失踪と喪失。
「な、え? それは一体どういう意味だ?」
ようやく村に帰ってきたというところで、開口一番耳に入ってきたのは、凶報も凶報、村にいる全員、ダカラちゃん以外いなくなってしまったというニュースだった。
「え、えっとね。まず最初に帰ってきたのは村長さんだったの。そしてすぐ、ヤツガイお兄ちゃんとシカシお姉さんを探し初めて、お兄さんを助けようとしてたお兄さんがまずいって、囮になっててどうにかしないとーって」
ふむ、村長はあのあと、しっかり村に帰れていたのか。それならデコイを演じた僕の苦労も報われる。
――――のは、ここに村長がいたらの場合だよな。
「帰ってきてすぐはそんな感じで慌ててたけど、わたしがまだ二人は帰ってきてないって伝えたら、すごく青ざめてた」
「ん? ヤツガイとシカシはまだ帰ってきてないのか? てっきり僕たちが最後だと……」
空はもう暗くなりかけている。シカシならまだしも、自然に対して何らかの見識を持つヤツガイが、ここまで調査を長引かせるはずがない。二人はとっくに帰ってきていないとおかしいのだ。
僕はそう思っていたからこそ、後々助けてもらう想定で村長を逃したのだ。
「わたしに状況を伝えたあと、村長さんは自分だけで助けに行こうとしたの。それで、武器とか、灯りとか準備をし始めたの」
「なっ……じゃあ村長はもう行ったのか? 僕とすれ違いになったと?」
「ううん、行ってないよ――――っていうと、ちょっと違うのかも」
ちょっと違う? それは一体どういう意味だ?
「えっとね、次に帰ってきたのはシカシお姉ちゃんだったの。ちょうど村長さんが出発するっていうタイミングで帰ってきてね、だけど、すごいボロボロだったの全身切り傷まみれで、今のお兄さんなんかよりずっとひどかった。地面をはうようにして何とか村に着いたみたいでね。すぐに気を失っちゃた。いつもの余裕のある感じとは全然違ったよ」
ボロボロで帰ってきた……あのシカシがか。しかもヤツガイが連れてきたとか、はたまたその逆で、ヤツガイを連れてきたとか、そういうわけでもなく。
ヤツガイもまた、僕と同様囮となって、シカシを逃したというわけなのだろうか。
だが、ヤツガイという豪漢をしてまた、自分の身を挺さなければならない状況に陥っているのか?
「そのあと、そのシカシお姉ちゃんたちを追ってきたのか、たくさんの獣さんたちが出てきたの。それで、シカシお姉ちゃんの足を取って連れて行こうとした。それを村長さんが頑張って止めてたんだけど、どんどん獣さんたちが出てきて……」
ダカラちゃんはもう、泣きそうである。
感情の乏しいダカラちゃんではあるが、しかしそれを上回るほどの恐怖に見舞われているのだろう。嬉しいや悲しいというだけならまだしも、怖い、というのはなかなかに抗い難い。
そんなダカラちゃんは、涙声でこう言った。
「村長さんも、シカシお姉ちゃんも、連れていかれちゃった」
「…………」
「だからお願い! お兄さん! みんなを、助けてあげて……」
僕は返事をしない。やや目を逸らして、本気で僕に願うダカラちゃんを直視しない。
それは、僕が悪人ゆえに、人を助けるという善行を果たす自信がないばかりではない。ただ、僕は詐欺師である以前に嘘つきだから、約束を反故にするのが仕事だから、ダカラちゃんに確約ができないのだ。
否、したくないのだ。
言葉とは信用ならないものだと知っているから。
僕は嘘ばかりをつくから。
絶対なんて、存在しないと知っているから。
「ダカラちゃん……」
僕は彼女の名前を呼んで、もうとっくに決壊したダカラちゃんを抱きしめる。それぐらいしか、僕はダカラちゃんに反応できない。
オークバル、きっと親玉はあの金髪だ。あいつが全ての元凶で、こんなことになる原因だ。
