悪役令息の義姉となりました

かずき りり

第1話

「ふぁあああ……」


 穏やかな午後の陽射しが差し込んでくる部屋で、私は震える声をあげた。

 何でこの世界には、密封出来る袋がないのだろうか。

 これは絶対に開発しなければ!

 ……いつになるのか皆目見当もつかないけれど。


「スゥウウウウウウ」


 そんな事を考えながら、私は目一杯に息を吸い込む。


「スーーーーーーーーー」


 既に空気でいっぱいになっている肺は苦しさを訴えているけれど、まだまだと言わんばかりに、私は息を吸い続ける。

 もったいない。この空気を逃してなるものか。

 これから息を吐く事すらも、もったいないと思える。いや、自分の身体に浸透させたのだから、それはそれでありなのだろうか。

 ならば、思いっきり深呼吸をして、自分の体内へと何度も入れて循環させるのが尊い空気の使い方というものではないだろうか。


「ハーーー……スゥウウウウウウ」


 少しだけ息を吐いて、また肺いっぱいに息を吸い込む。

 うん、尊さが薄くなった。自分の吐いた息の分だけ。

 確証はないけれど、気分的にはそう思える。だけれど、尊い空気がある事には変わりないのだ。良い匂いが立ち込めているのも間違いない。

 一生懸命に息を吸い続けていれば、視界の隅にベッドが映る。

 気が付いてしまえば、もうそれ以外に視線はいかない。

 先ほどまで、ずっと存在していただろうベッドに気が付かない程、空気に夢中となっていたが、気が付いてしまえば別だ。


 ――埋もれたい。


 ただ、自分の願望と欲望が膨れ上がり、視線はずっとベッドにとらわれたままだ。

 ……空気を吸い込み続ける事は忘れてはいないが。


 ――あのベッドに埋もれなんてしたら、もはや変態ではなかろうか。


 どこかに残っている理性が、今の私を引き留める。

 否、埋もれたりしたら昇天するのではないかという、生きる生存本能の方が強いのかもしれないが。

 ……いや、部屋の持ち主が帰ってくる前に、少しだけでも……。

 息を止め、生唾を飲み込もうとした、その瞬間。


「何をやっているのですか、義姉上」

「げぇっほ! げほげほ!!」


 まさかの部屋の主が、音や気配が全くない状態で声をかけてきたおかげで、私は盛大に咽た。というか、一体どこから見られていたのか。


「義姉上!?」


 心配するような声をあげる義弟に、自分の心が欲望に溢れて醜い事を痛感してしまう。

 いや、でも仕方ない。こんな素敵な人が義弟なのだ。立場を有意義に使って何が悪い?

 というか、そもそも、私がこの世界へ転生した事が悪いのだ。私を転生させた奴が全て悪いのだと責任転嫁する。


 ――だって義弟は、前世で私の『推し』だったのだから。







 ここはアサノヨ国。

 中世のようなドレスを来た貴族階級に、石造りの建物。 科学なんてものは存在しなくて、自然と共存しているような世界。

 だけれど、ここには魔法というものが存在している。


 魔術を得意とし、魔術師を輩出する一族、セフィーリオ公爵家。

 武術を得意とし、騎士団長を輩出する一族、アールトン公爵家。

 文術を得意歳、宰相を輩出する一族、ファミリア家。


 この三家のみが公爵という爵位を授かっており、三大公爵家と呼ばれている。

 そして、それを束ねているのが国王陛下だ。


 そのうちのひとつ、セフィーリオ魔術公爵家の第一子として生まれた、ミア・セフィーリオ公爵令嬢が私である。

 産まれた時から、この世界にはないものや知らない景色や物が脳裏に過る事は度々あったし、妙な既視感に襲われる事もあった。

 小さい内は塑像力が豊かなのだと、引きつりながらも言う大人達だったが、それも大きくなるにつれ、幻覚の類ではないかと言われるようになった。

 おかげで私は、そんな記憶を底に封じるかのように、誰かに向けて言う事はなくなったのだけれど……その原因が、五歳となる年で判明した。


「今日から家で住む事になった、ルイスだ」


 お父様が連れて来た、同じ歳の子ども。

 私とお母様は、あまりに突然の事で少しだけ小首を傾げたのだけれど、いち早く正気に戻ったのは、お母様だった。


「一緒に住む……とは?」


 いつも優しく穏やかなお母様から発せられた、感情を伴わない、低く冷淡な声。

 その声に、お父様だけでなく、私や周囲の使用人達もビクリと肩を跳ね上げさせた。

 お母様の表情は、いつも以上に無となっており感情なんて読めない。ただ、目だけはお父様を射貫くように鋭い冷気を伴っているようだ。


 ――お父様の隠し子? 公爵家を乗っ取るつもり!?


 既に跡継ぎ教育にも入っていた私は、睨みつけるように、その子を見た。

 何も映していないような瞳に、お母様とお父様の冷戦にも何も動じていない様子で、ただ無関心といった言葉が似合う。

 そんなルイスに、自分の居場所を取られるのかもしれないと、嫉妬が怒りとなってカッと燃え上がりそうになった瞬間、私の脳裏に色んな情報が映し出された。


 自然は伐採され、絶滅危惧種なんてものが多数あり、人間が住みやすいけれど動物は住みにくい。地球は温暖化され、年々上昇していく気温。

 鉄の塊が早く走り、空を飛び、海を渡る。ネット環境というもので人々は繋がっており、そして……ゲームがある。


 ――ここ、乙女ゲームの世界だ。

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