オークバル編

「死に方くらい選ばせてやる」

 暖かな朝日が立ち込め、村長宅の屋根裏は、それはそれは柔々とした空気に満ちていた。洞窟での一難を終え、村の活動の第一歩を踏み出し、体もすっかり完治して、僕の気分はかつていた世界のように隠遁としたものではなく、ただ清々しいものとなっていた。


「え! ええええええええええええええええ!?」


 さて、次は何をしようか。畑の次は家でも建て替えるか? それが終わったら道でも整えて、森の交通手段を得るのも良いだろう。あぁ、今なら先ほど轟いた叫び声にまつわる面倒ごとすら見てやってもいい気分だ。


「で、どうしたシカシ。畑にミミズでも出たか」


 屋根裏の窓を開き、そこから見える畑で立ち尽くすシカシに、僕はそう訪ねる。

「い、今すぐ降りて! この惨状を見なさい!」


「ん……?」


 別に、どうってことない畑だが。ただの個性も面白みもない茶色っ気だけでできた地面だ。この畑にあるのは可能性だけである。


 ともあれ、あぁ言われては無視はできない。僕は階段を降りて、シカシの元へ向かう。


「ふぅあ……おはようシラオイくん。何? さっきの。シカシちゃんミミズでも踏んだのかしら。おかげですっかり目が覚めちゃった」


「さぁ.。多分そんな所じゃないですか」


 それにしても、誰よりも早くに起きて畑の様子を見るなど、殊勝な心がけである。僕なんかはこう見えてしっかり八時間寝ないとどうも調子が出ないタイプだから、シカシのように早起きができる人間というのはそれだけで羨望に値する。


 村長宅から出て、すぐ畑に辿り着き、目の前にはわなわなと戦慄しているシカシ。ふと見ると、畑の上にはヤツガイがしゃがみ込んでその土を調べていた。


 なんだなんだ? ヤツガイが出張るということは、なかなか重大な事件か?


 と、そこまでよく自体を理解しておらず、適当に楽観していた僕も、こうして近づいてはっきり畑を目視したことによって今ようやく気がついた。


 これは――――


「完全に荒らされてやがるぜ。これは」


 見ただけでわかることを、ヤツガイがこうして断定した。そう――――荒らされていたのだ。それも、ただ野生動物がやってきて、土を掘り返すとかそういうやわなものではなく、これは確実に悪意のこもった、人為的としか取れない荒らされ方で。

「うわ……これは酷いな。一体誰が……」


「多分これは、誰が、という感じじゃなさそうだぜ。痕跡を見れば、どうも足跡が目立つ。獣の仕業……それも集団だろうな」


 何、そうなのか。種を植えた地点一つ一つ綿密に掘り起こされているから、てっきり人がやったのだと……。それで、これを実行したのは獣? 除け者ではなくて?


「く、くぅぅぅ……許せないわ……人の努力を、苦労を、我慢を、一体何だと思ってるの……? 見つけたら絶対に断ってやる……断ってやるんだから……」


 シカシは中々の心傷を負っている。それも当然、畑の制作に携わったメンバーのうち、一番僕がアゴで使ったのがシカシだからだ。功労者なのである。ゆえに、こうなるのも仕方がない。


「そんで、実はもう一つトラブルがあってだな」


 そう言ってある方向を指差すヤツガイ。その先に視線を送ると、見慣れない建造物があるのがわかった。遠目から見ると……あれは銅像?


「あれも畑同様、昨日には無かった変化だ。しかも滅茶苦茶重い。重機でも使わなければ運べないくらいにはな」


 近づいてよく見てみる。どうやら女性の銅像らしく、勇ましく天を仰いでニタリと笑っている銅像だった。


 なぜだかすごく趣味が悪く見える。少なくとも、この女性が銅像になるような立派な人物ではなさそうである。ただの偏見だが。


 ……? おや、よくみるとこれは、別に銅だけでできているわけではなさそうだぞ。様々な金属が、十把一絡げに混ぜ込められてぐにゃぐにゃになっている。材料が足りなかったのか?


 ……ともあれ、昨日までただ平和だったこの村に、今、二つの謎が舞い降りたのだ。


 畑荒らしの犯人。一晩銅像の正体。

 一体、今度はどんな面倒ごとだ?