村の場所は割れている。尚且つ、人を攫うなんてことをするのだ。僕たちだって危ういのは明白である。
ダカラちゃんに手伝ってもらうわけにはいかない。僕が、この僕が何とかしなくては。
「ダカラちゃん。もう遅いから、家に帰って寝てなさい。夜が明ける頃には、きっと都合よく、全部解決してるからさ」
「…………うん」
まだ泣いていて、全く発音できていないが、ダカラちゃんはそう同意して自分の家へと帰っていった。
――――今夜中だ。うかうかはしていられない。すぐさまに行動へ移す必要がある。
僕の足取りは、まるで砂塵のように軽やかだった。
**********
支度もそこそこで済ませ、僕はすっかり真っ暗になった森を慎重にかつ適度に急ぎ、奴らの足跡を辿りながら徘徊していた。
無謀であることは重々承知である。僕が今から出向いたところで、こちらは人で、向こうは獣だ。地の利以上の差があることははっきりしている。
武器も村長宅に飾られてあった一本の短剣だけである。おまけに僕自体戦闘能力はない。ヤツガイが採取してきたいくつかの自然兵器も持ってきたが、これでも力不足が否めないだろう。
とりあえず正面切っての戦いは避けるとして、僕お得意の謀略でなんとかするしかなさそうだ。
使うとすればヤツガイの自然兵器。いくつか種類があって、まず爆弾花を使った球状爆弾。投擲も可で、そこそこな威力が出るはずである。近距離で食らえばひとたまりもない。ただしこれは数が全くない。
次は煙幕。僕が今日の夕方奴らに囲まれた際、使ったものと同じだ。大量の粉末が空気中に漂い、視界の悪化だけでなく、粉末を吸い込んで呼吸を困難にさせるという副効果もある。これは数に余裕がある。
最後はあの幻覚を見せる白い花の花粉と、乾燥させた雑草を混ぜた粉末。火をつけると燻って煙を出し、吸い込むと意識が混濁し幻覚を見せるというものだ。これは僕自身も体験したことがある代物で、その実力は確かである。あの白い花の粉末は意識がはっきりしたままに幻覚を見せるが、このお灸のような粉末は思考や意識をぐちゃぐちゃにかき混ぜて不明瞭にしてくる。風上で焚けば風下にいる奴らは全員トリップしてしまうこと間違いなしだ。
奴らは獣だ。蛮族的でとてもまともな理性があるとは思えないが、まさか野晒しで寝ている訳ではあるまい。どこかの洞窟か、木の下か、根城があるはずだ。シカシや村長たちを連れ去っていることからも、拠点を構えている可能性が高い。そこを奇襲する形をとるか、隠密に、誰にもバレずにシカシや村長、ヤツガイを助け出すか……。
前者は手取り早い。だが仕留めきれなかったら? 僕の想像以上の勢力を持っていたとしたら? それに、おそらく大怪我を負っているだろう皆を巻き込んでしまうかもしれない。
ならば後者か、と考えるところだが後者も後者で問題が多い。
まず向こうの地が不明であることは同様で、もし皆を連れ出せたとしても、手負の男女三人引きつれるなど無理がある。
どちらの作戦もなかなか厳しいものがある。とにかく人手が足りない。あと一人でもいれば話は変わってくるのだが。
ふと、あのバイクに乗ったあの女のことを思い出す。まだ近くにいるだろうか。あのバイクがあれば、三人助け出すことなど容易なのだけれど。
彼女は去ってしまっただろうか。もうこの森には、僕の味方は誰ひとりとしていないのかもしれない。
……いや、一人だけいるな。僕にはまだダカラちゃんがいる。幼いゆえか、誰からも信頼されない僕を手放しに信じている。
そんなことが僕の人生、一度でもあったか? 無論、あるはずがない。僕は生まれた時からずっと詐欺師だ。騙し騙り、偽り続けてきた。
その警戒心の無さは将来で必ず苦心するだろう。
人を信用する。それはつまり自分の手綱を受け渡すことと同意であると、僕はその教訓を芯に刻んでいる。
