可愛い後輩が癒しの物語を朗読するらしいんだが、どう考えてもいやらしいの方な気がする
片銀太郎
第1話 男の人はささやきに弱いと聞きました
(ガラッと扉が開く音)
(駆け寄ってくるトットットッという音)
先輩、先輩!
そうです貴方の後輩、月長かたりです!
今日は自作の絵本を朗読しますね。
それも実演付きです!
なんで?って……
まぁ、いいじゃないですか
たまには文芸部らしいことしましょうよ!
私の癒しの物語を聞いて眠っちゃってもしらないんですからね!
(左隣でパイプ椅子の軋む音)
(ペラっと紙をめくる音)
むかーし、むかし、あるところに
いっすんぼうしという名前の男の子がいました。
善良ですが、とにかく気の小さい男の子でした。幼なじみの女の子に好かれても勇気を出せず関係を進められないほどです。それもそのはず彼のアレはわずか一寸、さらには帽子も被っているとあっては、自分に自信が持てるはずがありません──
(ハリセンの音)
いたーい!
何がとは言ってないのに教育的指導はやりすぎですって!
とにかく、いっすんぼうしは幼なじみに告白する勇気を得るため、一つ上の男になるために、旅に出ることにしました。
旅の先で噂に聞いたのが、なんでも大きくできる打ち出の小槌。その持ち主である鬼に会うため、いっすんぼうしは山を越え谷を越え、鬼のもとにたどり着きます。
ついに鬼と対峙するいっすんぼうし!
彼の衣服は鬼の島に辿り着くまでの冒険でボロボロ、ほぼ全裸でした。だが鬼もさるもの、いっすんぼうしのみすぼらしい姿に惑わされません。冷静に彼の戦力を見極めようとします。
上半身の筋肉を分析し、鬼の視線が下に向かいました。
(肩にポンと手をやる音)
「重度の場合は保険も適用できるらしいぞ」
いっすんのぼうしに同情した鬼は、打ち出の小槌に新しい服までくれました。鬼から宝物をもらい生還したいっすんぼうしを、都の人達が褒め称えます。事情を知らないので、完全に英雄扱いです。
いっすんぼうしは最初は気まずそうにしてましたが、やがて気をとりなおします。明日の自分が賞賛に恥じない男になればいいだけです。そう、打ち出の小槌で今日からは一つ上の男に変わるのです。
いっすんぼうしは、英雄として歓待してくれた貴族の姫に、打ち出の小槌を自分に使うようお願いします。美人にお願いするほうが、気持ちいいので仕方のないことです。
お姫様はいっすんぼうしの隣で打ち出の小槌を振りました。
(左隣でパイプ椅子の軋む音)
(しゅっしゅっと布をこする音)
(耳元でささやき声)
「おおきくなあれ♥ おおきくなあれ♥ 自意識♥」
「私こんなのはじめて♥ 貴方じゃなきゃダメになっちゃう♥」
「箱入りで育った姫がはじめて出会う素敵な男性が貴方だなんて♥ 私の男性観、メチャクチャにされてしまいそう♥」
姫のささやきボイスにいっすんぼうしは男の自己肯定感マシマシです。打ち出の小槌からあふれ出る自信が、いっすんぼうしをオラオラ系ヤリチンサーファーに変えようとする、その時でした。
「ちょっと待ったぁ!」
(机を叩く音)
現場に乱入したのは、いっすんぼうしが故郷に残してきた幼なじみです。最愛の彼を勝手に色黒サーファーに変えられたらたまったものではありません。
幼なじみは打ち出の小槌の効果を取り消そうとします。
(パイプ椅子の軋む音)
(左隣からトトトと右隣に回り込む足音)
(しゅっしゅっと布をこする音)
(ささやき声)
「ちいさくなあれ♥ ちいさくなあれ♥ 自意識♥」
「生きてるだけでえらい♥ 貴方はいつもみたいに微笑んでくれるだけでいいの♥ 私がなんでもしてあげる♥」
「強くならなくたっていいんだよ♥ 誰がどんなことを言おうと私は貴方が好きだから♥ ね? 貴方と私のふたりでいいじゃない♥ ふたりだけでいっしょにくらそ♥」
幼なじみの甘いささやきがいっすんぼうしをオラオラ系から引き戻します。しかしこれは少々やりすぎでした。全てを許容する溺愛が、いっすんぼうしを何もできないダメ人間に変えてしまうことでしょう。
姫もすかさず応戦します。
「おおきくなあれ♥ おおきくなあれ♥」
「ちいさくなあれ♥ ちいさくなあれ♥」
それは自意識をめぐる光と闇の果てしなきバトルでした。ヤリチンサーファーか、引きこもりのヒモか、究極の二択がいっすんぼうしを襲います。ややあって打ち出の小槌が光を放ちました。
(光輝くキィン音)
光が晴れた後には何かを悟ったようないっすんぼうしの姿がありました。その横顔には姫も幼なじみも見惚れてしまうほどです。いっすんぼうしは意を決めて宣言します。
「おおきいとかちいさいとかどうでもいい! 一寸の虫にも五分の魂! 大切なのは内に秘めたものの……硬さだ!」
そうして、迷いが晴れたいっすんぼうしはお姫様と幼なじみといっしょに幸せに暮らしたそうです。めでたし、めでたし。
(パタンと本を閉じる音)
なんですか? ひどい話だ、みたいな顔……これでもせいいっぱい頑張って朗読したんですからね? 私だって普通じゃこんなことできませんよ。そこまでしてする理由?……それは……
(パイプ椅子が軋む音)
(耳元でささやき声)
「先輩は、私でおっきくしてくれましたか?」
「……その……自意識」
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