「絶対に! 絶対に断ってやるんだからぁぁぁ!」


 そんな叫び声が、またぞろ村の空に轟いた。


 **********

 午後になって、現場検証を終え、村民全員が揃ってから、何か今回の事件について手がかりがないかどうかの話し合いが執り行われることになった。


 議長僕。


「で、えーっと、じゃあまずはシカシから、昨日から今朝にかけて何か怪しい事はなかったかどうか教えてくれ」


 村長宅の一階。そのテーブルを全員で囲み、会議は進んでいく。


「私は、そうね。確か一度だけ深夜に物音がしたから起きたわ。畑の方だったかしら。土を掘り返すような音だったわ。その時は眠くてちゃんと確かめなかったけど、後々心配になって早起きして見に行ったらあのザマだったわ」


「ふむ。じゃあその音を聞いた時に見に言っていたらこんなことにはなっていないわけだ」


 何よ、と毒づかれてかつ睨まれた。


 ちなみにシカシはものすごく眠りが浅い。僕が夜用を足すために起きて、こっそり物音立てずに抜き足差し足のスニーキングをしたとしても、ベッドに戻った時には起きていて、『うるさい』とすごく不機嫌そうに文句を言うのだ。人生の三分の一を占める睡眠をまともに味わえないと言うのはつくづく不幸なやつである。


「うん、なかなか参考になる意見だった。じゃあ次、ヤツガイ」


「特に無し」


「……なんかないのかよ。別に何でもいいんだぞ? 昨日から今朝にかけて、とは言ったけれど、別にそれに限った話じゃない。妙なことがあればなんでも言ってくれ。最近動物の動きが著しいとか、怪物の目撃情報がある、とか」


「あー……そういうのならある。最近、この辺の森でオークバルを見るようになった。調べて見たんだが、どうもこの辺の森には生息していないらしいんだ。だからどっか別のところから移って来たんだと思う。ちなみに結構凶暴でな。希少種だが人間並みに知能の高い奴もいる。もしかしたら畑荒らしの犯人はそいつらかもな」


「えっと、オークバルって?」


 初めて聞く名前だ。というか、この世界の人名以外の固有名詞を始めた聞いたかもしれない。


「肌が緑の化物よ。頭が物凄く悪いんだけど、力は結構強いの。しかも厄介なことに悪意を持って動くから、狙われると面倒臭い」


 ふぅん。確か現世にもいたよな。そんな設定のモンスター。


「オッケー。いい情報だ。じゃ次、シカシちゃん」


「うん。えっと……昨日の夜、寝ようと思ったら遠くの方で、聞いたことない動物の鳴き声みたいなのが聞こえてきたの。こう、グゥゥゥン、グゥゥゥンって感じの」


 ほう。変に間延びした唸り声だな。妙な怪生物だろうか?


「ひとつ聞くがヤツガイ。この辺の森で注意すべき危険生物の類はいるか? さっき言ったオークバルとか以外で」


 ヤツガイはこの問いに、一呼吸置いてから答える。


「いない。つーか新参者の俺に聞くなよ。この辺のことを知ってんのはそこの村長さんだろうが」


 おっと、それもそうだ。失念していた。


 ヤツガイに話を振られて、村長は気だるそうに返答を考えている。


「えっとね……そんな話に出るような怪物はいなかったはずだね。そもそもが迷いの森だから、そういう生物の立ち入る隙がないというか、大きな生き物であればあるほど生存が難しいのよ。だからこの森には主となるような生物はいないの」


 ふむ…………。となるとその鳴き声の正体は何なのだろうか。


 震えるような唸り声。変に間延びしていて、そして長さは均一。


 ま、そもそもこの世界のことを全く知らない僕には推理のしようもない話だ。


「ところで村長は何か手がかりは……」


「ない。実は二日酔いでさー、すごく頭痛くて吐きそうなんだよね」


 役に立たない年長者である。


「何にせよ一番有力な線はオークバルが荒らしたっていう説だろうな。この辺は俺らが種の採取に行った時確かめた通り、まともに食える植物がない。飢えた奴らが畑を見つけて一心不乱に掘り返した、っていうのはなかなか悪くない仮説だろうぜ」


「じゃ、その線で見ていこう。しかしどう対策する? 羊飼いみたいに寝ずの番をしたっていいが……」


 こんな具合に僕たちの食卓を守るためのミーティングは、順調に進んでいった。

 整理すると、まず畑を荒らした犯人はオークバルという獣人。迷いの森ではなくなったここへきて、食料が尽きたので僕たちの畑を襲ったと推測される。


 それについての対策は、どうもヤツガイが色々画策しているらしく、あまり詳細を話してはくれなかったが、自由にやらせることにした。


 別に信用しているわけではない。ヤツガイに任せたのは、単にどんな仕掛けを仕込もうと、別段何かが根本的に崩れるとか、絶対に阻止しなければならないとかにはならないと考えたからだ。


