第20話 馬王造り

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 第20話 馬王造り

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 大量の水を沸騰させた上に大きな蒸し器を置く。

 酒工房では十個の竈があり、大量生産用の設備が整っている。


「蒸しの行程で一番大事なのは、馬麦の柔らかさです。子供の俺でも簡単に潰せるけど、ある程度の弾力が残っている。そういった微妙な柔らかさにしてください」


 柔らかさが適切でないと、馬王の出来上がりにバラツキが出る。


 二人は必死に覚えようとしている。

 紙に書くなんてことはしない。そもそも、二人は文字が書けないのだ。


 この世界の識字率は決して高くない。

 貴族や商人、ある程度裕福な家でないと、子供に文字を教えない。

 文字の読み書きを教えるなら、子供に手伝いをさせるのが一般的なのだ。


 俺は庶子だったけど、一応侯爵の子だったので文字の読み書きを教えてもらった。それに教えてもらわなくても、自力でなんとかしたと思う。


 実際に馬麦の柔らかさを確認してもらう。何度も馬麦を潰してもらい、その感触を手に残させる。

 もちろん、一日や二日で覚えられるものではないから、これからやっていって覚えてもらう。


 だけど、ここでラムさんが意外な才能を発揮した。


「クンクン。このくらいですか」


 蒸し器から立ち昇る香りで、蒸しの状態を判断したのだ。


「すごいですね。これ完璧な柔らかさです」

「そ、そうですか?」


 照れるラムさんに負けじと、ジンさんは必死で馬麦を蒸した。


「蒸は季節によって時間を変えて試行錯誤してください。まだ寒い今のような季節は、少し長めに、逆に夏は多少短めにする必要があります。雨降りの日、晴天の日、曇りの日、朝、昼、晩と季節、天気、時間帯によっても違います。ですから、これからの経験でたくさん失敗すると思いますが、諦めずにがんばってください」

「「はい」」


 俺のように情報閲覧で丁度いいところが分かるのは反則だな。


「蒸した馬麦に、酒麹を加えます。これは樽に少しずつ馬麦を入れていき、その都度酒麹を加えていきます」


 蒸した馬麦を坑道へと運ぶ。ここからは坑道内で行う作業になる。


 樽に馬麦を五センチメートルくらい入れたら、酒麹を万遍なく撒く。そしたらまた馬麦を五センチメートル入れて、酒麹を撒く。これを繰り返す。

 馬麦と酒麹がミルフィーユのように層になるようにしていくのがコツだ。

 これは五センチメートルごとに印がある棒を立てておくことで、感覚に頼らずともできる作業だ。

 ただし、馬麦を平坦にしなければいけないし、酒麹も万遍なく撒かないといけない。繊細さが必要な作業でもある。


「酒麹を加えたら、三日間安置します。この三日間は初期発酵の大事な時期です。できるだけ触らず、様子を見るだけです」


 そして三日経過した。その間、状態の確認は怠らない。


「いい感じに発酵してます」


 松明の淡い灯りに照らされた樽の中で、ドロドロになった馬麦からいくつもの気泡がポコッポコッと湧き上がってきては消える。

 こんなに早くドロドロになるものかと不思議に思うが、使っている酒麹がそれだけ強力なのかもしれない。


「この状態になったら、かき混ぜます。最初のかき混ぜは、ゆっくりと優しくです」


 手の動き、体の使い方を見せる。


「あまりかき混ぜすぎてはいけません」

「「はい」」


 二人にもやってもらった。

 ジンさんはなんとか合格点。でもラムさんは時間がかかりそうだ。


 ここまでに分かったことは、ラムさんは不器用だということ。そしてジンさんは大きな体に似合わず手先が器用であった。


 毎日かき混ぜる。徐々にかき混ぜる時間を長くし、さらに激しくかき混ぜるようにしていった。

 一カ月もすると、乱暴にかき混ぜるくらいが丁度いい。こうなるとラムさんも活躍できる。

 ラムさんは力仕事を苦にしない。むしろその方が性格に合っている。

 ジンさんは何事も器用に覚えていく。可もなく不可もない人だ。


 一カ月半ほどで馬王ができ上った。

 俺が手掛けた樽の馬王、ジンさんの樽の馬王、ラムさんの樽の馬王、それらをお父様たちに飲み比べてもらう。


「美味い! これだよ、これ」


 お父様は久しぶりに飲んだ馬王に、涙した。もちろん、俺が造った馬王だ。


 俺が最初に造った三樽分の馬王だけど、半分はつき合いのある貴族に贈った。

 で、残った半分は馬王の産業化を手伝ってくれた村人たちに振舞ったからすぐになくなってしまった。

 おかげで、俺たちが造っている馬王を今か今かと待ちわびていた。


「本当に美味いぜ」

「酒精が強いのに、飲みやすく舌を楽しませてくれる旨味がある!」

「本当に美味しい。トーマ様は酒神様の御使い様ですな!」


 村人たちも美味しいと言ってくれるが、俺は御使いではないぞ。

 神殿で祀っている十二の神には、従属神がいる。その中に酒神がいるのだが、俺は決してそんなヤツの御使いではないのだ。


「この酒は水っぽいな」


 それはジンさんの馬王だ。


「美味しいが、トーマ様のものに比べると、パンチ力に欠けるな」


 俺が造った馬王は、アルコール度五十五パーセントだが、ジンさんのものは三十パーセントだ。その分、物足りないと感じるのかもしれない。


「これは喉がイガイガするぜ」

「ああ、雑味が多いな」


 ラムさんの造った馬王はあまり評判がよくない。

 やっぱりというか、予想通り雑味の多い酒になった。


「だが、これまで飲んでいた酒よりはマシだ」


 これまで村で飲まれたいた酒はワインのような果実酒になる。アルコール度が十パーセントくらいで、苦味が強い酒だと情報閲覧が教えてくれた。

 その酒に比べれば、ラムさんの酒のほうがいいと皆が言う。


「結論として、トーマの造ったものを馬王として、扱う。ジンとラムが造ったものは、既存の酒よりは美味いが、馬王としては売り出せんな」

「それなら、特級酒、一級酒、二級酒と分けて売り出せばいいと思いますよ。二級酒ならお手軽な値段で手に入る感じで」


 ジンさんとラムさんがショボンとしているが、最初なのだからこんなものだろ。

 むしろ、よく飲めるものを造ったと褒めるべきだと思う。


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