第14話 アシュード領

 ■■■■■■■■■■

 第14話 アシュード領

 ■■■■■■■■■■


 アシュード領にやってきて、一カ月が経過した。

 お父様はお母さんを大事にしてくれている。それが何より嬉しい。


「せいっ!」

「いいぞ、その調子だ」


 今はお父様に剣の稽古をつけてもらっている。

 さすがというべきか、まったく勝てる気がしない。


「はっ」

「足が疎かになっているぞ」

「うわっ」


 足を払われ倒された。尻餅をついた俺にお父様はニカッと笑って手を伸ばす。なんてイケメンなんだよ……。


「二人とも、お昼ですよ」

「おう」

「はーい」


 井戸で水を汲んで手拭いで汗を拭く。


「冷たっ」


 季節は秋。収穫も終わって、もうすぐ冬という時期だ。

 井戸水は夏でも冷たくて気持ちいいのだが、さすがにこの時期は冷たい。


「そんなものは気合を入れれば感じないぞ、トーマ。ハハハ」


 マジかよ!?

 体を拭いているお父様に井戸水をかけてみる。


「ぎゃっ!?」

「ぷっ。冷たいと思っているじゃないですか」

「やったな、こいつ!」


 顔を真っ赤にして、恥ずかしがるお父様が水をかけ返してきた。


「うわ。止めてくださいよ」


 俺もやり返す。

 お互いにヒートアップする。


「おらおらー」

「ちょ、大人気ないですよ!」

「何事も本気でやる主義なのだ!」


 お父様ははまるで子供のように、ムキになって水をかけてきた。

 おかげでビショビショだよ。


「ちょっと二人とも、何してるの!」


 お母さんが睨んでいた……。


「「すみません」」

「もう、早く着替えてきなさい。風邪をひくわよ!」

「「はーい」」


 着替えて食事を摂る。

 基本的にロックスフォール家の食事は質素だ。

 朝はサラダと汁物と漬物とチーズ・オン・ザ・パン。

 昼はチーズ・オン・ザ・パンと干し肉。

 夜は汁物とサラダと肉か魚とチーズ・オン・ザ・パンになる。


 このアシュード領はチーズの産地で、チーズは豊富にある。おかげで三食美味しいチーズ・オン・ザ・パンが食べられるのは嬉しい。トロトロのチーズが美味しいんだよ。




 今日はアシュード領の勉強をしている。

 まずは地理的なことだ。

 アシュード領はクルディア王国の南部にあり、ライトスター侯爵家のバルド領から南に馬車で四日から五日ほどの距離にある。おそらく三百キロメートルくらいの距離だろうと思われる。

 標高三百メートルほどの山と森に囲まれた小さな平地におよそ一千人ほどが住んでいる。


 先にも触れたが、アシュード領は乳牛や山羊を山で放牧して育てている。その乳からチーズを生産しているのだ。


 その家畜を狙ってモンスターがやってくる。そういったモンスターを狩るのが、ロックスフォール家の役目みたいなものだ。

 しかも結構強いモンスターが出るらしく、危険な土地でもある。モンスター狩りの季節は冬だから、これからが本番だ。


 父様や部下の兵士たちのレベルが高いのは、モンスターとの戦いが日常だからなんだと理解した。


 村はチーズとモンスターの素材が主産業になっている。

 でも、村は豊かではない。その理由が小麦と塩を輸入しなければいけないからだろう。

 立地的にほとんど穀物を生産していないし、海からもかなり遠いのが理由だ。

 それにこの村には常駐の商人がおらず、近くの町から行商がやってくる。


 行商で持ち込まれる物資はかなり割高であり、逆に村の特産のチーズやモンスターの素材は買い叩かれてしまうのだ。

 アシュード領はモンスターが多いので、行商人は護衛を雇ってくる。経費がかさんで持ち込む商品が高くなり、逆に領内の仕入れ価格は安くなってしまう。


「上手くいかないものなんだな……」





 冬がきた。

 アシュード領では滅多なことでは雪は降らないらしいが、絶対降らないわけではない。


 お父様は昨日から兵士を連れて山に入った。

 この時期からモンスターの動きが活発化するのだ。


 俺は庭に出た。吐く息が白くなるほどの寒さではない。

 冷たい井戸水で顔を洗って眠気を吹き飛ばす。

 あとは無心で木剣を振る。


「はぁはぁ……フー」

「坊ちゃま、タオルです」

「ありがとう、ララ」


 幼女メイドのララからタオルを受け取って汗を拭く。

 幼女といっても、今の俺より年上だけど。


「っ……」


 手の平に痛みを感じ、見ると皮が剥けていた。


「軟膏を塗りますね」

「このくらい大丈夫だよ」

「ダメです」


 ララに軟膏を塗ってもらい、包帯を巻いてもらう。

 皮が剥けるのは初めてじゃない。

 お父様も幼い頃は何度も手の皮が剥けたと言い、剣を学ぶ者が通る道だと頭を撫でてくるのだ。


「また手の皮が剥けたのね」


 食堂に入ると、お母さんが俺の両手を見て困ったものだという表情をする。


「名誉の負傷です」

「ほどほどにするのよ」

「はい」


 剣の稽古だから、お母さんはそこまで心配はしていない。それよりも、お父様がモンスターと戦っていることのほうが、お母さんの心配事のようだ。


 この世界には魔法があり、ちょっとの怪我なら魔法一発で治してくれる。

 でも、稽古で負ったこのような怪我は、魔法で治してはいけないと、お父様は言う。


 魔法は元の状態に戻す効果がある。

 だけど稽古は体を痛めつけ、体が持つ自然治癒力で修復させるのが目的の一つでもある。

 そうすることで筋肉が発達し、手の皮が分厚くなるのだ。


 そういえば、ジャイズは稽古をしてもすぐに飽きて止めるし、掠り傷でも大げさに騒いで魔法で治してもらっていたな。

 あれでは体は強くならないというのに、誰も何も言わない。

 将来の侯爵だから強い護衛を侍らせることで、危険を回避するのかもしれないが、それでいいのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る