第3話 彼女との再会、そしてループの再開
避難所に辿り着いてすぐに百合羽を起こした。
「ここ…どこ…?」
まだ少しぼぅっとしているがどこか怯えているように見える。
「避難所だよ。もう安全だ」
この避難所は周囲を自衛隊や警察が囲んでいる。だから怪人も怪獣もはいってこれないはずだ。俺たちは炊き出しのおにぎりを貰ってバイクの近くで休憩した。次々と怪我を負った人々が避難所に入ってくるのが見える。まるで地獄のような光景。
「わたしたち怪我もしてないんだね。なんかそれって…」
「申し訳ないなんて考えるな。俺たちはたまたま運が良かっただけだ。それだけ。後ろめたさなんて感じるな」
百合羽は優しい子だ。だから大怪我を負った他の人々と無傷の自分とを比較して悲しんでいる。でもできることなんて何もない。何も。いいや。何かあってたまるものか。俺はそう思っていた。
『ぐぅうああ!』『いやだ!いたぃい!いたぃい!』『死にたくないょうううう!』
人々のうめき声が聞こえてくる。避難所の医師たちはトリアージを行っていた。彼らにとっても苦渋の決断だろう。もう助からない人々は救護所のテントの外に容赦なく置かれていった。そして苦しんで徐々に衰弱して死んでいった。
「…ひどすぎるよあんなの…」
「仕方ないんだ。仕方ないんだよ。だから見るな。もう見るな」
俺は百合羽を抱き寄せてその視界を塞ぐ。だけど彼女は俺を押しのけて、立ち上がり助からない人たちの元へと向かっていった。そこに一人の女が横たわっていた。右半身が見るも無残に焼けただれている。彼女はワンワン泣いていた。泣く以外のことを彼女はもうできないのだ。
「泣かないで。大丈夫大丈夫だから」
泣きわめく女の左手を百合羽は優しく握った。それでなにか奇跡が起こるはずもない。だけど。
「…あなた。やさしいね」
泣いていた女は泣き止み、百合羽を穏やかな顔で見詰めている。
「ねぇ。天国ってあるのかな?」
女はそう言った。百合羽は頷き。
「ええ。ありますよ。わたしたちのすぐそばに」
「ならもう怖くないね…」
そして女はそのまま穏やかな顔で息を引き取った。百合羽は他にも泣いている人たちの傍に座って手を握り彼ら彼女らの最後を看取っていった。そこに奇跡なんてない。だけど俺だけじゃない。医師や看護師、自衛官や警官たち、さらには避難民たちもみんな百合羽のその行動に心動かされていた。
「ありがとうございます」
一人の老いた女が百合羽に頭を下げた。
「私の息子の最後に優しくしてくれて本当にありがとうございました…ううっ…」
今日ここで死んだ人たちはみな理不尽の犠牲者だった。その死に意味はない。みんな死ぬはずのない人たちだった。でも彼ら彼女らの最後は百合羽によって確かに救われた。そう信じたい。
救護所の体育館の端っこ、毛布を貰って百合羽と二人で包まる。
「何もできなかった」
彼女はそう言った。
「いいや。君はとても尊いことをしたよ」
「ううん。嘘ついちゃった。天国なんてきっとないのに。あるなんていっちゃった」
「あの瞬間はきっとあったよ。だから嘘なんかじゃないよ」
俺は彼女の肩を抱く。彼女は俺の胸の中で泣く。
「なんでこんなことになっちゃたの。ねぇ。なんで世界はこんなに滅茶苦茶で理不尽なの」
それは誰にもわからなかった。インターネットはまだ繋がっていて、世界中がこの街と同じように怪獣と怪人に襲われているらしい。今日は終末の日なんだとネットは大騒ぎだった。世界は今壊れ始めた。これからどうすればいいのか。まったくわからなかった。
「でもそれでも俺は君を守るよ。必ず。何があっても」
すでに寝息を立てていた百合羽に俺は囁く。必ず守り抜いて見せる。絶対に。
そろそろ12時くらいになりそうな頃に尿意を感じて俺は起きた。百合羽は心配だったけど、近くにいるおばちゃんたちに見守りをお願いして俺はトイレに向かった。用を足して、外に出るとひどく大きな月が見えた。その月あかりは煌びやかで、俺の足元に夜なのに影を作るくらいに明るかった。そんな月明かりの下で一人の女が踊っているのが見えた。銀髪に赤い瞳。人形のように美しすぎる顔。それにくっきりとしたスタイル。
「一尉!いくら敵の攻勢は落ち着いたと言っても、まだ警戒態勢は続いているんですよ!!」
迷彩の戦闘服を着た男の自衛官が銀髪の女に大声を出していた。