 それに、そんな些事に警戒を割くほどリソースが余っているわけでもない。畑荒らしの問題は僕一人ではどうにも解決できないからこその決断だ。


「よし、だったらまずやることは――――――」




 ――――そうして次に僕たちがとった行動は、野外活動。すなわちフィールドワークである。


「えっと、僕たちは村周辺の森で畑荒らしについての手がかりとなる痕跡を探せばいいんだっけ?」


「シラオイくん、こう言っちゃうのも何だけどさ、めんどくさいし適当に終わらせて帰っちゃわない?」


 ちなみに二人一組。僕たちの組は村長と僕で、村周辺の森の探索。もう一つはヤツガイとシカシの組。村よりう少し離れた原生生物の棲む地域である。ダカラちゃんはお留守番。


「やる気ないな……わかってないかもしれないけど、結構死活問題なんだぞ。今は村長の備蓄があるから成り立っているけど、それがなくなったら僕たちは破滅だよ。早急に解決すべき問題なの」


「それはわかってるけどさ、私そんなに運動できないよ? 今だってもうクタクタ。もっと村長を尊重して〜」


 そうは言っても人手は足りてないのだから仕方がない。その酒でできたようなお体に鞭打ってもらわなければならないというのは何とも心苦しいが、しかし悪いのは全て畑荒らしだ。その恨みの目を向けるのは僕ではないぞ。


「そういえば、村長。結局あの龍がいなくなっても、こうして村の土地に縛られたままなんだな。僕の目まぐるしくも鮮やかな冒険は無駄に終わってしまったということか」


 村長はかつてこの村にある山奥で睨みを聴かせていた龍を縛っていた人柱だったのだ。その関係で彼女はこの村に居座り続けることを余儀なくされ、その龍が去った今でも、こうしてこの村に縛られ続けている。その束縛を解くために僕はわざわざあの山を登って龍に会いにいったのだ。


「それは仕方がないことだったの。私が人柱になったって言っても、正式な手段でそれを成したわけでもない上に、龍を縛る確証もない民間的伝承だったから。私たちのやっていたことは無駄だったってことがわかっただけでも十分。一生気づかないで徒労をし続ける馬鹿になるよりはマシだわ」


 だからシラオイくんにお礼を言いたい気持ちは揺らがないよ。村長は話の末尾にそう言った。


 無駄であることを知る。それはどこまでいっても行為に意味を持たせられないことを知るのと同義だ。


 終わりのない道を、終わりのない道として知らずに歩むか、道中もう引き返せなくなったところでそれを知るか。


 僕はそんな二択を、知らず知らずの内に村長へ選ばせてしまったのか。


「それにしても本当、何にもない森だな。特別なモニュメントの一つでもないの? 池一つないっていうのは自然としては落第なんじゃない?」


「まあね。なんか目印になるような森だったら、たとえ龍がいたって迷いの森なんて言われないだろうし」


 そうして僕たちは旋回するようにして森を一通り調査していった。結果、大した戦果も得られず、ただ疲労しただけで、もう時刻は夕方になろうとしていた。


「ねぇ〜そろそろ帰らない〜? もう……ほんとクタクタなんだけど〜」


 村長はもはやすっかりうなだれていて、活力のかけらもない。デスクワークが主体の僕以上に体力がないとは。アルコール依存症というのは末恐ろしい。


「まぁ流石にそうだな。あんまり結果も芳しくなかったし、これ以上続けても意味ないな。よし、村に戻ろう」


「やった〜!」


 無邪気に喜ぶ村長。先ほどの疲れは吹っ飛んだらしい。これが嘘だったらどうするつもりなのだろうか。


 しかし、それにしても調査結果なしとは。何か掴めると思ったが、やはり素人二人では無理があったか。向こうの二人が何か掴んでくれていればいいのだが。


「ね、ねぇ! ちょっと!」


「ん? ミミズでも出た……」村長から呼びかけられ今朝も言ったような文句を再度放とうとし、村長のほうを振り返る。その瞬間言葉は喉で詰まり、状況をすぐさま視覚で把握する。


「フゥッ! ハァ!」「フガッ! ゲゲ!」「ウギギ! ウギ!」「べへッ! ブヘヘ!」「キケキャ! キッキキ!」


 一体二体ではない。ぱっと見では数えきれないほどの緑色の肌をした二足歩行の怪物が僕たちを囲んでいた。


 こんにちは……なんて言っても伝わるわけないか。その邪悪な顔つきはどう見ても友好的ではない。獲物を見つめる卑しい表情である。


 これ、もしや結構ピンチなのでは?