自分がどうなすがままに動かされるのか、その全権を託さなければならない。
それがどれだけ勇気のいる行為か。
詐欺として他人に自分を信用させるということは幾度となくあったが、本当の意味としての信頼を置かれているこの状況。ダカラちゃんの素直な気持ち――――僕はそれにあてられてしまっているのだろうか。
僕は、詐欺師で嘘つきの僕は、本気で応えてやりたいと、そう思っている。
今まで一度だってない感情に、支配されている。
これは僕の願いであると同時に、ダカラちゃんの願いでもあるのだろうが――――
シカシ、ヤツガイ、村長。
皆を助けて、平行線のように過ぎていく日々を、失いたくない。
僕はどうしようもなく悪人で、地獄に堕ちたって文句は言えない、屑だけれど――――舌を抜かれてでも、図々しく願うぞ。
僕の、僕らの人生はまだ終わってない。行き着くところはここじゃない。
神がいるっていうのなら、その神が僕に試練を与えているんだっていうのなら、全部言いくるめて、騙して、騙って、演じて、下して、罵って、貪って、謀って、穿って、嘯いて――――
「――――救ってやる」
そう、詐欺師は言った。
のも束の間、僕の足は地面を固く強靭には踏みしめていなかった。
有り体に言えば、ただの地面だったはずなのに、ちゃんと前を向いて歩いていたはずなのに、僕は落下していたのだ。
舞う砂埃、掛かってくる枝や枯れ葉、驚く僕。心臓がクルミぐらいにまで縮んだように感じた。
……こ、これは、落とし穴?! ということは罠か! まさかまた僕は奴らの罠に引っかかったのか?!
仰向けで僕は落とし穴の下に張ってあったネットへ落ち着いた。辺りを見渡すと、ここはどうやら雨風に曝され侵食されていった洞穴のような場所で、上には大小様々な穴が連なっており、横長に広がっていた。
そういえば、これは奴らが仕掛けた罠だよな……。しかも、獲物が掛かるまでじっと待つような、放置するタイプの罠……。それなのに、このネットの張り方は妙である。普通なら、獲物がかかるとネットの口は獲物が出てこないように閉まる仕組みにするはずである。しかし今回は違う。口が閉まるどころか、堕ちた衝撃を緩和させ、ハンモックのように張りっぱなしだ。
奴らは知能が低いらしいから、罠の作り方を間違えたのか? いや、それは違うだろう。それでは僕が引っ掛かった足に縄をくくりつける罠の精巧さの説明がつかない。
以前に作ったものという可能性はどうだろう。これも違うな。奴らはこの森につい最近やってきたばかりである。このネットもそこまで風化しているわけではないようだし、というかむしろこのロープは買いたてのようである。
つまりこの罠を張ったのは別のオークバルではなく別の人間だ。
ヤツガイかとも思ったが、ここはあいつが自分に課せている行動範囲から逸脱している。それに、本当にヤツガイならもっと上手い罠を作る。
ならば他の村民もないとして……かつていた村民たちの線もない。
なら、最近来た誰かということになるが……。
「――――――」
その時、遠くから音が響いた。
だんだんと大きくなっていき、近づいてきていることがわかる。どうも音の正体は足音らしい。岩を叩くような、そう、靴で石を渡るような、そんな音。
オークバルの連中は獣。故に靴は履かない。
誰かが、近づいてくる。
そういえば、今夜はやけに明るい。あぁ、そうか、今日は満月だったのか。
その月明かりに照らされて、例の人物の姿態が明らかになる。
「よっお兄さん。ちょっくら足貸してくんない?」
そこには、バイクに跨り東奔西走する、あの彼女がそこにはいた。
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