第21話 旅立ち――自由へ!②

 絶景だった。

 ドラゴンの背に乗って見る、下界。


 小さく見える村――人狼の里も見える――《迷いの森》があんなに小さく見える。《迷いの森》、どこまでも続いて果てがないかのような深い森に見えていたけれど、《迷いの森》の向こうに、人里が見えた。

 あれは、アルタニスの人の村?

 すごい! 初めて見た‼

 大きな湖も見える――きれいな湖面。きらきら光ってる――人魚? 人魚が泳いでる! 聞いたことはあったけれど、見たのは初めて。

 美しい緑、美しい碧。

 世界はなんてきれいなんだろう?


「楽しい?」

「楽しい! 空から見る景色って、こんなにきれいなんだね」

「これからはいつでも見せてあげられるよ、ユズ」

「あ! あれはドラゴンの王国?」


 光るような情景がそこにはあった。

 何度も夢に見た場所。

 緑の草原、碧い湖。高原の花々――そして、楽しげに動いている色とりどりの――ドラゴン? 小さくて判然としない。だけど、ユズは胸の高まりが抑えられなかった。


「うん、そうだよ。もうすぐ到着する」

「ねえ、さっきはびっくりしたよ」

「ミフネのこと?」

「うん」

「……ミフネはいいヤツでユズを守ってくれていたから、いろいろ赦していたけど――っちゃおうかと思ったよ!」

「……本気?」

 キアラはそれには応えずに、一声咆哮した。それはドラゴンの笑い声のように聞こえた。


「……ずっと、ユズのことを思っていたんだ。九年前のあの日から。ユズ、いっしょに来てくれて本当に嬉しいよ。もう、離さないから」

「――うん」

「……ドラゴンの王国は今、争いで大変な状況なんだ。僕は王太子だから、あまり長く国を離れていられなくて、だから急がせてごめんね」

「うん、それは平気」

「ねえ、ユズ。ユズの能力で、僕をたすけてくれたら嬉しい。僕の片腕となって?」

「あたしの能力?」

「そう。ユズの精神感応の力が僕の力になる」

「……ときどき、誰かの気持ちが分かるだけで、そんなたいしたものじゃないよ」

「磨けば有効だよ」

「そうなのかな?」

「そうだよ。……ユズは、そもそも能力を抑えていただろう? もっと自由でいいんだ。ドラゴンの王国では、その能力を気味悪がる人はいないよ」

「自由?」

「そう! 自由!」


『ユズはユズのままでいいんだ』

 キアラの心の声が聞こえる。

 心の声に反応していいんだ。

『うん!』

 キアラは急降下した。

 風がユズの顔に当たり、地が急速に近づいてきた。


「きゃあ! 何これ、楽しいっ」

「そう?」

「うん!」

 あたしはあたしらしく、遠くへ!

 今まで見たことのない場所へ行きたい。

『ユズ、いっしょに行こう。誰も行ったことのない高みへ』

『遠くへ――美しいところへ!』

『自由に』


《峻厳の山脈》がユズの目前に迫った。

 遠くからだと、ごつごつとした岩のような山脈だけれど、近づくと美しい緑が広がり、湖や湿原が広がっていた。太陽の光を浴びて湖がきらめき、緑の木々は優しく風に揺れて、葉がひらりと舞っていた。そして、高原の花々が咲き、そこに色とりどりのドラゴンが遊び、世界を彩っていた。


「やっぱり、ドラゴンだ!」

「ドラゴンの王国だからね」

「あっ……もしかして、人間もいる?」

「王族は、王宮では人型で生活しているからね。ときどき人間の街にも行くんだよ」

「そうなの?」

「そう。人間から文化なんかを吸収することもあるんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「うん。でね、王宮の使用人は人間なんだ。何しろ、ドラゴンで人型になれるのは王の血を引く者だけだからね。――下りるよ!」


 キアラは王宮の庭に舞い降りた。

 すると、王宮から人がぞろぞろと出てきた。

「お帰りなさいませ。キアラ様」

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