「こ、これがオークバルだよ。よよよよかったね。収穫ありだよ」


 村長は早くもパニクっていて、僕の体にしがみついてガタガタ震えている。僕だってそうしたいのに、あんたが先に始めたらやりようないだろうが。


「えっと……村長。逃げるから僕から絶対離れないで」


「え? に、逃げれるの?」


 僕は村長にそう耳打ちして、ジリジリと近寄ってくるオークバルの連中の様子を伺う。


 その団塊の中で、僕は逃げられそうな隙間を探す。


 そうして息を大きく吸って、

「あっ!! UFO!!」


 なんて、人生で一度あるかないかの大声を出した。奴らは僕たちが獣語を介しないのと同様、人語を理解していないだろう。しかし、空を指差し、なおかつ自然界ではおよそあり得ないほどの大声を伴ったとあれば、そこに隙が生まれないわけがない。

 狙い通り、およそ八割程度のオークバルが指差しの方を向いた。


「行くぞ村長! 鼻と口覆え!」「えっ、えっ!?」


 村長の手を取り、走り出す前に、僕は足元へヤツガイ特製煙幕玉を投げつける。地面に当たった衝撃で煙幕玉は小さな爆発を起こし、周囲十メートルに濃い煙幕を立ち込めさせた。


 前後不覚になり、まともに息をすればむせかえるほどの濃煙である。


「グゲェ「ウガガ「キャイ!「ゲゴッ「グウガ!「ゲボッ「キエェ!」多種多様なうめき声が、あたりを埋め尽くす。


 そんな中を、僕たち二人は一心不乱に走り抜けていった。


「大丈夫か村長!」


「だ、だいじょうぶ……」


 さて、これからどうする。煙幕で行方をくらましたと言っても、まさか完全にまけたわけではないだろうし、その上、これからすぐ村に戻るにしたって、どっちにいったらいいかさっぱりわからない。


 もう少しで日も暮れる。そうなれば状況としてはかなりまずい。


「ハァ……ハァ……ちょ、ちょっと待って……」


 脇目も振らずの全力疾走。僕も村長も体力に限界が来た。しばし立ち止まって休憩である。


 追っ手が来ているかも知れない。向こうは獣で、こちらは人だ。地の利は明らかに向こうにあるだろうし、獲物の追跡術の何らかはあるだろう。いまだにピンチから逃れられているとは言えない。


「村長、どっちが村かわかるか?」


「……えっと、多分、こっち?」不安げに村があるであろう方向を指差す村長。顔つきに元気がない。酒で鈍った体に、重度の運動がこたえているみたいだ。


「わかった。じゃあ村長は一人で村に帰ってくれ。僕は囮になって逆方向に逃げる。村でヤツガイ達に会ったら、今の状況を伝えて助けに来てくれ」


「うん分かった……って、え?! 囮?! な、何で君がそんなことするの?! もうあいつらは撒けたはずじゃ?!」


「いや……そうとは限らないさ。どうもあの感じ、僕たちが想定していたほど知能が劣っているわけではないらしい。獲物二匹に囲い込んで慎重に詰めてくるなんて、野生の人間臭さを感じるよ。今だって、足跡か何かを辿って追ってきていても不思議じゃない」


 そう、人間臭さだ。人為的、とでも言おうか。あのオークバル一匹一匹は、誰かに従っているかのように、一定の規律を持ってこちらに忍び寄ってきた。それにそもそも、知能の低いただの獣が、はるかに知能が上である人間の近くまで、気取られることなく近づくなんてことできるはずがない。


 例えば、誰かに入れ知恵されたとか、筆頭の指導者がいるとか……。


「とにかく、善は急げ。いや、違うな。急がば回れか? よくわかんないけど、とりあえずよろしく。なるべく痕跡残さないように帰ってね、それじゃ!」


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 村長は言葉で僕を引き留めようとしたが、それに構うことなく僕は走り出した。できるだけ強く地面を踏みしめて、一歩一歩を大きく。


 とりあえず、あと数分走り続ければ、奴らがあの先ほどまでの僕の痕跡を見つけるだろう。そうすれば村長の安全は確実――――


「――――うえぇっ」


 思考が途切れる。足に何かひっかっかった。天地が逆さまだ。転んだのか? いや、違う。どこも痛くない。ならば何だ? 待て、分かった。僕は今宙吊りだ。

 以前ヤツガイに蹴り飛ばされた時同様、僕は宙ぶらりんになって木に吊らされていた。


 見ると、片足には縄がくくりつけられていた。


「罠……罠ぁ?」


 一体誰の罠だ? ヤツガイ? シカシ? それとも以前の村人達が残した物か?


