断章 ——レン・ファレノシス
——ずっと、考えていることがある。
夢をみる。あの日の夢を。
何度も何度も、夢にみる。
胸の辺りが熱い。じくじくと熱を持って存在を主張してくる。
唇を噛みしめる。体が動かせない。周囲を大人が取り囲んでいるのがわかる。助けて、と音にならない声で訴えても、誰も助けてはくれない。
どうして、と思った。その時。
体中に激痛が走った。内側から引き裂くような衝撃が突き抜ける。
声も出せない程の痛みの中で、エリスは——レンは理解した。殺される。何をしているのかはわからないけれど、レンはこの大人たちに殺される。
嫌だ。お母さん。お父さん。
ついに叫び出したレンを取り押さえようとする手がある。怖かった。恐ろしかった。
どうして。どうしてこんなことするの。どうして僕なの。
——助けて、お母さん。お父さん。助けて。
泣き叫ぶレンは聞いてしまった。見てしまった。
滲む涙で霞んだ視界に、数人の大人が映る。何か話している。笑っている。
嗤っている。
その時の衝動をレンは今でも言葉にできない。頭の中が真っ白になって、痛みすらも消し飛ばしたあの叫びを。
それから、レンの名前を叫ぶ、悲鳴交じりの声が聞こえて。
ふわり、と痛みから隠すように誰かが抱きしめてくれた気がして。
そして、場面は変わった。
地獄だ。色のない世界で、それだけははっきりと分かった。
母の悲鳴が聞こえる。父の叫びが聞こえる。
平穏は唐突に破られた。穏やかに生きていたファレノシス一家は何の兆候もなく襲撃された。
母は刺された。父は撃たれた。——レンがいたからだ。
刻印式を渡せと言っているのが聞こえた。自分の胸にあるそれを狙って奴らが来たのだと、直感した。
倒れている両親の向こうで、霧が立ち昇っているのが見えた。死にたくなければ、なんて叫んでいる大人たちを無視して、両親に駆け寄った。誰かの手がレンの腕を掴んできたから、いつの間にか握っていた小刀を思いっきり振り抜いた。お守りだと父に渡されていたものだ。悲鳴が聞こえてきたが、そんなものどうでもよかった。
手を伸ばす。霧が広がる。背後では、逃げようと走り出す足音が聞こえていた。
お父さん。お母さん。
届いた、と思った。父が顔を上げる。母が手を握る。ごめんね、とか細い声がした。
レン、ごめんね。レン、逃げろ。
嫌だ、と叫んだ。一人でなんて嫌だ、と。無理だよ、と。
——レン。いきなさい。
背中を押された気がした。——覚えているのは、そこまでだ。
そしてレンは半年後にオレアンダーに入ることになる。それまで何をしていたかはあまり覚えていない。
それから、夢をみるのだ。
あの日の夢を。地獄の夢を。
あの日を忘れるものか。あいつらを忘れてたまるか。
絶対に、忘れてなんかやらない。
許さない。許してたまるか。
声が、聞こえるのだ。
——誰が言ったのかはわからない。父か、母か。それとも自分か。
けれど確かに。
確かに、呪った。
お前のせいだ。お前らのせいだ。
——お前らみんな、死んじまえ。
それはあの日の追憶。憎悪の記憶に押しやられた、けれど確かに心の柔らかいところに刻まれた痛みの記憶。
レン・ファレノシスは、あの日の絶望を覚えている。薄れようとも、上書きされようとも、なかったことになんて、できるわけがないのだから。
そして、これは余談。少年も知らない話。ひとつの事実。因果の結果。当然の結末。
あの日、あの時、あの場所で。少年の父母を殺し、瘴気をバラまいた大人たちは、数年を待たずにひとり残らず命を落とした。
あの死の霧から命からがら生き延びたはずのものたちも。ひとり残らず。
叫ぶように。悲鳴のように。——祈りのように、呪った。その言葉のままに。
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