「あぁ?」

 意外も意外、どうやらこの世界には季節があるらしい。


 そんな面白い事実を、僕は今身をもって体験している。


「暑い……東京以上じゃないか? これ」


 もちろん温度計などあるわけもないので、具体的に何度だとかは不明なのだが、とにかく僕はこのレベルの猛暑、今まで遭ったことがない。


 そして僕は今、森に入って種を探しているのだった。


 ――――あの後、龍に吹っ飛ばされ、気絶した僕は、洞穴の入り口まで飛ばされ、数メートル転がり、泥だらけになってから、暇つぶしに真っ暗闇の中花冠を作っていたダカラちゃんに引きずられ、下山した。


 それから丸一日寝込み、起きたときには龍もいなくなっていて、他の村民も移住を終えた後だった。


 村に残ったのは、僕と村長と、ダカラちゃん、そしてシカシである。


 龍が去ったにも関わらず、村民が移住を決行した理由については、単に移住先の方が何かと条件がよく、今よりも豊かな生活を送れるからというのが主である。


 残った人々について言えば、僕はまぁ、残った方が面白そうだったからで、村長は要石になるための過程で、この地に縛られているから。ダカラちゃんは親探しにおいて僕に一縷の希望を見出したから。シカシは運で決めたとか言っていた。


 揃いも揃って、こんな重要な選択を適当に選びすぎである。


 そうして今、僕は森に出て、食べ物になりそうな種を探しているのだった。


「おいおい、前文と内容が噛み合ってないだろうが。なんで俺たちがこうして森に出る羽目になったのかちゃんと説明しろよ」


 ん? 今まで見たことないテイストでで喋る見知らぬキャラクーターがひとり? 僕、一人で来たはずなんだけど。


「そういえばふらっと何も気にせず、どことなくここまでやってきたけど、君誰? なんでここにいるの?」


「何抜けたこと言ってんだ。俺はヤツガイだよ、森は害獣が出て危険だってお前がごねるから、たまたま場に居合わせた俺が、ついて来てやってんだろうが」


 ? そうだっけ? というか、僕がごねる? 何をどう転ばせたらそんなことになるんだ?


 どう見ても怪しいが、少なくとも僕の記憶にはそのような情報残存していない。しかし、こうもはっきり自信たっぷりに断言するのだから、まぁきっと本当なのだろう。


 僕は彼、ヤツガイのいうことを信じることにした。


「まぁ、なんでもいいか。早く種取って帰ろう。僕、森には良い思い出が一つもないんだ」


「早く動くのはお前だよ。さっさとしろ」


 そういえば、なぜ僕たちが森にきているのかというと、話はおよそ数時間前に遡る。

 あれは、僕が目覚めてすぐ、村長が発した一言だった。


『はーいおはよう。ねえ君、この村引き取ってくんない?』


 いや、ここまで投げやりではなかったが、喰らった衝撃はこれくらいの勢いであった。


 もちろん僕は拒絶した。タダだとしても、こんな巨大な損の塊みたいな廃村、どんなに強欲でも欲しくはない。貰ったらその時点で借金が爆発しているようなものではないか。


 しかし、その旨を伝えても、酒に任せてのらりくらりと躱されるだけで、僕は一方的にこの廃村を押しつけれてしまったのだった。


 思い返してみれば、酩酊している人間の相手はあまりしたことがなかった。普通は取引だったり話し合いをするときは、冷静で頭のクリアな人間を相手取る。話の通じない相手とは、話をしない。


