第一幕 踏切の前にて
若者が一人、今日も朝から踏切前で左右に眼を向けていた。
「今日も異常なし、と」
しばらく無言で観察を続けた後、溜め息交じりにぼやいた。
「どうだ、調子は」
突然後ろから声をかけられて、慌てて振り返った。
「鈴木中尉」
よお、と片手を挙げながら鈴木中尉が近付いて来た。
「君は中林君だったか。今日で二週間くらいだったかな」
「はい。今日でちょうど十日になります」
仕事には慣れたか、と言いながら近くに腰を下ろした。
「ええ、まあ。でも仕事と言ったって、開かない踏切を見張っているだけですよ」
踏切が開いた時にみんなに知らせるための拡声器を足元に置きながら、答えた。
「まあ最初はそんなもんだ。来たばかりの人間は踏切の近くに住まなきゃいけない規則だからな。俺も初めの頃は警告音で耳が痛かったよ」
はははと笑いながら鈴木中尉も踏切の奥の線路を覗いた。
「しかし本当に開くのかね。俺達はいつまでこんなところにいるんだろうな」
「ええ、僕も初めてここに来た時は驚きましたよ。確か本を探していて、初めてこの辺りに来たんですよ。こんなところに街なんてあったかなと思いながら、あの踏切の前に来て、開くのを待っていたんですけど……。そしたら男の人が近付いて来て、事情を話してくれて、気付いたらここの住人になっていました」
「お前……ここに来た理由を覚えているのか?」
鈴木中尉は酷く驚いた顔をしていた。
「俺はもうだめだ。ここに来てから大して時間は経っていないはずだが、なにもかも忘れちまったよ」
「そう言われてみれば、何の本を探していたんだっけ……思い出せません」
僕にとっては大事な本を探していたはずなのに……どうしてだろう、思い出そうとすると頭の中に靄がかかったようにハッキリしなくなる。
「お前、記憶があるのならここを出た方がいい。なぜかは分からないが、ここにいてはいけない気がする。俺にだって何か目的があってここに来たはずなんだ。だが、いつからかそんな記憶も薄れ、自分が元々何をやっていたのかすら分からなくなっちまった」
他の連中もそうなんだ、と自分に言い聞かせるように言った。
「そんな。でも僕もあの本をどうしても見つけなきゃいけないっていう気持ちだけが残っているんです。待っていればいつか踏切も開くんじゃないでしょうか」
「いつか、って言ったってなあ。この国ができてからどれくらい経ってると思うんだ。……でかい声じゃ言えないがな、俺はこの国の王が怪しいんじゃないかと思ってる」
鈴木中尉は僕を座らせると、体を寄せて小声で言った。
「この国はなんのために作られたんだ。得をするのは誰だ。初めに来たっていう王や大臣たちだけじゃないのか。ここは平和でここの連中はみんな幸せそうにしているが、みんな元々ちゃんと生活があったはずだろう。それをみんながみんな忘れてしまってるというのはおかしいじゃないか。きっと何か……」
その時、ずっと鳴り響いている警告音が、一段と大きく音を出した気がした。
カンカンカンカン――
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