「嘘だろ、こんな間抜け晒してる場合じゃないって」


 しかしそんな予想も虚しく、すぐさま外れていたことを僕は知る。


 なぜなら、罠にかかった数分後、ぞろぞろと現れてきたのだ。


 まるで狙っていたかのように、謀っていたかのように、計算し尽くしていたかのように、そのオークバル達は登場したのだった。


「…………やぁ。UFO見つかった?」


 戯言も虚しく、僕は奴らが呻くよりも前に、その棍棒で顔面をぶっ叩かれた。サンドバックみたいに左右に揺れる。


「……グッ!」


 二発目。コントロールが悪いのか、それともあえて狙ったのか、顎にクリーンヒットする。


「…………」


 三発目。痛いことしかわからない。気が飛びそうになる。


 あぁ、流石に死ぬか。というか、また死にかけてんのかよ、僕。どんな悪行働けばこんな罰が下されるんだろうな。


 詐欺ってそんな重い罪だっけ? 禁錮ウン十年とまでは言っても、死刑にまでは至らない罪だったはずだ。少なくとも、今みたいな苦痛を与えられることだけはない。


 あー痛ってー。痛い思いばっかしてるな最近。腹は刺されて、爆発に巻き込まれて、今度は獣にぶん殴られる。そのうち全部の暴力という暴力を網羅しちゃったりな。


 そうなったら結構自慢になりそ――――四発目をくらわされた。


 気絶寸前。もう何も考えられなくなりそうになった時、僕の八割は閉まった目があるものを捉えた。


 あれは――――金髪のオークバル? 他のオークバルは毛一本生えてないのに、あの個体だけ違う。しかも神輿のようなもので担がれている。どう見たって偉そうだ。


 まさか、あれが奴らの大将か? 金髪、髪の毛? ならばますます人間らしい。人間らしいといえば、その骨格や見た目も、人のようだといえば人のよう――――。


 五発目を思い切り喰らわされて、その考察は中止される。もっとも、これからされるのは絞殺ではなく撲殺なのだが。


 さて、辞世の句でも考えてみるか。目が開かなくなり、思考が空っぽになる。奴らの邪悪な薄ら笑いがよく聞こえる。あぁ、そういえば死ぬ時最後に残るのって聴覚なんだっけ。


 ふと、そんなことを思い出した。

『グゥゥゥン』


 二度目の人生、ちょっとだけ楽しかったかな。あってもないようなもんだったけど。


『グゥゥゥン、グゥゥゥン!』


 何だ。さっきからうるさいな。次はどんな怪物だ? この目で見れないのが残念だ。


『ブゥゥゥン! ブゥゥゥン!』


 この変に間延びした、振動するような、どこかで聞いたような唸り声は一体?

 次の瞬間、僕の体は誰かにひったくられるようにして吹っ飛ばされた。しかし、地面を転がる様子もない。宙に浮いているような浮遊感、いや、これは誰かに持たれている? 巨大な怪鳥にでもついばまれたか?


 そう思ったが、地面を駆けているような微振動を感じる。恐る恐る目を開けてみると、そこにいたのはまさかの人間で、なおかつその人間は、かつての世界に存在していた、エンジン付きのバイクに乗っていた。


 僕はその人間に、脇で持たれていたのだ。


「よっす。元気かお前。あたしが存在していてよかったな。おうおう、何抜けた顔してやがる。お前は今、今世紀一の幸運ってやつに見舞われてんだぞ? もっと嬉しそうな歪んだ顔をしやがれよ」


 ……ど、どういう展開だ? 何も把握できない、何もわからない。ピンチから脱却したのか? それとも、いまだにピンチは続いているのか?


「えっと、状況が良く飲み込めないんですけど、あなたは?」


「ふっ、ハハッ! あたしは誰かって? くだらねーこと聞きやがる。そんなお前に一言。『そんなこと気にすんな。砂粒のようにな』これ、決め台詞だから。覚えとけよ」


 ――――どうやら現れたのは、砂嵐だったらしい。

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