幼稚なんだから――まあ、実際、年下なんだけど。
「ユズ、どうする?」
「うん! あたし、なんとかしてみる。あ、ドレスはどうにも出来ないから、あるものでいいよ。或いはもっとシンプルなので!」
「分かったよ、僕のユズ」
キアラはユズを抱き締めた。
ところでユズがドラゴンの王国に来て一番嬉しかったのは、温泉である。
温泉があちこちに湧き出ていて、王宮内にもいくつか自然の温泉を利用した湯殿があって、いつでも入ることが出来た。そしてユズは、何かあると温泉に入ることにしていたのである。
ユズは温泉にゆっくりつかりながら、どうしてやろうか、いろいろと考えを巡らせた。
ともかく、ちゃんと話すしかないわ。
でも相手は年下だから、どういうふうに言ったらいいかしら。
温泉の中で考えていると、先ほどの怒りも少し収まってきた。そして、ともかく冷静に話をしてみようと、ユズは思った。
そしてユズがお湯から出て、服を着ようとすると――服が無かった。
ああ、もう‼ やることが子どもなんだから!
「リリ!」
ユズは冷静に話をしようと決意したこともすっかり忘れて、布一枚で身体を巻いた状態で、使用人たちが悲鳴を上げて止めるのも聞かず、王宮内のリリの部屋に走って行った。ホワイトドラゴンの王宮はとても広く、妃候補たちはみな王宮に逗留していたのである。
「……ユズ……!」
リリはひどく驚いた顔した――それはそうだろう。年若い、しかももうすぐ結婚をする女性が、布一枚巻いただけの濡れ髪で現れたのだから。
「あなたね、くだらないこと、もうやめなさい!」
ユズはそう言うと、リリの頬をぴしゃりとはたいた。……なんか、妹のアンズを思い出すなあ、と思いながら。弟や妹が悪さをするたびに、ユズは彼らを叱っていたのだ。
『あたくし、あたくし……不安でしたの。人型になれたのも最近ですし。お父様やお母様と離れて王宮で暮らさなくてはいけなくなって……不安で……さみしくて堪らないんですの……』
リリの目に涙が浮かんだ。
「リリ。あなたが不安なのは分かったわ。でも、誰かが一生懸命作ったものを壊したり、くだらないいやがらせをしたりするのはやめなさい。あながの品位が落ちるわよ」
ユズがそう言うと、リリの表情がみるみるうちに変わった。頬に赤みが差し、大きな蒼い瞳には喜びの色が浮かんだ。
「……お姉様……‼」
「は?」
「お姉様、素敵っ!」
リリはそう言って、喜色満面でユズに抱きついてきた。
『あたくし、こんなふうにちゃんと叱られたの、初めてですわ! お姉様、大好き!』
「はあ?」
ユズの混乱も空しく、リリはユズに懐いてしまったのである。
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