 経験不足が仇になった。反省である。


 そうして図らずも一つの村を手に入れてしまった僕は、とりあえず開拓の第一歩として、畑を作ることにしたのだ。


「これ食える?」


「何言ってんだ。これどうみても毒だろうが」


 結構美味しそうな色しているが……。感覚がずれているな。


 意外とこの森には植物が多く自生している。色も鮮やかで、初めて見るものばかりだ。


「こっちは?」


「あー、そりゃ食えるぜ。ただ、ずっと食ってると性格がかわっちまうんだ」


「どんなふうに?」


「未来に絶望し、過去に縛られ、痛みをも感じず、泣くこともきなくなって、固有名詞を覚えられなくなる」


 なんだそりゃ。


「じゃあ、こっちは?」


「それは、まぁ、食えなくはないが、自分の身を投げ打つような正義の化身みたいな性格になる」


「最悪だな。というか、ヤツガイ。君、随分植物について知識が豊富じゃないか? もしや、その道を行く専門家なのか?」


 僕は、どうみても植物について詳しくなさそうなヤツガイの格好を見てそう質問した。


 ヤツガイは、橙色の髪と黒色の髪が入り混じり、大刀を背負っている。日本の価値観だったら、コスプレをしている変わった奴だとジロジロみられること間違いなしだ。


 だがヤツガイは、それをなんとも思っていないようである。


 シカシも同じような格好だが、もしかするとこれがこっちでは普通なのかもしれない。


「何言ってんだ、常識だろこの程度。温室育ちってわけじゃねーんだからよ」


 ふうん。そうなのか。僕はヤツガイの言うことを信じることにした。


 こんな具合で、僕とヤツガイの森林探索は朝方から始まったものの、昼頃になるまでつつがなく進んだ。


「てめぇ! それはうかつに触ったら爆発するって言ってんだろうが!」


 つつがなく進んだ。


 ふと気づいたのだけれど、この森に生えている植物のほとんどが、毒草だったり食べられなかったりで、危険なものばっかりじゃないか? 僕、まともな植物をまだ拝めていないのだけれど。


 そんな風に思いはしたが、考えてみればそれは当然のことかもしれない。言ってみれば、植物なりの生存戦略というものだ。派手な色や、陽の当たるところに生えている植物というのは往々にして見つけやすい。そしてそのほとんどが、ヤツガイ曰く有害なものなのだ。


 自分は毒持ってますよー、危険ですよー、やめておいた方がいいんじゃないですか? と、視覚で訴えるわけだ。言葉よりも伝わりやすいこと請け合いだろう。それにこれは、自然動物だってやっている。


 ……ふと気づいたのだけれど、これ、人間も同じなんじゃないだろうか。


 野生に生きるものたちは、色を派手にするなど見た目で自己の危険性を表現し、生き残ろうとする。人間の場合は、表面的な性格だろう。


 自分を威圧的で恐怖を覚えさせるような性格で包み、内心にひしめく本心はひた隠しにして、身を守る。あるいはこの逆、陰気に生き、誰とも関わりを持たず、人を不快にさせる行動ばかりとる。まさに毒だ。


 こうやって、外部からの危険を逃げ続けて、生き続ける。


 世間からの非難を席巻し、等しい者と愛しい者に出会えずに、ただ生きる。


 ならば、この場合における死とは、いったい何なのだろう。


 自分で答えを見つけ出すべきなのだろうが、その責任を果たそうとせずに、僕はヤツガイにこの疑問を問うた。


 すると返ってきた答えは、

「あぁ? 知るか。何だそれ。お前、文化人気取ってんじゃねーぞ」


 まぁ、普通の答えだった。

 僕でも、同じことをいきなり聞かれたら、同じことを言う。


「ま、ただの雑談だよ。よく知らない、そういえば今まで見たことも会ったこともないやつと二人きりっていう状況が意外と苦しかったから、こうして難しい話題を提示しているんだよ。それに、ほら、意外と頭の素養になるかもしれない疑問だろう。知的な人間になれるかもしれないぞ」


「お前、喋らない方がいいんじゃないか? 昔から友達いねーだろ。どうせ、今みたいな意味不明な話ふっかけて、自分のキャラクターはお前らモブとは違うんだぞ、ってアピールして悦に浸ってたんだろうよ。お前と同じ集団にいた連中の気が知れねえぜ」


「お生憎様、僕は友達どころか両親すらいないよ。だから、君のその気遣いは杞憂なんだよ」


 結局、ヤツガイからこの問いの答えが返ってくることは無かった。そして、僕が自分で結論を出すことも同様に、無いのだった。

 結構面白い話題だと思っていた分、残念である。

 それにしても、大分量が集まってきた。僕たち二人にはあらかじめ、一つの布袋を渡されている。お察しの通り、この袋に採取したタネを放り込む。今はおよそ半分といった具合である。


 ――――そろそろ引き上げるか、そう考えて、ヤツガイへ提案しようとした時、

「おい! こっち来てくれ!」


 ヤツガイみたいなキャラクターの人間にしては珍しく、僕への素直な要望である。若干の緊急性を帯びていることを踏まえなければ、僕に対しての罠でも仕掛けたのかと勘繰るほどである。


「何かあったか?」


 とりあえずの定型文として僕はヤツガイにそう聞いた。見ると、ヤツガイは跪いていて、その目前には一つの花があった。白い、それも弱々しく咲く花である。


「見ろ、こいつが地上に生えてやがった」


 こいつ、僕がこの世界の植物について知識が浅いからって、わざといっているんじゃ無いだろうな。こいつが、とか言われてもわからないし、地上に生えてやがった、なんて特殊さを強調する言い方されても、全く伝わってこないわ。何がおかしいんだ、って聞いて欲しいのか? ん?


