第13話 迎えに来たんだよ――約束したから①

 ユズとヒカリは、濡れた髪のまま、村に帰った。摘んだ果実が入った籠を抱え、髪から雫を垂らしながら、歩いていく。村の人たちの視線を、ユズは感じた。

『どうして濡れているんだ?』

『ヒカリさんは、なぜユズといるんだろう?』

 ユズが何気ない悪意にびくっとなると、ヒカリがユズの手を握って、にっこりと笑った。『だいじょうぶ、ユズ。僕がいるから』


 ユズがほっとしたそのとき、「ユズ。どこに行っていたんだ?」というミフネの声がした。

「ミフネ。果実を収穫に行っていたの。《峻厳の山脈》の方の」

「……どうしてそんなに濡れているんだ?」

「これは――」

 あの湖は秘密の場所だ、というヒカリの台詞が蘇り、ユズは口ごもった。

「……まあいい」

 ミフネはそう言うと、ユズの肩に手を置いた。それから、「籠、持ってあげるから、貸しな」と言った。しかし、ユズが何か言う前にヒカリが、ユズの肩に置かれたミフネの手を払った。


「だいじょうぶ。僕がいるから。行こう、ユズ」

「ヒカリ」

 ユズはヒカリに手を引かれ、倉庫へ向かった。

「ユズ! お前は俺と結婚するんだろう⁉」

 ミフネの声が鋭く刺さった。

「しないよ」

 ユズではなく、ヒカリが応えた。

「ユズはお前とは結婚しないよ。――ユズ、行こう」

 ユズはヒカリに手を引かれて――強い力で――その場を立ち去った。泣きそうな顔のミフネを見て、ユズは胸が痛んだ。


『何、あの女、ずうずうしい』

『でも、これでミフネがフリーになったわ』

『ミフネと結婚したい子はいっぱいいるのに』

 近くでやりとりを見ていたらしい人たちの心の声がユズの中に入り込んで来た。

 ユズは目をぎゅっと閉じた。

 ミフネのことは好き。

 だけど、そういう好きじゃない。――たぶん。


「たぶん、じゃないよ。好きじゃないよ」

 ヒカリが言う。

「でも、ミフネはずっと優しかったの。家族以外では、ミフネだけがあたしに優しかった。……家族とも、なんとなく隔たりがあって。……仲が悪いわけじゃないの。それは分かるでしょう? でも、お父さんとお母さんは、ときどき二ホンのことを話して、すごく懐かしがっているの。あたし以外のきょうだいはみんな、アルニタスの生まれだから能力もなくて、この地に馴染んでいるの。……なんか、あたしだけが宙ぶらりんで。どちらにも、入れないの」

 ユズはヒカリに手を取られたまま、立ち止まって涙をこぼした。


「ミフネはずっと優しかった。――だけど、ミフネがあたしのことを思うみたいに、ミフネのことを思えなかった。……どうしよう?」

 ヒカリはユズの涙をぬぐうと、「どうもしなくていいんだよ」と優しく言った。

「だって、村長さんに結婚しろって言われてる。――今、ヒカリが来たから、なんとなくうやむやになっているけど」

「うん、だから来たんだよ」

「どういうこと?」

「ユズ。僕がここに来たのは、ユズに結婚話が持ち上がったからなんだ。――だって、ユズは僕のものだから」

 ユズが何かを言おうとしたとき、「ユズ!」というミフネの声がした。


「ミフネ」

「なあ、ユズ。俺と結婚しようよ。村長さんも認めてくれている。俺の家族もユズの家族も認めてくれている。どうして首を縦に振らないんだ」

「だって――」

「俺はユズが好きなんだ――小さいころからずっと。……知っていただろう?」

 ユズは目に涙をいっぱいに溜めながら、ミフネの言葉を聞いていた。

 ――うん、知っていた。でも。


「ユズがときどき、人の気持ちが分かるようなことを言うことがあるのも、分かってる。それでも俺はユズが好きなんだよ。……ずっといっしょだったじゃないか」

 ミフネは、筋肉がたっぷりついた太い腕でユズを引き寄せ、そして抱き締めた。

「ユズ――好きだ」

 ミフネはユズの顎に手をかけ上を向かせ、ユズにキスをしようとした――

 ――ところへ、水球が鋭くミフネに直撃した。


 ヒカリが恐ろしい形相で、いくつもの水球を浮かべてミフネを睨みつけていた。

「ユズから離れろ!」

「ヒカリ……!」

 ヒカリの白銀の長い髪は宙に広がり、稲妻のように光りパチパチと音を立てていた。

 水球が数発、ミフネに直撃して、ミフネはユズから離れよろめいた。

 そこに稲妻が走りそうになり、ユズは叫んだ。

「ヒカリ、止めて!」

「……ユズ、こっちに来て」


 ヒカリは水球と稲妻をおさめると、ユズに手を差し伸べた。ユズがその手をとると、ヒカリはユズを抱き締め、そしてその瞬間、二人は姿を消した。

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