魔法少女はせかいをすくう!

三雲零霞

【短編】魔法少女はせかいをすくう!




 ──今日も朝が来てしまった。


 ベッドの上で天井を見上げ、あたしは溜め息をつく。カーテンの隙間から容赦なく部屋を照らす日光がひどく恨めしかった。

 隣を見やると、黄色っぽい毛玉が寝息を立てている。こいつはいつもあたしが出かける直前になるまで起きないので、無視してベッドを出た。


 キッチンで一人分の朝食を作り、一人で食べ、一人で片づける。忙しい母はまた今朝もカロリーメイトかインゼリーで朝ご飯を済ませてしまったのだろう。それから、二人分の洗濯物を洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。制服に着替えたりメイクやヘアセットをしたりしているうちに洗濯が終わり、それをベランダに干したら、鞄を肩にかけて家を出る。


「あー、千秋、待ってぇー」


 後ろから幼児のような声があたしを追いかけてきた。

 ドアノブに手をかけたままあたしが振り返ると、黄色い毛玉──もとい、ロップイヤーのウサギのような姿をした不思議な生き物が宙をふよふよと漂っている。


「別にわざわざ学校までついてこなくてもいいのに」


 こいつの名前はフルーという。あたしが中学生の頃からの付き合いだ。


「でも、学校に行ってる時に怪物が現れるかもしれないよ?」

「妖精のワープ能力があれば一瞬で来られるでしょ」

「心配なんだよぉ……ちゃんと他の人には見つからないようにするから」


 まったく、と溜め息をつきながら、なんだかんだあたしは鞄の口を開けてやる。フルーはぱああと効果音が付きそうな勢いで笑顔になって、鞄の中に飛び込んできた。


 あたしの通う高校までは電車で十分、さらに住宅街を歩いて十五分弱かかる。

 家事をやっていたせいで今日も始業ギリギリになってしまった。生徒指導の大岩の怒鳴り声をいつものように聞き流し、あたしは教室に滑り込む。

「おはよ、千秋」「おはよう」

 近くの席の友達が小声で挨拶をしてくれる。


「おはよ~。いやあ、今日もギリになっちゃった」

「いやギリアウトなんよね」


 あたしは、学校ではいわゆる“陽キャ”“一軍”“ギャル”と呼ばれるグループに属している。髪は校則違反の茶髪だし、スカートは短く加工しているし、指定ではない白のカーディガンを腰に巻いている。あたしの仲良くしている友達のほとんどは、あたしが母子家庭で育ったことも、家が貧乏なこともきっと知らないと思う。もちろん、あたしが放課後に遊びの誘いを断った日に何をしているのかも。


 フルーは、宣言通り鞄の中で一日中大人しくしていた。放課後になり、あたしが友達と帰ろうとしていると、ポケットの中でスマホのバイブレーションが鳴った。ロック画面をちらりと確認すると、あたしは友達に用事ができたとだけ告げて、教室を後にした。

 人気のない通用門から学校の敷地の外に出る。スマホを開くより先に、鞄のファスナーを自力で開けたフルーがふわりと宙に飛び出した。フルーの額には、テレパシー中であることを示す小さな魔法陣が浮かんでいる。


「ここから北西に二キロくらいの地点だねぇ……。近くの子がもう一人召集されてるところを見るに、まあまあ大きいっぽいよ」

「おっけ。力貸して」

「もちろん!」


 フルーの体が光ったかと思うと、その姿は大きなリボンのバレッタに変わった。このバレッタを髪に装着すると、あたしは魔法の力を発揮できるようになる。


 あたしは魔法少女である。


 あたしの足が地面を強く蹴ると、すぐ横の一軒家の屋根を軽く越えるくらいの高度まで身体が上昇した。そのまま家々の屋根の上を跳び移るように、北西方向に最短ルートで向かう。

 現場に近づくと、土煙が見えてきた。怪物が暴れているらしい。と同時に、あたしの右手の方からあたしと同じように建物の上を跳んでくる人影がある。あたしのよく知る人物だ。


「ナナミ〜!!」


 あたしが大声で呼びかけると、彼女は方向をやや変えてこちらに向かってきた。


「チアキさん! お久しぶりです。良かった、チアキさんが一緒で」


 彼女はナナミ──本名を、草壁菜々未という。あたしと同じ、魔法少女である。魔法少女になって二年目、一人で現場に出るようになってからはまだ半年と少しだが、既にいくつも実績を残しており、この辺りの地区のルーキーと目されている。

 そんな優秀な彼女だが、研修期間にコンビを組んでいたあたしによく懐いてくれている。魔法少女としての仕事が忙しく中高と部活に参加できなかったあたしにとっては、数少ない可愛い後輩でもある。


「今回の怪物は中型、通常なら三人くらいで倒すやつだね」

「はい……召集されたのは私たち二人だけみたいですが、倒せるでしょうか……」

「なーに弱気になってんの! 我らがスーパールーキー・ナナミ様の手にかかれば余裕だって! それに、なんてったってこのあたしの後輩ちゃんなんだからさ、ね?」


 だから心配しなくてもいけるって、とナナミの背中を軽く叩く。ナナミは「そうですよね、ありがとうございます」と言いつつ、どこか浮かない顔をしていた。

 今日のナナミはなんだかおかしい。彼女は小型の怪物三体を同時に相手して勝ったこともあるほどの能力の持ち主だ。ただナナミは自分の力を過小評価する節があるだけから、今回だって任務を全うしてくれるだろうとあたしは判断した。


