踏切国家

氷柱木マキ

序幕 

 男が一人、踏切が開くのを待っていた。チラリと、くたびれたスーツから覗く腕の時計に目をやる。まだ陽は高く、あまり人通りもない。数分が経過したが、何も変わらず赤く交互に点滅するランプと共に、甲高い警告音だけが鳴り響いている。

 しだいに男の他にも踏切待ちをする人間が一人、また一人と増えていった。それでも踏切は開かない。


 そのまま、かなりの時が過ぎた。そこに集まる人間は、優に数百人を超えていた。

 人が集まれば集落ができる。踏切前には、いつしか集まった人々によって街が築かれ、人々の間には序列ができ、さながら国の体を為していた。人々は当初の目的を忘れ、そこでの生活が全てになった。街は段々と踏切から遠ざかるように大きくなっていった。

 この国では、踏切に並んだ順に権力を持った。初めの男は王として、国をまとめる存在になった。その後の十数人は、王を補佐する役割となり、形式的に大臣と呼ばれた。それ以降の人間は、一応順番は付けられたが、あまり権力とは関係がなかった。そして国のために、各々ができる仕事をこなした。農家だった者は農作業をし、美容師だった者は美容院を開いた。それらの職業を、大臣の中で大まかに同じ種類の職業経験のあるものが統括した。

 当然、何も仕事のない者もいた。いわゆる会社員やスポーツ選手、公務員だった者や学生などである。それらの中でも、自分の趣味を活かして何か商売を始める者もいたが、多くは何もできず、そういった人間は全て軍隊に入った。軍隊とはいっても、戦闘を行うわけではない。元より武器などはないし、いたって平和である。単に何も働く手段を持たない人間に、何かしらの仕事をさせるためのものであり、この国における軍人とは無能力者のことであった。軍人の主な仕事は、一向に開かない踏切の監視、新しく踏切に並んだ者つまり入国者の管理、および様々な職業の手伝いだった。

 しかし、数は力である。全体の半数にも上る軍人は、しだいに権力のようなものを持ち始めた。数の増加によって、軍隊の中でも初めの頃に来たものは仕事をする必要がなくなり、自分は偉いのだと勘違いを始め、いつしか軍の上位の数人が、さらなる権力を求めて王の座を狙うようになっていた。


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