ルーツってやつ。

「話すと長くなる。だから我慢しろ。


「俺の名前、ヤツガイなんて突飛な名前じゃない方な。あれは土地柄に合わせて自分でつけた名前だ。本名は番谷狩日という。


「俺はここに来た当時花の高校生でな。確か二年生だったか。ま、ここにいる以上学校に通えてねぇわけだから、何年か経った今でも高校二年生なんだがな。


「ここに来た原因については、俺も良くわかってない。明日の朝のことを夢想しながら布団で眠って、朝日に当てられて目が覚めたら森の中だった。お前は? ……そう、腹を刺されてな。どんな悪行働けばそんな仕打ちにあうんだよ。


「最初はそりゃ驚いた。夢だと思ったさ。順当にな。けれど、そっから数時間くらい経って俺は盗賊に捕まったんだ。この令和の時代に古めかしい前時代的な盗賊が現れてよ、流石にパニックに陥ったぜ。


「ま、そいつらは冷静になった俺がどうにかしたがな。今もこうして生きてお前と話してるのが最有力の証拠だ。


「俺がこの世界にに来たときいた森は、この上みたいな鬱蒼とした森じゃあなくてな。比較的開けていて、森というには少し森林が少ない場所でな。盗賊から逃げた後、ある一つの村に寄ったんだ。だだっ広い平原に、一つ固まって群を成している村で、見たことない牛とも豚とも言えない動物を放し飼いにしている村だった。古ぼけててお世辞にも発展しているとは言い難くてよ、あぁ、少なくともお前のいるあの廃村とは比べ物にはならないぜ。あれは同じ土俵に上げるかどうかも迷うレベルだ。


「そっから俺はそこの村の村長に頼み込んで、人手が足りていない家を紹介してもらい、男手として働きながらその村で過ごし、養ってもらうことになった。


「それで俺はある一つの夫婦の家に厄介なることとなったんだ。奥さんの方は優しくて料理上手でな。よくシチューをご馳走になったのを今でも覚えているぜ。あれはうまかった。夫の方は片腕がなくてな。なんでも昔戦争で無くしたらしい。名誉だとは言ってはいたが、しかし名誉だ勲章だは生きるのに対して必要じゃねぇだろ? いくら国のために尽くしても、見ようによってはただの怪我で、そして不便でしかないわけだ。


「ま、夫の存在が、俺がこの夫婦の家に引き取られる要因の一部を担っていることは定かだった。夫婦はおろか、村長すらそんなこと一言も言っていなかったがな。


「俺はそこで、大体一年くらいかな。村の人と関わりながら、刺激の無い日々を過ごしてた。朝起きて、動物の世話をして、水を汲み、牧草を運び……なんて具合にな。


「楽しくは無かった。が、穏やかではあった。そう思えば、かつていた世界の生活とは随分マシに見えるぜ。


「あぁ? なんだって? こっちの世界とか、あっちの世界とか、元の世界とか今までの世界とかややこしい? あぁ……まぁそうか。じゃあ統一しよう。俺たちの今いる世界は、俺たちにとっての異世界だ。だから、ここは異世界と呼ぶ。かつていた世界の方は……そうだな。異なる、の対義語をとって同世界、または等世界か? ダサイな。やめよう。


「で、だ。話を戻すがな、俺はかつてのホームであった村に一年ほど住んでいたわけだが、それはつまり、一年で村を出たという意味になる。こうして世界各国随所随所を訪問する旅に出た理由にも繋がってくる。


「ターニングポイントは、いつも通りの平和な一日に、なんの前兆もなく、なんの予告もなく、なんの容赦もなく現れた。まるでフィルム映画のノイズみたいにな。もっとも、あの村を題材にした映画は、もう永久に作れないわけだが。


「村にやってきたのは例の盗賊によってもたらされた、異世界人ハンターと名乗る連中だった。そう、俺を狙ってのことだろうな。盗賊に捕まった時、持ち物や体のつくりなんかが違いで、俺が現地人とは根本的に違う異世界人だってことがバレたんだろうな。悪事を働く間抜け共といえど、そういうことに気づくめざといやつもいるってことだ。


「そっからは……はぁ、思い出すだけでも気が滅入るぜ。俺もメンタルが傷ついてるのかもな。トラウマが植え付けられているのかもしれない。


「で、そっからは…………蹂躙だよ。殺戮、つった方が正しいか。要するに、俺一人を探すために俺以外の村人全員を殺して回りやがったんだ。一軒一軒、一人一人。他の雑魚連中は村を取り囲んで逃げ道を封じて、俺が見つかるまで、最後の一人になるまで、村長も、夫婦も、あまつさえ村全体の資産だった動物すらも殺して回るほどだ。


「俺は……情けねぇが俺は、ずっと隠れて、戦う姿勢だけとって、抗う態度だけ見せて……何もしなかった。いや! 何も……できなかった。


「奴らの狙いは俺であることはすぐにわかった。だから、あの時の俺も、その場からすぐに逃げるべきだと察していたさ。それが一番賢い選択だってな。


「だが、俺は実行には移さなかった。逃げようと一歩踏み出そうとしても、ついさっき殺された村人たちを裏切るような、彼ら彼女らに背くような、不義を働いているような気分に苛まれたんだ。ここから逃げ出してしまうのは、逃げきれ無かった人たちに対する冒涜だ、っていう具合にな。


「普通に考えたらそんなわけないんだがな。状況も状況だ。仕方がない。


「そうして俺は次第に見つかって、拘束され、なす術なく連れて行かれた。あぁ、今度は盗賊連中のようには行かなかったさ。異世界人ハンターの連中は、恐ろしく強い。今の俺でも勝てるかわからんさ。


「……そっからはよく覚えていない。馬車にでも揺られて、どこか遠くへ運ばれて、視界が自由になったかと思えば実験台の上。体の自由を奪われ、全身くまなく調べ上げられて、至る所を弄られてよ。生きている心地はしなかった。最悪な記憶だぜ。


「喋る言葉全てが信用にたる言葉と化す舌になったのはこんときだ。後からわかったんだが、どうやらこれは魔術っつー胡散臭い技術によるものらしい。それが俺の舌に植え付けられてやがるんだ。


「それからどうしたかって? あぁ……実は意外なことにな、俺はある組織に売られていて、俺のような異世界人はどうやら奴らにとって貴重らしく、思っていたよりずっと丁重な扱いを受けた。だが、ケージの中のモルモットである事実は変わらないがな。


「とはいえ、俺は監禁からの脱出を最も得意とする人間だ。一ヶ月くらいで逃げ出してやったぜ。


「格好悪く一目散に逃げた。今度は誰にも立ち向かわなかったさ。俺はもう、そのときには村で世話をしてもらった夫婦や色々な人たちのために生きようと心を決めていたからな。


「そうして俺は今のような旅人になった。生きていくために、どこかへ定住をするというのはひどく危険だとわかったからな。


「それで、俺はお前にひとつ提案があるんだが。


「俺と一緒に旅をしないか?」

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