第2.5話 茉白の思いと決意

 マンションの前で優陽と別れた茉白は寝る準備を済ませ、ベットの上に腰を掛けていた。


(また……助けてもらった。彼に)

 

 あの時、不安と恐怖で感情が入り混ざって、どうしたらいいか分からなくて、周りの人たちも助けてくれない中、彼だけが助けに来てくれた。偶然かもしれない。それでも守ってくれた背中は大きくて、握ってくれた手は暖かく感じた。

 茉白は自分の手を見つめた。


(とても、優しい温もりがありましたね)

 

 思わず笑みが溢れてしまう。

 自分でも容姿が整っている自覚はあるし、もちろん、努力を怠ったつもりはない。それ故、他人から向けられる好意や視線で分かる。今まで何度も向けられてきたし告白をされてきたから。でも、彼は何か違った気がした。好意でも下心でもなく、只、困っている人を見捨てられない。そんな感じの優しい人の目。

 

 それなのになぜ……あんな顔をするのだろう。

 不思議に思った。『ん、そっか。じゃあここで。明日からはまた関わらないように生活するから』

 そう言った彼の顔は歪んで見えた。なぜそんな顔をして言ったのか。気を遣って言ってくれたようにも聞こえる。でも、違う気がした。初めて助けてくれた日、彼は車を睨みはしてたけど、どこか辛そうな苦しそうな顔をしていた。他人と関わる事を恐れているか、自分から選択して関わらないようにしているのに後悔に満ちた目。

 それとも……興味がない? それはそれでちょっと複雑なような……。恩人なのに何も返せないのは罪悪感がある。

 

 昨日今日と助けて貰ったのに、その分のお礼も返せていない。夕飯は作ることが出来たけど、それだけじゃ彼に返しきれていない。

『うまい』そう言って、美味しそうに食べてくれる姿を見るのは嬉しかった。料理は好きだし美味しいと言ってもらえるのは作り甲斐がある。それに。


(本当、わかりませんね。あんな顔もするなんて)

 

 彼は気づいていないかも知れない。いや、気づいてくれない方がありがたいかも知れない。私が何回か見ていたことを。料理を作っている時に眠っていた彼の顔を。

 

 整った顔立ちで眠りにつく彼は本当は優しい人の雰囲気がした。無邪気な子供みたいな表情で寝てたから。近くで見る時間は少しだけ楽しかった。心が落ち着いて安心した。


 ふと、自分の顔が熱くなっている気がして、頬に手を添えた。

 車から助けてくれたあの時も手を引いて助けてくれたあの時も、どっちも優しさで満ちている彼の温もりがあった。

 彼は気づいているのだろうか? いや、気づかないでくれた方が都合がいいかも知れない。嬉しくて逃げている時、赤くなってしまった自分の顔に。


 お姫様、そう言って容姿だけ見て好意を抱かれて好きでもない人に告白されるのは煩わしさがある。でも彼からはそんな人たちから向けられる視線は感じない。だから安心できた。もし彼が好意じゃなく、当たり前に助けてくれたなら唯一心が安らげる場所かも知れない。

 でも、彼は私と関わらないようにするだろう。それでも安らげる場所があるなら……温かったあの背中に、彼の温もりに触れられるなら。

 もし、彼が辛くて苦しい思いをした過去があって、それで今も苦しんでいるのなら、助けてあげたい。今度は私が力になってあげたい。

 彼を怒らせてしまうかも知れない。嫌な顔をされるかもしれない。それでも、放っては置けない。

 彼は知らないだろうけど、私は彼を知っている。彼が本当は優しい人なのを。


(来栖さんには絶対に言えませんね)

 

 これは——ここから先は、私の我儘で、決意だ。隠し通さなければならい。どこかで顔に出てしまうかも知れないけど、やるしかない。



 茉白は胸に秘めた思いを抱きながら、ベットに体を預け、ゆっくりと眠りに就いた。

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