第2話 白銀のドラゴンとの想い出②
ユズの村は、ドラゴンが住まう《峻厳の山脈》の近くの小さな村だ。《渡って来た人》たちと、その子孫の村。
このアルニタス大陸には、ときどき、他の世界から人間が紛れ込む。そういう人たちは《渡って来た人》と呼ばれている。《渡って来た人》たちは集まり、いつしか小さな村を作り共同生活をするようになった。《渡って来た人》は結界を――例えば《迷いの森》を――超えて、アルニタスの人間が住んでいる土地に行くことが出来なかった。だから、《神に近い生き物》と交易しながら、《渡って来た人》同士で肩を寄せ合って、細々と暮らしているのである。
細々と――しかし、豊かではないけれど平和で穏やかな暮らしだった。
果実など自然な恵みが豊富で、きれいな水もあった。また、人狼の里が近くにあり、物資の交換も出来た。ゆっくりとした時間の中で、《渡って来た人》たちは自然とともに生きていた。
ユズは、《渡って来た人》を両親に持ち、アルニタスで生まれた子どもだ。ユズの両親は夫婦揃ってアルニタスに渡って来たのだった。
――お父さんとお母さん、ニホンの話をしている。
ユズは、ときどき両親が夜中にこっそり話しているのを聞いていた。
ニホンのことを話す両親はとても懐かしそうで少し悲しそうで、そして少し嬉しそうでもあった。
布団にもぐりながら、ユズは考える。
お父さんやお母さんは二ホンに行きたいのかしら?
あの日も、ユズはそんなことを考えながら、布団の中にいた。でも、なかなか眠ることが出来なくて、布団から出て、それからこっそりと家の外に行った。
『たすけて』
そんな声が聞こえた気がしたからだ。声の主を探そうと思ったのだ。
『たすけて』『いたい』『たすけて』
ユズは村を出て、月明かりと星明かりの中を声の方へ向かった。
すると、村から《峻厳の山脈》の方へ近づいたところに、子どものドラゴンがいた。
ドラゴン! ――まだ小さい。
ユズはゆっくりとその子ドラゴンに近づいた。
……きれい……
白銀色のドラゴンで、月と星の明かりに輝いてやわらかく光っているようだった。
「どうしたの? 迷子になったの? あたしはユズって言うのよ。あなたは?」
ユズはドラゴンに話しかけた。しかしドラゴンは蹲っているだけだった。
「しゃべれないの?」
ユズはさらにドラゴンに近づいた。
「あ! ケガしているの?」
白銀のドラゴンは、翼から血を流していた。
ユズは近くの水場から水を汲んできて、ケガをしている部分を洗い流した。それから、髪を結んでいた布で血を拭き取ると、羽織っていたショールでドラゴンを包み込むようにして抱き上げた。
「暴れないでね? ここは危ないから、あたしの秘密の場所に案内してあげる」
ユズはドラゴンを抱きかかえて、小さな洞窟に入った。この洞窟は入り口が木に隠れているため、ユズ以外に知る人はいない場所だった。
「内緒ね? ここはあたしだけの場所なの」
ショールといっしょにドラゴンを横たえると、ドラゴンは少し安心したように見えた。血を止める薬草を採ってきて、傷の手当もした。
「今日はここで休んでね。あたしはいったんうちに帰るけど、明日、また来るから」
ドラゴンはじっとユズを見た。
「だいじょうぶよ。また明日ね!」
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