「何がおかしいんだ。その花か? それ、食えるのか?」


 何だかとてもバカっぽい発言になってしまったことを後悔したが、しかし覆水は盆に返らないし、後悔は先に立たない。ついでに言えば、役にも立たない。するだけ無駄である。


「食えなくはない。どころか、こいつのつける実は、結構美味い部類だ。持ち帰る価値はある……だが、おかしいのはこの花がここに生えていることだ」


「はぁ、じゃあなんだ? この花はどっか高い山脈だとか、あるいは、砂漠にしか生えないとか、そういうことか?」


「違う。この花は普通、地下深くの限られた条件でしか生えない。しかも、その条件っていうのが相当シビアで、しかもこの花の実はものすごく高値で取引されるんだ」


 ものすごく高値……なるほど、それはいい。金の世を生きてきた僕からすれば、とてつもなく耳障りのいい言葉だ。


「ちょっと待てよ、自生の条件がシビアっていうならなんでこんなところで花を咲かしてるんだ? それとも、その条件っていうのは、地上でも達成できる者なのか?」


「花を咲かせるだけだったらどこでもできる。だが、実をつけるとなると地上じゃ無理だ。だからこの花は、実をつける事なく枯れるだろうぜ、そのうちな。つーか、疑問なのはこいつがここに生えてることなんだが……」


 そういってヤツガイは前方、後方ともにくまなくあたりを眺める。


「あっちだ。あっちに続いている。辿ってみるぞ」


 まるで警察犬である。そして、ヤツガイのいうあっちには、話のに出ていた例の白い花が、線で結べるように連続して生えていた。


 群生しているわけでもなく、孤立して生えている。ヘンゼルとグレーテルでいうところの、兄弟が落としていったパンみたいだ。


 だとすると、この先には魔女の巣食うお菓子の家があるんだが。


「なぁ、それなら僕、先に戻ってるぞ。種もほら、十分集まっているわけだし」


 まぁ、一緒に行こう、と暗に匂わせているはわかっているが、しかし僕はヤツガイを突っぱねるように、あえてつれない態度をとった。


 単に、なんとなく腹が立つやつだから、これ以上一緒にいるのが嫌だったという理由だ。大人気ないかもしれないが、僕は大人と言われるほど成熟していないので、そういう批判にはあたらない。


 さて、ここまではっきりすっぱり、切られたことにも振られたことにも気づかないほど断られたら、流石に引き止められまい。僕はお暇させてもらおう。


「黙れ。早くいくぞ。それに、お前は帰り道を知らないはずだろ?」


 そんな刀を刀で一刀両断するみたいな真似を……。まぁ、ヤツガイの言っていることも一理ある。たしかに、僕は帰り道を知らない、いや、あれ? 知らない? 知ってるはずだけど。僕、記憶力はいい方だし、ましてや迷ったら命取りな山の中、道を覚えないなどという愚行はしていない。


 いや、待て。ヤツガイの言っていることが正しい気がしてきた。あぁでも、僕の中には道の記憶があるんだが……。


 迷った末、僕はヤツガイの方を信じることにした。


 いや、ちょっと待て。あれ……おかしいな。なんだ?


 …………まぁいいか。


「この花、そこそこ奥まで続いてるぞ」


 僕はヤツガイが花を辿っていくのを、二、三歩後ろから追従した。それにしても、たかだか花ひとつに執心するなんて、なんて執着心の高いやつだ。


 あぁ、そういえば、この花の実は高値で売れるんだっけ? だとすれば、ヤツガイのこの本気度の高さというのも納得のいくところだ。


「ここだ。ここで終わってる…………と、なるほど。どうやらまだ続くみたいだぜ」


 意外にもすぐ辿り着けて若干の拍子抜けだが、すぐにそれは別の感情に変わった。


「多分、この花はこっから出てきたんだろうな。この下から」


 そこにあったのは、目を疑うほど巨大で、覗かれているのかと思うほど深淵に満ちた、半径が数百メートルに及ぶ巨大な穴だった。


 もしや、もしやですが。


 まさか、言いませんよね? 僕の今想像している、あの一言は、あなた、ヤツガイさん。絶対に言いませんよね?


 僕は、ヤツガイの方へ顔を向ける。


「じゃあ、そうだな。よし。お前、行ってこい」


「いや、流石に厳しいだろ。洞窟探索はいいかもしれないけれど、こういうのは普通日を改めて行くもんだ……って、え?」


 話している最中に、そして僕はこの穴には入らないという抗議をしている最中に、僕はヤツガイに足を蹴られて、穴の中へ真っ逆さまに落下した。


 死を覚悟した。


 おい、僕は何回死にかければいいんだ?


「ふざっけんなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」


 こうして僕は確信した。


 こんな、馬鹿みたいに死にかけて、アホみたいに命を落としそうになるなんざ、僕の知っている世界ではない。


 ここは完全に、僕の知らない、異世界だ。と。

 

 

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