第32話 賊が入った
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第32話 賊が入った
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お父様がいないから今日はダンジョンはなしだ。屋敷でジークヴァルトをあやしていたら、ジンさんが駆け込んできた。
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
「た、大変です! 酒工房に賊が入りました!」
「え!?」
ジンさんの話を聞いて急いで酒工房に向かう。その際、兵士を数人連れていった。
「これは酷いな……」
酒工房の中はひっちゃかめっちゃかであった。
「トーマ様! 大変です!」
ラムさんが慌てている。これだけ荒らされているのだから慌てるのも仕方がないが、もっと慌てることがあるのだろうか。
「酒麹が盗まれました!」
「なんだって!?」
俺よりもジンさんが慌てた。
確認したらこれだけ荒らされている中で、酒麹だけは綺麗さっぱり盗まれていた。どうやら賊は酒麹が目的だったようだ。
「酒麹が盗まれたら、他でも馬王が造られてしまいます。どうしましょうか!?」
「とりあえず落ちついてください」
「これが落ちついていられますか、酒麹が盗まれたのですよ!」
ジンさんが唾を飛ばして叫ぶが、そんなに叫ばなくても聞こえているから。
「盗まれてしまったものは仕方がないので、今はこれを片づけをしましょう」
「トーマ様はなんでそんなに冷静なのですか?」
「冷静? そう見えます?」
「はい。見えます」
「俺もすごく腹が立っていますよ。でも、ここで喚き散らしても何も解決しません。ですから、できることをしましょう」
「うっ……騒いでしまい、すみません」
「構いませんよ。その気持ちはよく分かりますから」
ええ、とても分かります。でもジンさんの心配しているようなことにはなりませんから安心してください。
大きな声ではいえないのですが、馬王用の酒麹はここでしか使えないものなのですよ。
馬王用の酒麹は、アシュード領専用なんだ。この地から持ち出して酒を造っても、それは毒が含まれている。だから、馬王の対抗馬にはなり得ないんだよね。
アシュード領専用酒麹をもっと詳しく情報変換で見ると、標高三百メートル以下に一度でも下ろしてしまうと変質するらしい。
このアシュード領は標高三百メートルちょっとのところにあるので、持ち出した瞬間にアウトだ。
もちろん、一度も標高三百メートル以下にならない経路で持ち出される可能性はある。そうなったら諦めるしかないけど、地形的にあり得ないことは確認している。
酒工房内を情報変換を使って確認していたのだが、なんと賊は酒麹を盗むだけでなく、ご丁寧に器具や樽、そして仕込み前の馬麦に毒を入れていってくれたようだ。
「おい、これどうしたんだよ?」
「酷い状態ね……」
武装しているベンとシャーミーだ。俺はお父様がいない間、領主代行をしているからダンジョンに入ることができない。だから二人は無理をしない程度に、一、二層を流すと言っていた。これからダンジョンに入るのだろう。
「賊が入って荒らされたんだ」
「ひでーな。片づけするんだろ、手伝うぜ」
「いいのか?」
「あたぼうよ」
「私も手伝うわ」
「二人ともありがとう。それじゃあ、ベンはボーマンさんを呼んできてくれるかな」
「オヤジをか? 分かったぜ」
「シャーミーは長老に片づけの人手を出してほしいと頼んできてくれるかな」
「はーい」
「それからジンさんは、酒蔵が無事か確認を。鍵がむりやり開けられた痕跡がないか確認してきてください」
「分かりました」
「ラムさんと兵士の皆さんは、仕込み前の馬麦を全部廃棄しますので、穴を掘ってくれますか」
「え、全部廃棄するんですか」
「もし何か毒でも入れられていたら、取り返しのつかないことになります。惜しいですが、廃棄するべきでしょう。もちろん、空の樽や器具も含めて全部洗浄します。こういうことをしっかりやっていると、仮に後で変な噂が立っても自信をもって否定できますからね」
