第5話 結婚話ときれいな女の子②

 ユズが、走って村の倉庫のところまで来ると、ミフネとばったりと出会った。

「ミフネ!」

「ユズ。どうしたの?」


「……ミフネ。ねえ、ミフネ、あたしと結婚してもいいって言ったの?」

 ユズがそう尋ねると、ミフネは少し顔を赤くて、「ああ、聞いたんだね」と言った。

「うん。――ねえ。どうして、結婚してもいいなんて、言ったの?」

「ユズは俺と結婚したくないの?」

「そうじゃなくて。あたし、結婚したくないの」

「どうして? 十六を過ぎたら、早く結婚するもんだよ」

「でも、嫌なのよ。ねえ、どうして結婚してもいいなんて、言ったの?」

「だって、それは――」

 ミフネは顔を赤くして、口ごもった。


「ミフネ」

 ユズはミフネの目を見て、そして言った。

「ミフネ。あなたの口から、あたしと結婚したくないって言って。そうしたら、あたし、結婚しなくてすむから」

「ユズ、どうしてそんな――俺は」『……ユズが好きなんだ』

 ユズは音にならない部分の声を聞いて――ミフネから逃げ出した。

 どうしていいのか、分からない。


《渡って来た人》は何かしら能力を附与されていた。世界を渡るときに。例えば、ユズの父親は怪力を得ていたし、母親は天候を読む力を得ていた。ただし、子孫にはそのような力は発現しなかった。だから、アルニタスで生まれたユズには力はないと思われていた。


 ――でも、とユズは思う。

 あたしは人の心の声が聞こえるときがある。いつもではなく、ときどきだけど。

 たぶん、あたしはお母さんのお腹の中にいて、それで世界を渡って来たんだ。この、人の心の声が聞こえる能力はそうして附与されたのだと思う。


 この能力のため、ユズは居心地の悪い思いをすることがあった。小さいときは音の声と心の声の区別がよく分からなくて、みんなも聞こえているのだと思って、色々な失敗をした。


 人の心の声が聞こえる能力のことは、誰かに話したことはない。

《渡って来た人》に附与された能力は、治癒の力や水や土を操る力、或いは戦士の力などで、人々が細々と暮らすのに実際に役立つものばかりだった。ユズのような能力を持ったものはいなかった。また、お腹の中にいるときに能力を附与された事例も知られていなかった。

 ユズはだからずっと黙っていた。力のことを。

 でも、同時に「気味が悪い」と思われているのも知っていた。


 ――だから、ミフネの好意は、本当は嬉しいのよね。でも。

 どうしてだろう?

 ユズは村から出て、広い草原を見た。

《はじまりの草原》、そしてその向こうの《迷いの森》。

 ミフネのことは好きだ。

 だけど、どうしても結婚したいとかそういう気持ちにはなれない。


 不思議だ。

 うんと小さいころから、ずっと遠くに行きたかった。

 結婚したくないのは、村を出て、どこかに行きたいからだ。

 例えば、あの《迷いの森》の向こうに。

 或いは、空を行くドラゴンが飛んで行く方向に。

 心の中にずっと存在している風景がある。美しい緑と碧い湖面と色とりどりの花々。そこに遊ぶドラゴンたち。


 あそこに行きたい。

 それから、もっと遠くの「どこか」。漠然とした「どこか」。だけど、でも、ここじゃない「どこか」。

 ミフネのことは好き。

 でも、同時に羨ましい。

 あんなふうだったら、きっと、冒険に行けた。森を抜けたり山に登ったり。あの場所を探しに行ける。

 ――ううん。

 あたしだって、行けるかもしれない。


 ユズはとりあえず、あの洞窟に行くことにした。

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