[家]
病院から帰って、わたしの家。
お夕飯は◆◆◆おにいちゃんが作ってくれることになって、わくわくしながらそれを待っている。
「今日のお夕飯の、退院記念ハンバーグです!」
ハンバーグ……◆◆◆おにいちゃんの好きな食べもので、わたしも好きな食べもの。
食事に特に制限はつけられてはいないし、きっと食べていいのだと思う。
ちなみに、◆◆◆おにいちゃんはちゃんと確認をとってくれた。そういう細やかな気づかいが本当にすごい。
◆◆◆おにいちゃんは対面になるように、ハンバーグのお皿を配膳してくれる。
席につく。対面に◆◆◆おにいちゃんが座る。
「いただきます」
「いただきます」
ハンバーグ……できたては、熱い肉汁が口の中に広がって美味しさを広げてくれる。
ああ、◆◆◆おにいちゃんのお料理はやっぱり美味しい。なんだかんだ結構久しぶりに食べたかもしれない。
だって、ほとんどいつもわたしが◆◆◆おにいちゃんにお料理を振る舞っていたから……。
「美味しいよ、久しぶりに食べたけど」
「本当? それは良かった……なんだかんだ三年ぶりくらいに★★★に料理作ってあげるからなあ……」
本当にそうだなぁ……三年前は、◆◆◆おにいちゃんがいてくれた頃は、よく◆◆◆おにいちゃんのお料理を食べてたからなぁ。まぁ、今は帰ってきてくれたから、こうして食べられているわけで。
入院中の話題、遊園地の話題も含め、楽しく食べ進める。
「そういえば、なんで遊園地に行きたいって思ったの?」
「なんでって言われたら難しいけど……◆◆◆おにいちゃんとデートだって思って、『デートスポット』とか色々検索してもピンとこなくて、じゃあ、一人で行きたいところは? って考えたときに、遊園地かなぁって。一人で楽しくないのに、誰かと行って最高に楽しめるかは微妙じゃん?」
「なるほどね」
あえて、◆◆◆おにいちゃんと一緒にお出かけできる……これはデートでは! という風ではなくて、◆◆◆おにいちゃんと一緒に出かけるこの状況は世間一般における「デート」なのでは? というていで話す。その効果は知らない。なんなら、気持ちは前者。
「それで調べてたら……一人で盛り上がっちゃって、倒れた後ということも忘れて、すぐにでも行ける気にもなってしまったり」
あはは、と乾いた笑いをつけ加えて。
「本当に、ご自愛くださいな」
「本当に申し訳ありませんでした」
しばらくは体調を戻したり、睡眠をちゃんと取るようにすることを意識して生活しなければならないだろう。
……これまで、あんまり、わたし自身、体が弱いという認識はなかった。というのも、規則正しい生活を徹底していたから。憧れの◆◆◆おにいちゃんに並べる人になるために、夜ふかしとかはできるはずがなかったし、◆◆◆おにいちゃんにもそう言われていたし、そうなる原因もなかったのだ。
だから……ただ少し寝不足になるだけで、こうも簡単に崩れるものなのか、と愕然とする。
……いや、精神的理由も大きそうだ。
今まで、◆◆◆おにいちゃんがいつもいてくれて、わたしは何も考えずに甘えていた。三年の間だって、◆◆◆おにいちゃんを目標にして、折れることなく頑張ってきた。でも、今はどうだろう? わたし自身が、今までありえなかったことをしている。それは、わたしと◆◆◆おにいちゃんとの関係を変えること。今までは◆◆◆おにいちゃんという支えがあったのに、その支え自体である◆◆◆おにいちゃんとの関係を変えようとしているのだ。たった一人で立ち向かう経験は初めて。誰にも助けられることなく、◆◆◆おにいちゃんとの対等な関係を求めようとしている。悩むことが大きいけれど、◆◆◆おにいちゃんに話せることでもない。
まぁ流石に、また倒れたくはないので、思いつめないような対策は講じたつもりではあるけれど、別の要因がふらっとわたしを刺してもおかしくない。
今日くらいは、◆◆◆
「ねぇ、この後お勉強教えてよ」
「頼まれては仕方がありませんなぁ」
病院での約束の一つ。お勉強を教えてもらうこと。
わたしは数学がちょっと苦手だし、数学はきっと万国共通なので、◆◆◆おにいちゃんには数学を教えてもらおう……。
……………
ハンバーグを食べ終わって、わたしのお部屋。
わたしは机に向かって、ノート、教科書、問題集、シャープペンシル、消しゴムなどを使ってお勉強をする。
準備ができたよ、と◆◆◆おにいちゃんの方を見る。
「数学はアルゴリズムなんだ」
「アルゴリズム?」
