第3話

 今の今までは、ただ推しが目の前に居るという喜びで、そんな細かいところまで気にしていなかった自分が憎い!


「いやぁああ!! ルイス! 寝て!」


 悲鳴のような私の声に、一瞬ビクリと身体を揺らしたルイスだけれど、お父様の顔を伺うように見る。お父様がルイスに対して頷けば、ルイスは私に頭を下げて部屋から出て行った。


「ミアもまだ少し横になっていなさい」


 お父様が優しく私をベッドへと倒す。

 その行為に対し、お母様は一瞬お父様に対して厳しく睨みつけたけれど、すぐに私へと視線を戻して心配そうな表情をした。


「もうすぐお医者様が来てくれるから、診てもらうまで安静にしていてちょうだい」


 今までずっと仲睦まじい両親だったのに、今は見て分かる程に距離がある。


 ――そうだ、今二人は、誤解によって心が離れているんだ。


 思考を巡らせる為に目を閉じた私を見て、両親とコランは私をゆっくり休ませる為に部屋から出ていった。


「異世界転生……ってやつかな……」


 ポツリと言葉に出せば、謎に実感が湧く。

 奴隷のような日々を過ごし、そして……私は死んだのだろう。むしろ、いつ死んでもおかしくなかったのではないかと今なら思える。

 死因は過労死かな。

 他人事のように思い、寝返りを打つ。

 むしろそんな事よりも重要なのは今だ。


『国を救うは二人の愛』


 そんな大層なタイトルがつけられた乙女ゲーム。

 それが今、私が転生してきた世界で、生前に癒されていたゲームでもある。

 ただ、タイトルが大げさすぎるというか……何だこれは! というラストでしかなかったのだけれど。

 ヒロインが攻略対象者達と愛を育むのは、定番中の定番で、当たり前だ。


 ――問題は、私の推しであるルイスの扱いなのだ。


 魔術家系であるセフィーリオ公爵家に、最強の魔術師と呼ばれる存在が居た。

 それがお父様の姉、リリアック・セフィーリオ。ルイスの母親だ。

 そして父親は……王弟のエザリオ・アサニヨ殿下だ。

 二人は思いあっていたが、お互い婚約者が居る身だった。だけれど、リリアック・セフィーリオは良くも悪くも自分に正直だった為、何とエザリオ・アサニヨ王弟殿下に薬を盛って一晩を共にしてしまったのだ。

 公爵家に迷惑がかからないようにと、そのままリリアック・セフィーリオは国外へ逃亡したのだが、身籠っていた事が判明し、国外でルイスを出産。

 エザリオ・アサニヨ王弟殿下は、リリアック・セフィーリオの安否を心配しつつも、不義を働いたと婚約を白紙に戻し、未だに独身。

 ……これだけで、ルイスの生い立ちは十分すぎる程に訳ありなのだが、まだあるのだ。

 不義の子、更には王族の血が流れているとして、隠匿しなければいけない存在。

 しかし、一人で産み育てていたリリアック・セフィーリオが事故で儚くなってしまったのだ。

 リリアック・セフィーリオはルイスの事を思ってなのだろう。自分に何かあればセフィーリオ公爵家に連絡がいくようにしてあった。だからこそ、姉の死と子どもの存在と事情を知った父はルイスを引き取ったのだけれど……。


 ――王弟殿下の子どもだという事は公言出来ない。


 内密にしていく為にも、家族に話す事もせず、ただ引き取ったと紹介するだけだったのだ。

 そして私は公爵家を乗っ取ろうとしている輩がと……。


「いやぁああ! 無理!無理!無理!!」


 思わず叫び声をあげて、私はベッドの上を転がりまわる。

 だって、ゲームのミアは平民が公爵家を乗っ取ろうとしている! お父様の隠し子だ! と思い込み、ルイスを虐めるのだ。


「推しを虐めるとか無理すぎる……!」


 むしろ、何でそんな思い込みで虐めたんだ! ミア・セフィーリオ!

 いや、今は私だけどさ。うん。

 無意味な虐めは良くない。


「さっきまで、ここに居てくれたんだよなぁ……」


 私がルイスの名前を呼んでいたからと、ずっと傍に居てくれたんだよなぁ……尊すぎる。

 というか、そんな優しい子を虐めるなんて、鬼だ悪魔だ! 鬼畜すぎる! 血も涙もないぞ!


「ルイスが義弟……」


 優しくて思いやりのあるルイスが、義弟となった現実に胸が熱くなるというか、嬉しさで張り裂けそうだ。


「さっきまで、この部屋に居てくれ……あっ!」


 そうだ! ルイスは私の部屋に居てくれたのだ!


「ルイスの香り……っ!」


 現実で存在しているルイスの存在を確かめるように、私は思いっきり息を吸う。


「……げぇっほ! げほげほ!!」


 むしろ、お母様が部屋に入って来た事で香水の匂いが充満しており、私は見事にむせ返った。


「あぁあ……勿体ない……」


 ルイスの存在をしっかり確かめたかった私は、枕に顔を埋めた。

 気づくのが遅すぎだろう! 私!

 ていうか、お母様、香水つけすぎ!!


「…………」


 私は、先ほどまでルイスが座っていた椅子の方へ視線を向けると、そのまま頭をそちらの方へ持っていった。

 ベッドで真横に寝ても、大きなサイズだし子どもの身体だから、はみ出る事はない。

 ルイスの痕跡に少しでも近づけるように。ルイスの温かさが残っていないか確かめるように。


「……髪の毛でも落ちてないかなぁ……」


 ルイスの一部がないのか探していれば、私はそのまま眠りに落ちていった。

 結局、髪の毛なんて見つからなかったのだけれども。

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