「うるさいな三尉くん。私は今日いっぱい戦ったんだから少しは遊びたいんだよ。邪魔しないで。次邪魔したら」
銀髪の女は妖艶な笑みを浮かべて。
「殺しちゃうよ」
それはまるで冗談のように言っているのに、ひどく心を凍えさせるような衝撃を覚えた。本気で殺される。そんな雰囲気を感じた。三尉とやらもそうだったのだろう。彼は一礼だけして青い顔のまま彼女の傍を離れた。そして銀髪の女は踊ることを再開する。俺はそれを邪魔しないようにその場から静かに去ろうとした。だが。
「ねぇ君」
話しかけられた。俺は恐る恐る振り返る。銀髪の女はいつの間にか俺のすぐそばにいた。そこでまるでバレエのように踊っている。
「君、今日バイクで街の中を走ってたよね?」
「ええ。はい。そうですけど…」
「敬語はいいよ。たぶん同い年くらいだし。君は軍属じゃないし」
銀髪の女は俺にずずいと顔を近づけてきた。
「君はどうして私が担当していた戦闘区域をわざわざ避けて走っていたの?」
「えぇ?何を言ってるんですか?」
銀髪の女は首を可愛らしく傾ける。
「ん?ああ。そっか。前提条件がよくわかってないんだね。私はこの地区を監視している衛星と直接リンクを張ってるし、私自身のセンサーもこの街程度の人間たちの行動なら全員分把握して処理できるの。だから違和感あったんだ。君の走ってるバイク。目的地だった駅前の噴水公園と君のお家の間の最短距離には私の戦闘担当区域があった。それをまるであたかも危ないことを知っているから避けていったよう走っていった。すごく急いでいるのはセンサーから感知した心拍や体温なんかからわかってた。それなら絶対に最短距離を通るよね?なのに私の傍を通らなかった。どうして?ねぇ?どうしてなの?」
俺は足を震わせてしまった。目の前の女を目撃した結果、俺は一度死んでいる。だから避けて走った。でもまさかそれが原因で目をつけられるなんて誰が思うものか。とっさのことで頭が回らない。言葉が上手く出てこない。
「君はどう見ても普通の男の子。どこかの国の軍人でも諜報機関のエージェントでも犯罪組織のメンバーでもたぶんない。でも私のことをあなたは知っている。なんで?なんでこの私のことを知っているのかな?」
知っているのはループしているからだ。それ以外の理由はない。そして同時にこの場を切り抜ける嘘を思いつくこともできない。腕時計の針の音だけがカチカチと不思議と大きな音で聞こえた。
「君。面白いね。ねぇ教えてよ。君の名前。私は君の名前を呼んでみたい」
名前をここで言わなくてもどうせ後でバレる気がした。だから俺は名乗る。
「
「そう。タチモリ・ツグトシ。ツグトシ。なんか変わった名前だね。古い日本語の名前かな?まあ私よりましだと思うけど」
そう言って彼女はクスクスと笑った。それは年相応の可愛らしい女の子のように見えた。でもはっきりと覚えている。怪獣を圧倒的な力で破壊する彼女の姿を。
「相手が名乗ったら自己紹介するのが礼儀だよね。私の名前はアプタ・ヴィルゴ。世界はめちゃくちゃだしぐちゃぐちゃだけどこれからよろしくね」
「…あはは…よ、よろしく…」
この先の世界でどうよろしくやっていくのかわからない。
「名乗りあったらお友達だよね?とりあえず踊る?」
「いやぁ。もうすぐ12時も過ぎちゃうし、俺は寝床に戻るよ」
俺がそういうとヴィルゴは不満げに唇を尖らせて。
「そう。わかった。じゃあまた明日ね」
納得はしてくれたらしい。俺はヴィルゴの傍から離れて体育館に戻ろうとした。だけど。
「驚いた。彼女が自ら名乗るなんてねぇ。自分の名前を嫌っている彼女が自ら名乗るなんてねぇ。どうやら君はいけない子のようだ。アプタ・ヴィルゴに王子様はいらない。名前がそう示しているんだから」
底冷えるような声が聞こえたと思ったら、俺の胸から剣の切っ先が生えてきてた。いや後ろから刺されたのだろう。せめて誰が犯人か知りたい。だけど俺にはもう振り向く力さえも残っていなかったのだ。そして俺はまた死んだのだ。
*******作者のひとり言*******
アプタはポルトガル語です。
ヴィルゴはラテン語です。
それぞれの意味に気づくと王子様が要らない理由がわかると思います。かしこ。では次のループでお会いしましょう。
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