 ──後から思えば、この時ならまだギリギリ引き返せたのだ。


「じゃあ、とりまあたしが囮になって前から攻撃を仕掛けるね。できるだけ足元を狙うようにするから、ナナミは地面は避けて上から後頭部を狙って攻撃してほしい。いける?」

「わかりました」

「ナナミならきっと一発で仕留められる。期待してっから」


 あたしはそう言って、にっと笑ってみせる。ナナミが手元に魔力で剣を生成したのを確認し、あたしは土煙の中に飛び込んだ。

 幸い、近くの一般人は避難が完了しているようで辺りに人気はない。


「鬼さんこーちら!」


 怪物の前に躍り出て、わざと煽り文句で相手の気をこちらに引き付ける。何かを探すような素振りを見せていた怪物はあたしの声にまんまと反応し、白い髑髏のような顔をぐるんとこちらに向けた。真っ暗に落ち窪んだ眼窩に一瞬怯むも、ナナミが上手く攻撃するためにあたしから気を逸らさせてはいけないと自らを奮い立たせる。

 両手を胸の前に伸ばして重ね合わせ、魔力を集中させる。そして怪物の右足めがけてビームを放つ。黄金色の光が怪物の足に命中し、怪物が体勢を崩した。すぐにもう片方の足にも同様の攻撃を仕掛ける。

 怪獣の頭越しに、ナナミが剣を振りかぶって跳躍するのが見えた。これで討伐完了だ。

 そう思った瞬間、怪物の後頭部からナナミが足を滑らせた。

 ナナミの存在に気づいた怪物が頭を後ろに向けた。


「ナナミ、逃げて!!」


 叫ぶが、怪物は足を引きずりつつもナナミがいるであろう方向に向かっていく。もう一度注意をこちらに戻そうとビームを放つも、怪物の視線は一向にあたしの方に向いてくれない。

 ナナミがもう一度、怪物の正面から斬りかかろうとするのが見えた。


「ダメ!! 逃げて!!」


 怪物の手が、彼女の体躯を叩き落とした。まるで飛び回る蚊を払うように、呆気なく。

 風圧で近くのマンションの一部が破壊され、コンクリートの塊が次々と地面に崩落していく。


「ナナミ!!!」


 彼女を助けに行かなければ……そう思っても、彼女がいるであろう場所はもうもうと立ち昇る土煙で何も見えない。


『チアキ、怪物の討伐が先だよ』


 右耳の上に着けたバレッタからフルーの声がする。


「でもナナミが!」

『魔法少女として優先順位があるでしょぉ』


 ──そうだ。魔法少女がいちばんにやらなきゃいけないのは、怪物を倒して街の破壊を最小限に食い止めること。


『さっきチアキがダメージを与えたから、一人でもいけるはずだよぉ』

「……うん。ごめん、大丈夫」


 あたしは震える手を一度ぐっと握りしめ、全身の魔力を込めて、怪物の頭めがけてビームを打ち込んだ。

 ビームは、再びあたしの方を向こうとしていた怪物の顔面を貫いた。怪物は呻き声一つ上げず地に臥し、そのまま黒い煙のようにスーッと消えてしまった。


「っナナミ!! どこ!? 返事して……っ!」


 あたしは未だ土煙が立ち込める中、瓦礫を乗り越えて進む。


「う、そ……でしょ……」


 ナナミの体は、右半分がコンクリートの下敷きになっていた。口から血を吐いていて、いや、体中から出血していて、くらくらするほどの赤があたしの目を刺す。


「ナナミ、しっかりして! フルー、救護班」

『もう呼んでる』

「ナナミ、ナナミ! 返事してっ」

「あ、あ……」

「ナナミ! ねえ、聞こえる!?」


 掠れた呻き声を漏らして、ナナミが目を開けた。


「もうちょっとの辛抱だよ、今、救護班を呼んでもらってるから」

「……チアキ、さん。私、うまく、戦えなくて、ごめんなさい」

「なんで謝るの、失敗することなんて誰にでもあるんだから気にしなくていいんだよ」

「わた、し、皆さんの、期待に、沿えなくて……チアキさんの、面子も……」

「え……?」


 ──『我らがスーパールーキー・ナナミ様の手にかかれば余裕だって』『なんてったってこのあたしの後輩ちゃんなんだからさ』『きっと一発で仕留められる。期待してっから』


「は……? 何言って、」

「私……ダメダメで……ごめ、なさ……」

「ナナミ、待って、ナナミ!!」




 ──あたしらの、せいか?


 優秀だからってルーキーなんて持て囃されて、勝手に期待を押し付けられて。頑張っても「流石だね」で片づけられて、「もっとできるよ」って難しい任務を任されて……。


 どうして誰も、彼女が限界だったことに気づけなかったんだろう。漕がなきゃ倒れる自転車で、”期待”で敷かれた平均台の上を必死に走っていたことに気づけなかったんだろう。


 いや、あたしが気づいてあげなきゃいけなかったんだ。あの子のいちばん近くにいたのだから。


 あたしのせいで、ナナミは死んだんだ。先輩であるあたしのせいで。あたしのせいで。全部あたしのせい。あたしの、あたしの──


「あ、あ、……あああああぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」




 魔法少女は、自分を救えなかった。



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