俺の指示で皆が動く。
最初に帰ってきたのは、ベンだった。こんなに早くきてくれるなんて、ボーマンさんはフットワークが軽いですね。
「とんだ災難でしたな、坊ちゃん」
「警備を疎かにしたつけを払ったということですね。今後はちゃんと警備をするようにします」
「馬麦を捨てるのか?」
ラムさんたちが穴を掘ってそこに馬麦を捨てているのが見えたようだ。
「どんな悪さをされているか分からないので、工房にあった馬麦は全て廃棄します。ボーマンさんには、蒸留器を見てもらいたいのです。賊に壊されてしまったので、直せるのか造り直したほうがいいのか判断してほしいのです」
「かー、あれを壊していきやがったのか。クソッたれめ!」
ボーマンさんに試行錯誤して造ってもらった蒸留器も被害を受けていた。賊は蒸留器が何か理解できなかったようで、毒は塗られていなかった。ただ壊しただけだ。
「あー、これは酷いな」
「直りそうですか?」
「うーん。こりゃー作り直しのほうが早いですぜ、坊ちゃん」
「そうですか。なら造り直してください。あと、これは材料の足しにしてください」
「あいよ。おいベン。これを運び出すぞ」
「おう、任せろ!」
ボーマンさんとベンが大八車に蒸留器を詰み込んでいると、シャーミーが長老と数人の男性を連れてきた。
「坊ちゃん、この度は災難でした」
「起こってしまったことは仕方がないので、前向きに対応します。そこで皆さんに器具と樽の洗浄を手伝ってほしいと思っています。どうでしょうか」
「もちろん手伝わせていただきます」
長老が受けてくれると言うと、村人たちももちろんだと言ってくれた。嫌な顔一つすることなく、引き受けてくれる。いい人たちだ。
毒は俺の変換で中和しておいたが、後顧の憂いをなくすために全部洗浄する。
「トーマ様。酒蔵のほうは問題ありません。鍵もむりやりこじ開けようとした形跡はありませんでした」
「確認、ありがとうございました」
「全部廃棄なのですか?」
「ええ、廃棄します。悔しいと思いますが、受け入れてください」
「いえ、当然のことかと……」
村人たちも手が空いていたら手伝ってくれた。本当に助かるよ。
それからジンさんが確認してくれた酒蔵のほうも、念には念を入れて俺が確認した。
ジンさんが確認したように、酒蔵のほうは無事だった。これで酒蔵まで侵入されていたら、目も当てられなかっただろう。
皆が酒工房の復旧に尽力してくれている中、神官のオトルソ・ダイゴさんがきてくれた。
「此度は大変だったようで」
「腹は立ちますが、過ぎてしまったことはどうしようもありません。次からはしっかりと警備をするようにします」
「トーマ様は本当に子供ですか? 私には高位の神官と話していいるように思えてなりません」
「正真正銘の子供ですよ。なんならステータスを見ますか?」
「いえ、それには及びません。それほどトーマ様が大人びているということでしょう。さすがは使徒様にございます」
使徒というよりは、前世の年齢を含めて二十五歳だからだと思う。それと、人の悪意に慣れてしまっているんだと思う。
「ああ、そうだ。ダイゴさんにお願いがあるのです」
「なんでしょうか?」
「馬王の酒麹が盗まれました」
「まさか酒麹が目的で!?」
「そのようです。ですが、馬王の酒麹はデウロ様が下賜くださった特別なものです」
「と言いますと?」
「このアシュード領以外であの酒麹を使った酒を造ると、毒になります」
「なっ!?」
「ですから、神殿を通じて変な酒を買わないように周知してほしいのです」
「なるほど、承知しました。総本山を通じて各神殿に通達がいくようにします」
「すみませんが、よろしくお願いします」
これでよし。盗んだヤツが毒酒を飲むのは構わないけど、何も知らない人に被害が出るのは気分が悪い。仮にその毒酒を飲んでも死に至ることはないらしいけど、神殿を通じて注意喚起しておけば少しは被害を減らせるかもしれない。
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