「そう、アルゴリズム。日本語的に言うなら、『解く手順』かな。まず、問題があるとして、問題を解こうとするときに、その解く手順を考えるんだ。これは方程式だとか、これは面積だとかから絞り込むとか、これの解き方はこれ! って直接考えてもいいから、その問題を解く手順に辿り着くんだ」
「うんうん」
「でも、解く手順を突然思いつけるわけでもない……そこで、今机にある問題集がすごい力を発揮するわけなんだけれど、そもそも、その問題集の本質は『解く手順の網羅集』なんだ。ちなみに、教科書はそれを理解するための前提を教えてくれる。だから、今からやることは、『解く手順』をたくさん覚えること」
「ほえー」
「じゃあ、自分なりになにをこれからするか言ってみて」
「問題を『解く手順』をたくさん覚えていくこと!」
「素晴らしい!」
頭をなでてくれる。嬉しい。たくさん頑張れちゃう。
そうして、問題集を開いて、時々教科書を開いて、進める。
「これなんでこうなるの……?」
「説明すると……――」
困ったときには、助けてくれる。
「――……だから、こういう問題は特にこういうところの違いで、どの『解く手順』に、しなきゃいけないかが変わってくるから、そこを見るといいよ。これもアルゴリズムかもしれないね」
そして、自力で解くためのフォローも忘れない。完璧。
そうして、休憩しつつも、気づいたら数時間、あっという間でもあり、たくさんの『解く手順』を体験できた。
最後に◆◆◆おにいちゃんはこう言う。
「これから大事なことは『解く手順』を忘れないことで、そのためには、一つ! 『解く手順』が、なんでそうなるかを覚えておくこと。これは効率がいい。そもそも、『解く手順』は基礎的なことからできているから、なんてそうなるかを覚えることは、基礎を固めて、発想を鍛えることと同義だと思うんだ。そして、それは『解く手順』を思い出しやすくなることや、自力で『解く手順』を思いつく手助けをしてくれることに繋がる。ただただ何も分からず『解く手順』を覚えるよりも圧倒的に覚える量も少なくなるからね。そして、もう一つ! 定期的に復習すること。後で、『忘却曲線』って検索してほしくて、人間の記憶は頼りないけれど、繰り返したら忘れにくくもなる。だから、『解く手順』を覚えておくためには、繰り返すことが大切で、それが復習。復習日程表でも作ってあげられるから、困らなくても頼ってね」
聴いて、意味を咀嚼してメモをする。
「えーと要約すると、『解く手順』で解ける理由を覚えて、定期的に復習する……?」
「いいね、完璧だよ」
◆◆◆おにいちゃんは決して髪を乱したりするなで方はしない。優しくなでてくれる。
「ありがとうございました、◆◆◆せんせい!」
いつかの夢の内容が頭をよぎり、そう呼ぶ。
そう呼んだ直後は少し固まるも、やっぱりわたしをなで続けてくれた。いつもより結構長く。
嬉しい気持ちでしか埋まっていなかった心だが、ふとあることを考えてしまう。考えると止まらない。
ああでも……先生と生徒、頑張った生徒を褒める先生…………全然対等じゃない、やっぱりわたしは下の子で、そんな子が頑張ったから先生は褒める。
程遠いなぁ……目標には。
なでられる時間を堪能しても、どこか微妙なところがある。
……………
◆◆◆おにいちゃんもわたしもお風呂を終えて、今、◆◆◆おにいちゃんをわたしは引きとめていた。
「あのね、病院に運ばれちゃったのがあるじゃん? わたしさ、何となく自分でも原因が分かってるの。寝不足なんだ、だから、今日だけといわず、しばらく一緒に寝てほしいんだ」
お願いというには図々しい、少し脅迫じみた内容。
「分かった、いいけど、しっかり睡眠がとれる準備もしてよ」
◆◆◆おにいちゃんは受け入れてくれる。
色々思うことはあっても、ただただ今はその優しさが嬉しい。
「ありがとう、◆◆◆おにいちゃん」
一日、対等になろうと気張るのをやめても特に何かが起こるわけでもないだろうし、ただただ年上のおにいちゃんに甘える子になるのだ。
ぎゅってしにいく。涙が出そうだ。
声を震わせないように「ありがとう」をまた言って、◆◆◆おにいちゃんの胸のあたりに顔をうずめる。
◆◆◆おにいちゃんは無言でただただ頭をなでてくれる。
その優しさに、わたしの心の最後の壁は溶かされ……大粒の涙が出始める。止まらなくなる。
涙が◆◆◆おにいちゃんの服に染みていく。顔を濡らしていく。床に落ちていく。
嗚咽がの傾向が強くなり、過呼吸ぎみになる。
