第4話

「おはようございます!」


 翌朝、ルイスに会えるという嬉しさからダイニングへと行けば、シーンとした重苦しい空気に包まれており、思わず半歩後ずさる。


「……おはよう、ミア」

「……おはよう……」

「……おはようございます」


 冷たい眼差しでお父様を睨みつけるお母様。

 お母様の態度に傷つき落ち込むお父様。

 そんな空気に少し戸惑っている様子のルイス。

 うん! ルイスが愛しい!


「ルイス、看病ありがとうね!」


 ルイスの方へ駆け寄り、私が満面の笑みでお礼を言えば、ルイスは少し恥ずかしそうに俯いた。

 可愛い~!

 顔がにやけるのを何とか押しとどめて、ルイスの隣に座る。

 上座に座るお父様は様子を伺うように、私の正面に座っているお母様は、私に対して少し睨みつけるように表情を一瞬だけ変えた。


 ――本来なら、私もルイスに対して冷たい態度をとっていたんだよなぁ。


 他人事のように考えてしまうのは、やはり前世の記憶が戻ったからだろう。

 ミア・セフィーリオは、ルイスの事を父の隠し子だと思っていた。しかも自分と同じ歳なのだ。ミアはルイスだけでなく父親も嫌いになっていたのがゲームの設定だ。

 母もルイスの事を父と愛人の子だと思い込み、ルイスに冷たく接し、父とは険悪な空気になる。

 そんな状況にも関わらず、ルイスの事を説明できない父は静観するだけだし、ルイスに対してもどう扱って良いのか分からず距離を置くのだ。更にはお父様の場合、姉であるリリアック・セフィーリオに対して申し訳なさや負い目もあったから、というのもあるだろう。

 魔術公爵家なのに、実力があるリリアックではなく、男という理由で跡継ぎとなったのだから。


 ――そんなこんなで、セフィーリオ家の家族仲は最悪なのだ。


 といっても、それはゲームの中だけの話だ。私は違う。


「ルイス! これ美味しいよ!」

「え……あ……」

「テーブルマナーなんて後から覚えれば良いんだから! うちの料理人の腕は確かだよ!」


 戸惑うルイスに関係なく、私は話かける。

 平民として育って……そして、母親が儚くなってから今日まで、ろくな生活をしていないだろう。

 おせっかいおばさんと言っても過言ではないが、それでもルイスには健康で居てもらいたい。

 だって推しなのだから!


「いっぱい食べて! これあげる!」

「あ……」


 両親の様子なんて全く関係ない私は、ただ甲斐甲斐しくルイスの世話を焼くのだけれど、緊張からかルイスの手は進まない。


「はい、あーん」

「ミア!? はしたない!」


 一口も食べないルイスに、自分のフォークを差し出せば、お母様から制止が入った。







「ルイスー!」


 何とか食事を終え、部屋に帰る最中のルイスに私は声をかける。


「あ……あねう……え?」

「尊すぎるっ」


 振り向きざま、たどたどしく私を呼ぶルイスは神だ。いや、推しという名の神であるのは前世からなのだけれど!

 鼻血が出そうになるのを抑える為、私は上を向きながら祈るように両手を握り締めた。


「義姉上……?」


 挙動不審な私を心配するように呼び掛けてくるルイスの声で、正気へと返る。

 何でしょうか、と問いたくても問えないのか、もじもじとしているルイスも神々しい!

 ゲームでは、喧嘩早くて俺様で、傍若無人でクールとも言えたけれど、こんな初々しさも良い!


「あ、あのね! 一緒に街へ服を買いに行こう?」

「……服……ですか?」


 ルイスは自分の着ている服を見て、困ったような申し訳ないような表情をする。


「動きやすい服、欲しくない?」


 私の言葉に、ルイスの肩が揺れた。

 いきなり貴族の家へ引き取られて着飾られても、正直着慣れないだろう。むしろ窮屈でしかない。

 完全に貴族のお嬢様としていたミアならば、ずっと着ていたから分からない世界観なのだろうけれど。


「私も動きやすい服が欲しいから、一緒に行ってほしい!」


 前世の記憶が戻った今、私も窮屈極まりないのだ。リラックスする為にも、一般庶民的な服が欲しい。

 私の言葉にパッと顔を上げたルイスは、驚きや喜びといった表情を浮かべていた為、私はそれを肯定の意思と捉えて、すぐに外出の用意を頼んだ。

 ふふふ……そしてルイスの服を選んで~、私の服も選んでもらったり!

 いやもうルイスの着せ替えをしたい!


「ルイス! これ着て?」

「あ……あねう……」

「あ! これも似合いそう! ルイスにはこの色も合いそうよね!」


 ルイスの声は問答無用に、店頭にある服を思いっきり着てもらった。

 銀の髪に青い瞳のルイスには、どんな色でも合わせやすいと思ったのだけれど、見事その通りだった。


「いやー、いっぱい買ったねぇ」

「……ほとんど僕のなんですけど……」

「だって似合うんだもの!」


 馬車の中でグッタリとしているルイスは、少しは私に慣れたのだろうか、ちょっとだけ素が出ているようだ。

 あぁ、もう可愛い!

 私もルイスの服になりたい!


「義姉上は……」


 あ! 尊い推しが、美しい声で言葉を発している!

 私は妄想の海から脱出して、直ぐに聞く体制へと入った。


「……どうして僕に構ってくれるんですか……?」

「そんなの! ルイスが大大大大大好きだからよ!!」


 思わず秒で即答した私に、ルイスは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐ嬉しそうに、そして照れくさそうに微笑んだ。

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