断章 ——エリス・ユーフォルビア
夢をみる。いまでも、夢をみるのだ。
あの日の夢を。地獄の夢を。
忘れるものか。あいつらを忘れてなんてやるものか。
許さない。許してたまるか。絶対に。ぜったいに。
怨嗟に呼応するように、体中に激痛が走った。内側から引き裂くような痛み。声も出せない程の。悲鳴すら上げられない程の。滲む涙で霞んだ視界に、数人の大人が映る。何か話している。笑っている。——嗤っている。
そうか、と思った。お前らの、せいか。
ふわり、と。
痛みから隠すように誰かが抱きしめてくれた気がした。けれど、そのぬくもりはすぐに溶けるように消えていった。誰かを探すように声を上げる。誰も気付いてくれない。答えてくれない。
だけど——ああ、声が聞こえる。
なんて言っているのだろう。
なんて言っていたのだろう。
——誰が。言ったのだろう。
悲鳴が聞こえる。逃げろと言っている。謝る声が聞こえてくる。
走り出す。紫の霧が広がっていたが、そんなのどうでもよかった。行く手を阻むように、誰かの手が腕を掴む。反射的に、握っていた小さな刀を振り抜いた。悲鳴が聞こえてきたが、そんなものどうでもよかった。
手を伸ばす。届かない、と思った。
そして、誰かに突き飛ばされて。
霧が広がる。呑み込んでいく。夢の中に沈んでいく。
誰かが囁いた。誰もが叫んだ。
——お前ら、みんな。
は、と目が覚めた。
荒い息を整え、エリス・ユーフォルビアはソファから身を起こす。見覚えのない部屋に身構えて、ジニア・リンネリスに借りた一室だと思い出す。無意識に小刀に伸ばしていた手でぐしゃぐしゃと髪を掻きまわした。明かりが消えた部屋の真ん中に置いてあるベッドでは、倒れたアスタが眠っている。息を殺して近づく。
顔色はよくないが、寝顔は穏やかだ。よかった、と思うのと同時に、だから言ったのに、と拗ねたような気持ちがある。
この人は、なぜ他人のためにこんなにも頑張るのだろう。
理由は聞いた。アスタは、アミを昔失った友人の代わりにしているのだといった。まるで罪の告白のようだったが、別にいいのではないかと思う。だって、理由が何であれ、アミは確かにエリスに救われた。動機が崇高なものである必要なんてどこにもない。大切なのはどう行動したか。エリスはそう思う。
エリスが頑張ったのはあの子たちのためだ。嫌なことを言われても、心を許せる人がいなくても、どれだけ傷が疼いても、立ち止まらなかったのはあの子たちがいたからだ。まっすぐにエリスをみて、大好きだと伝えてくれたあの子たちに、何度救われただろう。
だから、身勝手な理由で動いているのはエリスの方だ。双子には多分、気が付かれている。
「……泣かせるかなぁ」
泣かせたくはないな。怒られるのなら、まあいいのだけれど。
そういえば、アスタが約束した子というのは、どういう子だったのだろう。同年代なら、エリスとも顔を合わせたことがあるのかもしれない。いやそもそも、エリスはなにも覚えていないのだが。
もしも、覚えていたら。もしも、その子が生きていたら。もしも、あんな事件がなければ。
色んなもしもを考える。そんな奇跡があれば、エリスはどんなふうに生きていただろう。
——夢を、見るのだ。
あんな事件なんてなくて、エリスは今も両親と暮らしていて。双子もちゃんといて。そんな、どこまでもやさしくて、都合が良くて、光に満ちた夢をみる。
だけど、夢は夢だと知っている。何も覚えていないし、その子は生きていないし、両親もどこにもいない。大事なあの子たちを、エリスが守り続けることはもう、できない。
アスタは。
エリスを友と呼んだ彼は、同じことをエリスが考えていたと知ったら怒るだろうか。
だけど、もう遅い。
エリスは選んだ。選んでしまった。
そう。知っている。エリスは、痛いほどに知っている。
——帰れる場所なんて、どこにもない。
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