第11話 再婚のすすめ

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 第11話 再婚のすすめ

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 これは俺が六歳のある日のことだ。俺は部屋でスキル・変換の消費マナについてまとめていた。


 ・藁(百グラム)を肉(百グラム)に変換 : 五ポイント


 ・土(一キログラム)を鉄(一キログラム)に変換 : 五十ポイント


 ・藁(百グラム)を大豆(百グラム)に変換 : 五ポイント


 ・自分の情報閲覧 : 十ポイント


 ・自分以外の情報閲覧 : 十五ポイント~(相手のレベルや希少性が高いとマナ消費が多くなる)


 ・自分の情報変換 : 十ポイント~(変換する項目が多いとそれだけマナを消費する)


 ・自分以外の情報変換 : 五十ポイント~(変換する項目が多いとそれだけマナを消費する)


 こうやってまとめると、植物から食料への変換は消費マナポイントが少ない。俺が生きていくために必要な食料については、消費マナポイントが低く設定されているのかもしれない。『名を奪われ、忘れ去られた者』様に感謝しなければいけないな。

「トーマ。入るわよ」

「はーい」

 お母さんがやってきた。今日も綺麗だな。

「どうしたの?」

「お話があるの。一緒にきてくれるかしら」

「話?」

 ずいぶんと含みのある感じだけど、とにかくついていくことにした。リビングに入ると、三十手前の男性が待っていた。

「座って」

「うん」

 俺と母が並んでソファーに座り、男性はその向かいに座った。お母さんが茶を淹れてその男性に渡し、俺にもくれた。

「初めまして、私はロブ・アシュード・ロックスフォール。爵位は騎士爵で、小さな領地を治めている。よろしくね」

「トーマです。よろしくお願いします」

 男性は黒緋くろあけ色の髪に、瑠璃紺るりこん色の優しそうな目をしている。

「私が何をしにきたか、不安そうな顔だね」

「これまで貴族様が僕やお母さんを訪ねてくることはありませんでしたから、少し不安です」

「正直な子だ。それに、聞いていたように利発だね」

 褒められるのは慣れていないから、背中がムズ痒い。でも、悪い気分ではない。

「今日はね、大事な話があるんだ。落ち着いて聞いてくれるかな」

「はい」

 お茶を含み口を湿らせたロックスフォール様から、俺は思わぬことを聞くことになる。

「実は、私はトーマ君のお母さんであるアリューシャ殿を妻に迎えることになったんだ」

「え!?」

 お母さんがこのロックスフォール様の妻に……。お母さんは御屋形様の妾だよね? え?

「言い方は悪いけど、ライトスター侯爵閣下より、アリューシャ殿を譲り受けることになったんだ」

 御屋形様がお母さんを売ったってこと? なんてことだ。やっぱりあいつはろくでなしだ!

「実は、私は二年前に妻を病で亡くしてね。後妻は考えていなかったんだけど、侯爵閣下に勧められ、アリューシャ殿と何度か話もさせてもらった。それで是非妻にしたいと思ったんだ」

 以前から水面下で話が進んでいたのか。

「トーマ。私はこの話を喜んで受けることにしたの」

「……お母さんはそれで幸せになれますか?」

 そこが一番大事なことだ。御屋形様はお母さんがこの離れに住んでから、何度か顔を見せた。だけど、お母さんは幸せそうに見えなかった。

 俺がいるから、もしかしたら我慢してあの老人に抱かれていたのかもしれない。そう思うと、俺はお母さんの足枷でしかないのかもしれない。

「ええ、幸せになるわ」

 俺の問いにお母さんは微笑んで、力強く答えた。お母さんと別れるのは辛いが、それで幸せになるのなら笑って送り出してあげよう。

「だったら、俺は何も言いません。ロックスフォール様、どうかお母さんを幸せにしてあげてください。この通り、お願いします」

 俺はソファーから降りて、深々と頭を下げた。

「貴族といっても吹けば飛ぶような弱小貧乏貴族だから、贅沢はさせてあげられないけど、必ず幸せにするよ」

 考えたらお母さんはまだ二十三歳だ。物置で暮らしていた時は痩せ細って汚れていたけど、最近はちゃんと食べて質素だけどドレスを着て女性としての魅力は増している。むしろ美しい女性だ。

 ロックスフォール様もまだ若いし、望めば子供だってできるだろう。

 俺は一人でも平気だ。前世では一人で生きていたようなものだから、この世界でだって生きていけるさ。

「あと、トーマ君は勘違いしてないかな」

「勘違いですか?」

「君もアリューシャ殿と共に、私のところにきてもらうからね」

「え? 俺もいいのですか?」

「当然だろ、アリューシャ殿とトーマ君を引き離すようなことはしないさ」

 まだお母さんと一緒にいられるのか。嬉しい。こんなに嬉しいことはない!

「ありがとうございます。ロックスフォール様のために身を粉にして働きますので、よろしくお願いします」

「だから、勘違いしているよね?」

「はい?」

「私と前の妻との間には、残念ながら子供がいなかった。だから、トーマ君を正式に養子にするつもりだよ」

「俺なんかを……ですか?」

「私はライトスター侯爵家の寄子なんだ。あ、寄子というのは侯爵家の子供のようなもので、何かあったらライトスター侯爵家に支援をしてもらう感じだと思ってもらえばいい。だから、侯爵家の中に色々知り合いがいるんだけど、トーマ君はかなり評判がいいんだよ」

 俺の評判がいい? 本宅の人はもちろん、使用人や兵士たちは誰も俺に話しかけないよ?

「トーマ君はジャイズ様に酷い扱いを受けているよね。それなのに、誰にも泣き言を言わないし、いつも気丈に振る舞っていると聞いている。そういうのは、見ている者に分かるものだから」

 ジャイズには絡まれているけど、あいつは大したことないからね。特に最近はレベルが上ってほとんどダメージを受けなくなった。

 むしろ、俺を殴ったジャイズの拳のほうがダメージを受けているはずだ。そのためか、最近は拳で殴ることはなくなり、もっぱら木剣で殴ってくるんだけどね。

「あの、本当に俺もいいのですか?」

「君はもっと自信を持つべきだ。私は君を養子にしたいと心から思っているよ」

「……ありがとうございます」

「二日後に迎えにくるよ。あまり時間はないけど、荷造りをしておいてね」

 ロックスフォール様は爽やかな笑顔を残して帰っていかれた。どこぞのネチネチした侯爵家のヤツらに爪の垢を飲ませてやりたいくらいの爽やかさだ。


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