第5話 何度も繰り返されると人はそういう気分になるものです
(ガラッと扉が開く音)
(駆け寄ってくるトットットッという音)
先輩、先輩!
可愛くてけなげ、超清純派の癒し系、貴方の後輩、月長かたりです!
昨日のしっとり系後輩はどうでしたか?
清純派すぎて、さぞ胸がドキドキしたことでしょう!
先輩がお願いするのでしたら、またしっとりしてもいいですよ!
あなたの心のトリートメント! 月長かたりです!
まぁ、朗読を続けても良いとのことですので
心機一転! はじめます!
今回はちょっと趣向の違う話です!
(左隣でパイプ椅子に座る音)
(ぺらっとページをめくる音)
(深呼吸)
(小声)落ち着いて私、深呼吸。今回は暴走しないように
(机をリズミカルに叩く音)
(口調を変える)
時は昔、場所は江戸。
ここに一組の夫婦がいます。夫婦の間には待望の子供が生まれました。男は子供の名前を考えてもらうためご隠居に相談することにしました。
「そこでご隠居、なんかパーッとめでてぇ名前はないかい?」
「そうだねぇ。私が読んでた本にいいのがある。じゅげむ。寿、限り無しと書いて、『寿限無』というのはどうだい?」
「じゅげむ、ことぶきかぎりなし!そいつはいいねぇ!だがうちの子は、女の子なんだよ。誰からも愛されるような、そういう名前は他にないかい?」
「それじゃこういうのはどうだい? 『カワイイコウハイ』だ」
「カワイイコウハイ? ずいぶん変な響きの名前じゃねぇか」
「まぁ聞いてくれ。とある国でコウハイというのは一心に想い人を愛する女性のことらしい。あまりに健気なんで、他の国までその単語が広まったという。それにカワイイとまでつけば、愛されること間違いなしだろう」
「そういうのを待ってたんだよ。他にもいい感じのがあるといいねぇ」
「欲張りすぎるのもどうかと思うが、めでたい時にはいわんでおくよ。これはどうだい?『月長かたりの神朗読、文芸部』」
「さすがにそれは意味がわからねぇな? 適当言ってないかい?」
「さっきの話とつながるんだ。月長かたりという名前のコウハイが、センパイのために文芸部で朗読会を開いたという逸話がある。献身の象徴みたいなもんだ」
「健気で献身、揃ってきたねぇ、もう一声だ!」
「『読み書くところに座るところ、いつも貴方の左隣』 センパイというのはいつも同じところで書き物をしてたらしいが、その左隣。いつでも同じ場所に私はいますよ、という女心の表現だ」
「いいねぇ、もっと! もっと!」
「『にぶ、にぶにぶ、にぶちんの、朴念仁! 朴念仁のトーヘンボク! トーヘンボクのポンポコピーの! ポンポコナーの! 愛想尽きそう、でも大好き!』」
(シーンと無言)
(今までの熱の入った語りから一転、動揺した口調)
「……さ、さすがにそれはないんじゃねぇか? 痴話喧嘩で口を滑らせたみてぇにしか聞こえねぇや」
「……ぁぁ、立て板に水でつらつら述べてたら本音がついポロッと出たとか、さすがにあるまい。そ、そうだ! これは鈍い男を思い続ける情の深い女のことを指してるありがたい言葉だ」
「そ、そうかい。それなら悪くねぇな」
(徐々に落ち着いた口調に戻る)
「と、だいたいの案は出し尽くしちまったが、そろそろこの中で選んだらどうだい?」
「そうだな。色々あげてもらったし、愛される分にはいくらあってもいいだろう! せっかくだから全部つけることにするぜ」
そうして夫婦の間に産まれた女の子の名前は
『寿限無 寿限無 カワイイコウハイ 月長かたりの神朗読、文芸部 読み書くところに座るところ、いつも貴方の左隣 にぶ、にぶにぶ、にぶちんの、朴念仁! 朴念仁のトーヘンボク! トーヘンボクのポンポコピーの! ポンポコナーの! 愛想尽きそう、でも大好き!』
というたいそう長い名前に決まりました。
それから時が流れ、子供も年頃になりました。
長生きなご隠居のもとを男が再び訪れます。
「相変わらず元気だなご隠居。今日はウチの 『寿限無 寿限無 カワイイコウハイ 月長かたりの神朗読、文芸部 読み書くところに座るところ、いつも貴方の左隣 にぶ、にぶにぶ、にぶちんの、朴念仁! 朴念仁のトーヘンボク! トーヘンボクのポンポコピーの! ポンポコナーの! 愛想尽きそう、でも大好き!』 のことなんだがよ」
「なんだって? 『寿限無 寿限無 カワイイコウハイ 月長かたりの神朗読、文芸部 読み書くところに座るところ、いつも貴方の左隣 にぶ、にぶにぶ、にぶちんの、朴念仁! 朴念仁のトーヘンボク! トーヘンボクのポンポコピーの! ポンポコナーの! 愛想尽きそう、でも大好き!』 のことかい?」
「あぁ! 『寿限無 寿限無 カワイイコウハイ 月長かたりの神朗読、文芸部 読み書くところに座るところ、いつも貴方の左隣 にぶ、にぶにぶ、にぶちんの、朴念仁! 朴念仁のトーヘンボク! トーヘンボクのポンポコピーの! ポンポコナーの! 愛想尽きそう、でも大好き!』 なんだが、年頃だというのに変なところが奥手で嫁の行き先がなかなか決まりそうにねぇ。心根はとてもいい子なんだが、ご隠居に相談にのってもらえたらと思ってよ」
「それなら丁度いい。ほらウチの孫に男子が一人いただろう? 名付け親になった話をその子にしたんだが、名前を何度も聞いてるうちに自分が愛されているように思えてきて……どうやら惚れちまったんだとよ」
「そいつはありがてぇ! 早速結納だ!」
せっかちな男は駆け出します。
残されたご隠居は頭をポリポリと掻きました。
「ずいぶんと、めでたい名前になっちまったなぁ」
(机を叩いた後に、お辞儀)
(突然、半ギレの口調で)
って、なんですか!?
突然落語になってネタ切れか?
とか、そういうツッコミは聞きませんよ!
質問も禁止です! 講評なんて聞きませんし、口が回ってないとか言い出したら張り倒しますから!
私から!最終的に!
言いたいことは一つだけです!
(近寄る足音)
(大声)
「これで先輩が、私のことを好きになっちゃっても、知らないんですからあああああああああぁ──!」
(駆け出す音)
(声が遠のいていって消える)
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