第2話
「ル……」
目の前に広がっている光景。否、ルイスがそこに存在しているという現実が、まるで夢のようで。でも、感動に打ちひしがれながら、何とか言葉を口から出そうと喉を震わせる。
「る?」
「どうしたの? ミア」
ぷるぷると震えて、様子のおかしい私に両親は心配そうな目を向けるが、私は目の前に居るルイスへと釘付けだ。
「ルイスー!」
私の大きな声に、ルイスの目が大きく見開かれる。
けれども、そんなの関係ない。
私は淑女らしくない声だけでなく、そのままルイスに駆け寄って、存在を確かめるように強く抱きしめた。
ルイスだ!
ルイスが居る!
現実に存在している!
「ミア!?」
お母様は驚きの声をあげるが、その表情が見えないように素早く扇子で口元だけを隠す。
お父様は疑問符を頭に浮かべたように、狼狽えている。
けれども許して欲しい。
――だって、ゲームの中にだけ存在していた推しが、目の前に現れたのだから。
あれ?
でも、ゲーム?
「……あれ?」
何かを、間違えた気がする。
そう、だって確かヒロインが居て……ルイスは、悪役令息で……。
そこまで考えた時、視界がぐるりと反転したのが分かった。
「ミア!?」
「ミア!!」
平衡感覚が分からなくて、ぐらりと身体が揺れたような気もするが、既に自分が真っすぐ立てているのかどうかすら分からない。
何かの力で必死に支えられているのは理解したのだけれど、あまりの膨大な情報量に脳の処理が追い付いていないのか、激しく頭が痛み始めた私は、そのまま意識が沈んでいった。
愛想笑いを振りまいて、あまりプライベートには踏み込まないように。
それで自分の時間なんてものを得られるのであれば、充実した毎日とも言えるのだろうけれど、あいにくそんなものはなかった。
仕事して、帰宅すれば家事。一緒に暮らしていた彼氏がいたけれど、そこに会話なんてものもなく、ただ二人分の家事をこなさなければいけない私は、ただの家政婦か奴隷のようなものだ。
寝て、起きればまた食事の用意から始まり、洗濯に片付け、見送った後は私も仕事へと出かける。
ありがとうの言葉があれば、また違ったのだろうか。
いや、それでも自分の時間を欲していた以上、自分の事はせめて自分でやれ! が正解だろう。
労働基準に違反したサービス残業。自分の力量以上の仕事。
周りに人が居る中で、つるしあげのように怒鳴られる毎日で、家でも奴隷のような扱い。
――そんな私の癒しは、寝る前に少しだけやる乙女ゲームだった。
むしろ、そのゲームに少額とは言え、課金する事の為に働いていると言っても過言ではないほどに。
『ルイス! どうしてそんな事をするの!』
『だって俺はマリーの事が……』
『大事なお友達だと思っていたのに……!』
――マリー! マリー!!
手に入れる事が出来ないのであれば、いっそ……。
『うわぁああああ!!』
「だめ……だめよ、ルイス……」
「……はい……」
「え?」
ルイスの声がすぐ側で聞こえた気がして、私の意識がハッキリと浮上すれば、目の前に居るのは五歳児のルイスだ。
何故か自分のベッドで寝ていて、ベッドの隣に椅子を置いてルイスが座っているのは、この際どうでも良い。
「レアスチル!!」
ただ幼いルイスが、そこにいる。
私はただそれだけの感動に打ちひしがれた。
「れあすちる……?」
戸惑い、口元が引きつっているルイスは、私の言った意味をなさない言葉に首を傾げる。
それは、今までの大人達のように、幻覚幻聴の類を持つヤバい奴を見る目のようで……。
「それもご褒美です」
「お嬢様! 目を覚まされたのですね!」
小さな声で呟き、シーツの下で小さくガッツポーズをしていれば、私に気が付いた専属侍女のコランが大声を張り上げ、部屋から飛び出して行った。
「……え?」
ただ目を覚ましただけで、何をそんな驚いているのだろうと思えば、すぐに何人かの足音が部屋へ向かって駆けてくるのが聞こえる。
「ミア!?」
「良かった! 目を覚ましたのね!」
ノックもなく部屋へと雪崩込んできたのは両親で、その後ろにはコランが涙を流しながら戻って来た。
「お父様……? お母様……?」
今にも涙しそうなお父様と、既に涙を浮かべているお母様を前に、一体何がどうなっているのか分からない私は、ただ首を傾げる。
「身体は!? 大丈夫なの!?」
お母様はルイスを押しのけ、私の側へ来ると、しっかりと私の手を握って顔を覗き込んでくる。
「医師を呼べ! 早く!」
お父様はコランに指示を出し、コランは慌てて、また部屋から出ていく。
「何をそんな……」
ただ、私が目を覚ましたというだけで、どうして医師を呼ぶ必要があるのか。
むしろ呼ばれては困る。
推しが、ルイスが目の前にいるのだ。この動機を止められる自信なぞ皆無だ。そのせいで誤診なんて事になっては面倒極まりない。
「あなた、三日も眠り続けていたのよ!?」
「三日!?」
そんなにも眠り続けていた事に、私自身も驚いた。それだけ寝ていたら身体の節々が痛くてもおかしくないのに、それがないのは若さのおかげか。
「しかもルイスの名前を呼んで……ずっとルイスは側に居てくれたんだよ……」
お父様の声に、少し恥ずかしそうに……そして申し訳なさそうな顔でルイスは俯いたのだけれど、目の下に隈があるのをしっかりと見つけてしまった。
私の推しが! やつれている!
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