第12話 ヒカリ――まさか、あなた②
「……女の子だと思っていたの……だって、あんまりきれいだから」
「ありがと」
「どうしよう!」
「え?」
「だって。裸見ちゃったし、毎日いっしょに寝てるし……さ、さっきは胸を……!」
「いいじゃない、別に」
「よくないよ、恥ずかしい!」
「……裸、見られたの、僕だけど?」
「だってだって!」
「いいからさ。とりあえず、泳ごうよ!」
「恥ずかしいからだめ!」
「だいじょうぶだよ、水に入っちゃえば」
「ヒカリ」
「行こう、ユズ!」
ヒカリはユズを立ち上がらせて――思っていたよりもずっと力強く――手を引いて、きらきら光る湖面へと向かい、そのまま水に入った。
「冷たい……! でも、気持ちいい」
「でしょう?」
ヒカリはにこにこしながら、水の中でゆらゆらした。
「……うん……ねえ」
「なに?」
「どうして、男の子だって言わなかったの?」
「聞かれなかったから」
「ヒカリのこと、みんな女の子だと思っているよ」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
「いいじゃん、男の子でも女の子でも」
ヒカリはにっこりと笑って、気持ちよさそうに泳いだ。白銀の髪が水に広がって、きらきらした。ユズも手足を伸ばして泳ぐことにした。
ひんやりとして、気持ちがいい。
……男の子でも女の子でも、いいんだ。
ユズはなんだかおかしくなり、くすくす笑った。
「あー、何笑ってるの?」
「何でもない」
「言ってよ、何がおかしいの?」
ヒカリはユズに水をぱしゃりとかけた。
「きゃっ」
「えへへ」
「ああ、もう!」
ユズも光に水をかけ、しばらく二人でぱしゃぱしゃと水をかけあった。
「楽しいね、ユズ!」
水しぶきもヒカリの髪も、太陽にきらめいて、なんだか眩しくて、その眩しさはユズにとって心地の良い明るい眩しさだった。
心の声のことを気にせずに、こんなふうにはしゃぐことが出来たのは、本当に久しぶりだ、とユズは思った。ユズがうっかり誰かの声に出していない気持ちに反応すると、だいたい気味悪がられて、距離を置かれた。だからユズには、おしゃべりする友だちはいるけれど、でもすごく仲のいい友だちはいなかった。――ミフネ以外は。
家族以外では、ミフネだけがずっとそばにいてくれた。
ミフネ――
そのとき、いっそう強く水をかけられて、ユズははっとした。
「ユズ! いま、誰のことを考えていたの?」
「ヒカリ」
ヒカリは勢いをつけてユズにしがみついてきた。そして、そのまま水中に倒れ込んだ。ヒカリの素肌の感触を感じて、ユズは今、ヒカリが裸であること、それから自分がほとんど裸であることを思い出した。恥ずかしくて、顔が赤くなるのが分かった。ヒカリ、離れて、と言おうとしたけど、水の中なのでうまく言うことが出来なかった。
透き通った水の中で、ヒカリはユズをきつく抱き締めると、それからキスをした。長いキス――息が出来ない。
ざばんっ!
大きな水音を立てて、二人は水中から出た。
「ユズ」
ヒカリは、ユズの顔に張り付いていた黒髪を頭の方に後ろに撫でつけると、両手でユズの顔を包み込み、ユズの唇に自分の唇を寄せた。
『ユズ、好きだよ。ずっと好きだった』
『ねえ、僕の心が分かるでしょう? 嘘じゃないって』
『ユズ。心の声が聞こえても平気だよ。それでも何も変わらないよ』
熱い――何もかもが。
ヒカリの心臓とあたしの心臓の音が一つになりそうだ。
心臓の音が重なって、大きな音となって聞こえてくる。
ヒカリのすべすべとした肌の感触を直接感じて、触れ合っている全ての部分が熱を持っているようだった。
「ねえ、ユズ。僕と結婚して?」
ヒカリはユズの耳元で囁くように言った。
「あたし、結婚するんじゃなくて、遠くに行きたいの。ここじゃない、どこか遠くへ」
「知ってるよ。いいよ、連れて行ってあげるよ」
「遠くに?」
「誰も見たことがないところに」
誰も見たことがない、遠いところ――そこには何があるんだろう?
ヒカリはユズの耳にキスをし首筋にキスをし、それからユズの唇を甘噛みした。
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