第四話 これから
私はその夜、サンタのコスプレをした知花と、正座で向かい合って、色々な話をした。それは、傍から見ると、(主に知花の格好のせいで)とても奇妙な光景だっただろうけど、私たちにとっては、大真面目でとても大切な話し合いだった。
「私のお母さんは、とっても頭が良かったらしくてさ、小さな頃から、弁護士を目指してたんだって。大学の法学部にも無事に受かって、順風満帆だったらしいんだけど……大学生の時、サークルの先輩に迫られて、無理やりエッチされて、私を妊娠して、全部、水の泡になったんだってさ。それで今は、叶えられなかった夢を私に託して、こうして度を超えた英才教育をしてるの。良い点数を取っているうちは、良いお母さんなんだけどね」
やるせない表情で、知花は、自らの家庭事情について教えてくれた。
「蕾花は?」
黙り込む私の頭を撫でながら、知花は訊いた。両親の離婚も、お母さんの夜遊びも、ネグレクトされていることも。決めた通り、私は、隠していたこと全てを、知花に話した。
私が話し終えると、知花は、無言で私を抱きしめてくれた。母と子の抱擁のような、性的なニュアンスは一切ない、熱い抱擁だった。
「なんか、思ったことがあるんだけどさ」
耳の後ろから、知花の声が聞こえてくる。まるで、私の気持ちを代弁するような声が。
「奇遇だね、私も気づいたことがある」
「じゃあ、同時に言おうか。いっせーのーで」
『私の不幸って、案外大したことないかも』
見事に声がハモった。クスクスと二人で笑い合った。
「どっちが不幸か決める?」
「いや、いいよ。どっちも同じくらい不幸だから」
私のその言葉を最後に、会話は終わった。それから私たちは、ただひたすらに抱きしめ合い、お互いの体温で心の傷を癒した。
「蕾花、大好きだよ」
「うん、私も。大好きだよ、知花」
背中に回された知花の華奢な腕に、より力が入る。私も負けじと、力強く知花を抱きしめる。静かで淡々とした知花の心拍を、微かに感じた。
「正直なところ、最初はただ、現実逃避したいだけだった。違法なドラッグか何かのように、昔の私は、蕾花との時間を扱ってた」
「だけど今は?」
「違法なドラッグというより、宝石。私はこの部屋に、宝物の宝石を見に来てる」
「そっか」
あどけないようで、真剣な口調だった。愛おしくて、たまらなくなった私は、知花を抱きしめたまま、その場に寝転んだ。ビックリした知花が、頭を少し後ろに引く。不意に目が合う。その時、知花は……。
「知花、どうして泣いてるの?」
「ははっ、バレちゃったか」
知花の乾いた笑い声を聞いた時、わけもなく、どうしようもなく悲しくなって、私は泣き出してしまった。山奥の湧き水みたいに、二人して声も出さず、静かに泣き合った。
「蕾花のいない日々を過ごす中で、私、気づいたの。『私の本当の願いは、お母さんの呪縛から自由になることじゃなく、蕾花とずっと一緒にいることなんだな』って」
震えた声で、知花が言葉を紡ぐ。
「だけどさ、私は蕾花と違って弱いから、お母さんに酷いことをされる度、この前みたいにどうしようもなくなって、蕾花にあたっちゃう。だから、お母さんに酷いことをされないようにしたくても、そうするには、お母さんを殺すしかない。でも、そうしたら、蕾花とは離れ離れになる。……ねえ蕾花、私たち、これからどうしたらいいんだろうね?」
――嘘だ。「私は蕾花と違って弱い」なんて。知花は、私なんかよりも、ずっとずっと強い。知花がこの話をしてくれなければ、私はこのまま、耳障りの良い愛の言葉だけを囁いて、知花と夜明けを迎えるつもりだった。「暗い方に向き合う」と、あれだけ強く決意したはずなのに、私はもう、簡単な方に逃げようとしていたんだ。
「……今夜は、ずっとこの部屋にいて。お母さんにバレたら、私が何とかするから。夜が明けるまで、二人でゆっくり考えよう」
無責任だ。「私が何とかする」なんて、私に一体、何ができると言うんだ? 「娘さんは、私がそそのかしました。暴力なら、私に振るってください」とでも言うつもりか?
「うん、そうだね」
空っぽな気持ちを押し隠して、知花は明るく笑った。私も笑い返して、その唇に本日二度目のキスをした。核戦争の最中、核シェルターに籠もっているみたいな気分だ。ハッピーエンドなんて存在しないのに、二人、こんなにも笑っている。
「らいかぁ、たっだいまー!」
扉が開く。部屋を満たす光が、ひと時の二人の幸せが、暗い廊下に吸い込まれていく。ああ、私は、鍵をかけ忘れていたんだ。
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