川野芽生の「天上に竜ゆるりると老ゆる冬われらに白き鱗(いろくづ)は降る」か、同作者の『奇病庭園』(翼が生えたり「鱗」が生えたりする奇病の話)あたりの発想が下敷きにありそうな気がする。
前者は雪を「白き鱗」とした歌であり「鱗を隠す指輪」までには少し距離がある。どちらかといえば『奇病庭園』的な世界だ。
面白いのは「デイケアの老女」にこのセリフを言わせているところだ。
「デイケアの老女」とは「デイケア勤務の老いた介護士ではなく、どちらかというと「ケアされている老人」のほうだろう。
すると「老女」はボケてしまっていて「人の指から鱗が生える」という幻想に取り憑かた結果、来訪者である「われ」に「鱗を隠す指輪はいかが?」と話しかける――という一連のストーリーが理解出来る。
それなりに壮大な、そして現実に根付いた幻想性(柔らかい皮膚ならまだしも分厚くなった皮膚は案外鱗までの距離が近い)を、あえて「デイケアの老人」から「我」への発言という「枠」に入れることで距離を取っている。
いわゆる幻想(根も葉もない嘘っぱちから、見立て、隠喩、ダブルイメージなども含む)を武器にしつつ現実問題への言及も行うり知的な短歌である。
ところで、「鱗(いろくづ)」というのは音韻から「色の屑」を連想させる。ダジャレみたいだけれど、読者の脳裏を「色屑」が掠める時、一瞬だけノスタルジーみたいな気分が生まれるだろう。