断章 ——ジニア・リンネリス
——本当は。
ルードが家を出ていくと言った日。
軍へ入隊する手続きを終え、ほとんど会話することもなく出ていったあの日。
本当は。心のどこかでほっとしたのだ。
それを、ジニアは認めたくなかった。あの子を引き取ると決めたのは自分自身。育てることを選んだのは自分自身。その選択を、その責任を、あの子に負わせることだけは、絶対にしないと決めていた。
だから、あの子が何を言っても後悔をしないように。あの日の選択を間違いだったなんて思わないように。
——それを、あの子は見抜いていたのかもしれない。
「あんたなんて、家族でも何でもない!関係ないだろ!」
ああ、うまくやれなかったんだな、とそう思った。
きっと、向いていなかったのだ。ジニア・リンネリスは親を知らない。家族を知らない。友人を知らない。故郷を知らない。
本当の名前さえ知らない。ジニア・リンネリスという名前は、自分で付けた。
実のところ、家族というものは全然全くこれっぽっちもわからないけれど。わからないなりに精一杯の情と時間を渡してきた。愛情なんてさっぱりわからないけれど、精一杯注いできた、つもりだった。
けれど所詮はごっこ遊びでしかなかったのだろう。ただの真似事でしか、なかったのだろう。
できないことをやろうとして、結局この様だ。あの子には本当に悪いことをした。
ルードの変化を、周りの人は反抗期だと言った。けれど、ジニア・リンネリスは反抗期なんてわからない。すぐに落ち着くよと言われたけれど、なんとなく、自分は間違えたということは理解していた。
あの子が出ていくと言われた時、反対しなかった。それどころか、よかったと、思ってしまった。
ずいぶん薄情な奴だなと、苦笑した。
離れてからも、気にかけていた。術士として入隊して、面倒ごとに巻き込まれてはいないだろうか。怪我はしていないだろうか。それが義務感だったのか、情だったのか。自分にもわからない。鬱陶しいと思われるだろうなと思いつつ、入隊したルードに手紙を送っても、一度も返ってこなかった。期待しないようにしつつも、届かない返信に肩を落とした。一年前のハイリカムとの戦いの時は居ても立っても居られず、シオンに依頼するほど焦ってしまった。
生きてさえいてくれればいいのだと、ようやく理解したのはその時だったのかもしれない。
大事にする、とは、そういうことなのかもしれないと。
そんなジニアの様子をみて、初めて出来た友人は呆れた風に笑っていたけれど。
——彼とは、ルードが出て行ってから一か月ほど経った頃に出会った。
何をやらかしたのか彼は大けがを負っていて。家に連れ帰って治療してやった。
目を覚ましたが何も語らず、ただ帰る場所はないとだけ言った彼に、だったらここにいれば良いと言ったのは、ジニアも寂しかったからなのだろう。呆気に取られていた彼は、一晩だんまりを決め込んだ後、朝食を前に世話になる、と一言そう言った。
そうして二人暮らしが始まったが、打ち解けるのは早かった。お互いに過去は語らず、踏み込まず、だからこそ、二人でいる空間は息がしやすかった。
世界を見に行くのだと旅立った彼が差し出した手を、握り返すことはできなかったけれど。
穏やかな、柔らかな声を、今でも覚えている。
——あんたは本当に、不器用だなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます