第2話 ひざまくらのためならクマを素手で殴るとか

(ガラッと扉が開く音)


(駆け寄ってくるトットットッという音)


 先輩、先輩!

 そうです貴方の可愛い後輩、月長かたりです!

 今日も自作の絵本を朗読しますね!


 なんですか、その顔。

 可愛い後輩が頑張って朗読してるんですから

 感動して迎えてほしいところですね。


 ま、いいです。はじめますよ。

 

(左隣でパイプ椅子の軋む音)


(ペラっと紙をめくる音)


 むかし、むかしの、ふかい、ふかい、海の底。

 海の底には人魚の世界がありました。その中でも皆に愛されて育ったお姫様、人魚姫が暮らしていました。


 人魚姫には想い人がいました。先日、船が沈んだ時に助けた人間の国の王子様です。思いをつのらせた人魚姫は、人間になりたいと思うようになりました。


(ノック音トントン)


「こんにちは、魔女さん。すみませんが人間になる薬をくれませんが? 私にできることならなんでもします」


「薬ならあるが、かわりにお前の歌声をもらうよ。ワシは普段はダミ声だが、歌うと化ける系Vtuberとして一発当てるのさ。だが気をつけな。いずれ時間が経てば、お前の足は泡とともに元にもどってしまうだろう」


 代償は大きなものでしたが、人魚姫は取引を飲みました。

 そして薬で人間の姿になった人魚姫は王子様と再会します。


 想い人の王子様、人間の下半身を手に入れた人魚姫。

 おわかりでしょう、やることは一つしかありません!


(ハリセンの音)


 あいたー!

 ちょっと先輩ツッコミはやいですって!

 まぁミスリードしたのも私なんですが……

 

 人魚姫には夢がありました!

 そう!それは王子様にひざまくらをしてあげることでした。


(パイプ椅子を横に追加で複数並べる音)


(すっと頭に触れる音)


(パイプ椅子に物がのるギシギシ音)


(耳元で布地に着地する音)


(声が頭の上から聞こえるようになる)


「下半身が魚のままだと、頭の安定感が悪いんですよ……人間のふとももってこのためにあるんだと思います」


(髪を撫でる音)


「王子様、王子様、気持ちいいですか?」


「私、ひざまくらすることに憧れていたんです」


「ひざまくらって、すごいと思いませんか? 人の考えも何もかもがこの頭に入っています。そんな大事なところを王子様は私に委ねてくださっているんですよ」


「その信頼、愛情、その暖かさに私は応えられているんでしょうか。まだ拙い私のひざまくらのやわらかさですが、貴方に届いていますか?」


「どれだけ貴方を思えば、この足は貴方の心を包むことができるようになりますか」


「あと何回繰り返せば、この手は貴方の心を撫でることができるようになりますか」


「私は貴方の癒やしになりたい。疲れた夜も穏やかな夢に誘えるような──」


 人魚姫が子守歌を口ずさもうとして、不意に止まりました。

 そうです、歌声は魔女との取引で失われていました。


 必要な状況に直面して、人魚姫は失ったものの大きさを実感します。

 せめて歌のかわりにと王子様の頭を撫でます。


(髪をさらさらと撫でる音)


 今の思いを伝えるには、手のひらはあまりにも頼りないもののように思えました。

 ですがこの胸の内はまっすぐに伝えたい。

 

 あふれ出す思いが人魚姫を突き動かします。


(衣擦れの音)


(ぎゅっと抱き締める音)


(とくんとくんと聞こえてくる心音)


「今の私はこれぐらいしかできませんが……聞こえますか? 私の心の音」


「私は今こんな風に貴方のことを思っています。こんなにドキドキしています。」


「こんなことしておきながら、このドキドキが伝わってほしい、でも伝わったら恥ずかしいとも思ってます。2つの思いが胸の中でぶつかって胸の奥で震えているんです」


(少し速いテンポで響く心音)


(近付く声)


「こんなドキドキがイヤではありません。むしろ、だから、私は貴方のことが――」


(はっと息を飲む音)


(ふぅーと吐息を吐く)


(軽く咳払いの音)


(すこし投げやりな演技)


 その時です! 人魚姫の足が光を放ちます。

 なんていうことでしょう。人間になる薬の時間切れでした。

 みるみる人魚姫の足が泡へと変わっていきます。


 人魚姫の恋が泡となって消えようとする瞬間です。

 しかしピンチはチャンス! 人魚姫は死中に活を見出します。

 なんと! 人魚姫はその泡を王子様の胸元にこすりつけたのです。

 それも服をはだけた自らの体ごと!


(しゅっしゅと手で肌をなでる音)


「どうですか王子様? もっとこすりつけちゃいますね。にゅるにゅる……気持ちよくなってくださいね♥」


 さすがは人魚の国のお姫様。

 その泡さばきはエキスパートという他ありません。

 ふわふわの泡は王子様の肌を心地よく包み、その心を癒します。

 泡を使いこなすお姫様、略して泡姫!


(じゃぱーんとお風呂の水音)


 熟練のテクで王子様の心を射止めた人魚姫。

 人間でなくても構わないと結婚を申し込まれます。

 そうして二人は幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし


 ……なんですか?

 突然、雑になって終わったような、って

 気のせいです、きーのーせーいー!


(小声)誰のせいだと思ってるんですか、まったく。私が告白しちゃったら本末転倒ですよ


 はい、今回の話はもう終わりです。

 部室の片付けをして帰りましょ、先輩。


(パイプ椅子をたたむ音)


(ガラッと扉を開く音、途中で止まる)


(とっとっとと歩み寄る音)


「泡になって消えてしまう前に、少しは私のことも考えてくださいね。先輩?」

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