第18話 馬王

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 第18話 馬王

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 俺の部屋に四斗樽が三つ。邪魔だ。でも、誰かに持っていかれるわけにはいかないし、細かくチェックしたい。だから自室に置いた。


 あれから半月。馬麦の発酵がかなり進んでいる。時々かき混ぜているが、これで合っているのか分からない。ただ、情報閲覧で見ると、順調と出るので大丈夫だと思ってやっている。


 昨日からお父様は狩りに出て、しばらくは帰ってこない。だいたい一カ月に一回、十日ほど狩りに出るのが冬の日課らしい。

 春になったら、弓をお父様に教えてもらう約束をしている。騎士爵家の子供として、一通りの武術は身につける予定だ。

 もちろん、日課の剣術の稽古も欠かさない。お父様がいると、稽古をつけてくれる。いない時は素振りをし続ける。

 今日も手の皮が剥けてしまった。ララがすかさず軟膏を塗ってくれる。ありがたいと思う反面、過保護だと思ってしまう。

「ありがとう、ララ」

 ララがほほ笑む。可愛い子の笑みは心の癒しになる。


 お父様が帰ってきた。今回も大量だが、あのメタルベアのような大物はなかった。

 でもお父様が無事に帰ってきてくれて、とても嬉しい。

「旦那様、お帰りなさいませ」

「お父様、お帰りなさい」

「おう。今帰ったぞ」

 前回同様、モンスターの解体が行われる。ちゃんとエプロンをして手伝う。

 今回は肉祭りはない。あれは冬の最初の狩りだけなんだとか。解体された肉は燻製にして保存食にし、半分は兵士と解体を手伝った家に分けられる。残った半分は領主家の取り分だ。狩ったモンスターの肉は数トンあるから、半分でも結構な量になる。それを村人に安く売ったり、行商人に売って不足気味の税の補填に使っている。

「ベン!」

「おう、トーマ」

 今日もいち早くベンが解体の手伝いをしていた。なんというか、ベンは要領がいい。俺も見倣わないといけないと思うよ。

「今日はレッドボアがあったぞ。あれ、燻製にするとめちゃくちゃ美味いんだよ」

 涎を拭きなさいよ。

「ベンは食べ物のことをよく知っているな」

「食べることと悪戯することが俺の人生だぜ」

「いや、悪戯は止めようよ」

 ベンは笑っていた。本当に悪戯は止めたほうがいいぞ。


 酒がいい感じになった。

 毎日確認し、仕込んでから二カ月弱でお酒になった。情報閲覧は結構便利で、何をどうしたらいいか教えてくれる。ありがたいことだ。

「お父様、お話しがあります」

「ん、なんだ? 改まって」

 俺は竹筒に入れた馬麦酒を差し出した。

「これは?」

「俺が造ったお酒です」

「は?」

 お父様は目が点になった。

「僕はまだ子供なので、お酒の味が分かりません。お父様に味見をしてもらいたいのです」

「お、おう……」

 お父様が竹筒を手に取り、栓を抜いた。酒の匂いを嗅ぐと、『おっ』という声を漏らす。舌をペロリとさせ、竹筒に口をつける。次の瞬間、目をカッと見開いた。

「うっまっ! なんだこれ、酒精が強いのに、飲みやすいぞ!」

 竹筒に口をつけ、大きく傾ける。あ、一気に飲んじゃった……。それ、アルコール度五十五パーセントの、結構強いお酒だから……。

 俺は酒のことをよく知らないが、こんなアルコール度の高い酒を造れる酒麹はないのではないだろうか。おそらくアシュード領用酒麹だから、ここまでのアルコール度数になったと思われる。

 お義父様は竹筒内のお酒を飲み干してしまった。

「っかーーーっ! うめーっ!」

 お父様が呑兵衛にしか見えない。

「なんかやっているなと思ったら、まさか酒を造っていたとはな!」

 聞く必要もなさそうだけど、感想を聞く。

「これは初めて飲む酒だ。喉越しがいいのに、かなり酒精が強い。それにめちゃくちゃ美味い!」

 馬麦が満タンだった四斗樽だったが、お酒になったら半分の量になっていた。だから量としては三十六リットルくらいが三樽の合計で百八リットルくらいしかない。

 作るのに二カ月かからないくらいだから、今はこんなくらいでいいかな。

「このお酒はお父様にお贈りします」

「いいのか?」

「お父様のために造ったお酒です。でも、あまり飲み過ぎないでくださいね」

「トーマ……俺はいい息子を持ったぜ!」

 お父様は腕で目を隠して泣いている。そこまで感動するものなのかな? 人にプレゼントをするというのは、こんな暖かい気持ちになれるものなのか。

「ありがとうな、トーマ。大事に飲ませてもらうぜ。そうだ! 一緒に飲もう!」

 いや、六歳の子供に何を言ってるの。

「俺はお酒は飲めませんから、お父様が飲むなり、売るなり、他の貴族への贈り物にするなり、好きに使ってください」

「トーマ……。うちが貧乏貴族だからって、子供のお前が気にすることじゃないんだぞ」

「別に気にしてませんよ。お父様に美味しいお酒を飲ませてあげたいと思って造ったのです」

「トーマ!」

 いきなり抱きつくのは止めて。驚いたよ。感謝の気持ちは受け取りましたから、離してください。痛いんですけど。

「あらあら、二人して何をしているのかしら?」

「アリューシャ聞いてくれよ! トーマが俺のために酒を造ってくれたんだ!」

「まあ、トーマは頭がいいけど、お酒まで造れてしまうのね」

「俺の息子はいい子だぜ!」

「私の息子ですよ。ウフフフ」

「二人の息子だ!」

「ええ、そうですね」

 この二人のことを世間では子煩悩というんだろうな。この二人の子供にしてくださった『名を奪われ、忘れ去られた者』様に感謝しかない。

「ところで、この酒の名前はなんなんだ?」

「あ……考えてません。お父様がつけてください」

「原料はなんだ?」

「えーっと……ボソッ」

「ん? 聞こえなかったが、なんだって?」

「馬麦です」

「は? ウマムギって、あの馬麦か?」

「はい。そこら辺にたくさん生えている馬麦です」

 馬麦は年がら年中生えている。刈らないとどんどん生えてくるので、たまに村人が刈って領主屋敷うちに持ってきて馬の餌にしているんだ。

「あの不味い馬麦が、こんなに美味しい酒になるのか!?」

「はい」

「ふむ……よし、この酒の名は『馬王』だ!」

 馬麦で馬王って……まあいいけど。

「ところで、トーマ。この酒をもっと造れないか?」

 馬麦を美味しい酒にするアシュード領用酒麹を使わないといけないけど、材料はほぼタダで手に入る。

「樽と馬麦があれば、いくらでも造れます。でも多く造るには、それなりの場所が要りますよ」

 あと、温度管理も問題だ。あまり高温の場所だと馬王は造れないんだ。

「その場所はどこでもいいのか?」

「できれば、あまり温度が高くないところで、安定している場所がいいですね。ですから、造るには冬が一番いいのです」

「ふむ……それは鉱山の旧坑道でもいいのか?」

「え、坑道……」

 そうか! 坑道なら一年を通して温度はほとんど変わらないじゃないか! しかも坑道跡は数十とあっていくらでも酒樽を置ける。

「坑道なら言うことなしです。あとは樽と人手ですね」

「そこは俺に任せろ。用意ができたら、トーマに造り方を教えてもらうことになる。頼めるか」

「もちろんです」

 こうして、アシュード領で馬王を量産する話が進むのであった。


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