「落ち着いて、ゆっくり息を、吸って、吐いて」
すぐに気づいてくれた◆◆◆おにいちゃんは、少し焦ったように言う。
◆◆◆おにいちゃんの声を聴いて、とりあえず呼吸だけでも落ち着けようと務める。
涙は止まらないけれど、呼吸だけは取り戻しつつある。
背中を◆◆◆おにいちゃんはさする。
何もない背後を、◆◆◆おにいちゃんは守ってくれる。
たったそれだけの安心感が、私を段々と落ち着けてくれる。
「ありがとう、ありがとう」
「いいから、自分のペースでゆっくり落ち着こう」
落ち着けたつもりでも、涙が出ている以上は落ち着ききれてなどいないのだろう。
涙が止まるまで、ずっとぎゅっとしてくれた。
……………
涙が止まった頃。
「そろそろ、寝る準備しようか、歯磨きしてきて」
と◆◆◆おにいちゃんは言ったので、準備をして、今はわたしの部屋に二人で居る。
「◆◆◆おにいちゃんは先にベッドに入って」
取りつくろうことなどしない。ただただ甘えにいく。
◆◆◆おにいちゃんがベッドに入った後、おにいちゃんにぎゅっとしにいく形でわたしもベッドに入る。
◆◆◆おにいちゃんの方が身長も長くて、どちらかといえば、わたしが◆◆◆おにいちゃんにぎゅっとされているようにも感じられるけれど。
リモコンで部屋の電気を消し、目をつむる。
無言、静寂、何も言わない時間。
少し耳を◆◆◆おにいちゃんの胸に押し当てて、◆◆◆おにいちゃんの心臓の鼓動を感じる。
一定の間隔で聞こえる、どくん、どくんいう拍動は、わたしの、◆◆◆おにいちゃんと一緒に寝られる! という少し興奮した心を落ち着けてくれる。
無言……自分を見つめ直す時間。
なんとなくだけれど、何が良くなくて、倒れてしまったのかが分かってきたような気がする。
空回りしたのだ。背伸びして、◆◆◆おにいちゃんと並ぶのだと。なんとなく、◆◆◆おにいちゃんの、憧れとかを辞められなくて、上に見続けてしまうということを分かっていて、無理にそれを対等な何かに置き換えようとしたのだ。
考えることは、そう文字で置き換えることは簡単でも、気持ちは正直で、体も正直。「そんなことできないよ!」と、矛盾で悲鳴をあげていたのだろう。それは、寝不足という形であったり、日々の疲労であったり……それで、最後には倒れてしまって。
もし、憧れとかの気持ちを対等な何かに置き換えることが不可能だとしたら、◆◆◆おにいちゃんを「おにいちゃん」としか思い続けられないとしたらどうだろう。
そもそも対等になりたいとはなんだろう?
考える。少し考えを整理する。
対等になることと、どこかある部分でその人に憧れ続けたり、どこかある部分でその人を上に見続けることは矛盾しないのではないだろうか……?
無理なことを受け入れた上で、望んだ結果を手に入れることができるなら、それは僥倖。
……でも、本当にそれはできるの?
「おにいちゃん」と呼び続けることと、横に並ぶこと、親しい恋人になれることには矛盾を大いに感じてしまう。
普通に……すごく恋人になる気満々で考えていた…………。
また少し、ツッコミを入れて考えを整理する。
とにかく、横に並んだ関係で、わたしが「◆◆◆おにいちゃん」と呼んで甘え続けたり、◆◆◆おにいちゃんの方がわたしを下の子と見たりするのは、わたしが望んではいない……はず。そういうのを脱したいのだと思う。
それは……何か無理やり脱することができるわけでもないけれど、意識しないと、甘え続けることにもなる。
わたしは……そう、◆◆◆おにいちゃんにどうしてもらいたいのだろう。
一人の人として見てもらいたい。好きになってもらいたい。甘えてもらいたい。
もし、◆◆◆おにいちゃんが辛いとき苦しいとき、その頭をなでて、慰めてあげたい。
お互いに、対等に支えあって生きていきたい……。
きっとこういうことなの……かも?
わたしは聖人君子でも、仏様でもなんでもない、ただの一人の人。悟った気分にはならないけれど、分かったような気分に少しなる。
無理をしない、あるがままに、でも、甘え続けないように意識する。結論。
忘れてしまいそうになるけれど、◆◆◆おにいちゃんだって人間なんだから、わたしが抱いたようなことを、考えたことがあるかもしれない。
それを忘れていたような気がする。だから、もしそんなことを◆◆◆おにいちゃんが思っているのなら、わたしは支えてあげたいと思うのだ。
今は全然無理すぎるけれど。少しづつ頑張る。
少し目を開けて、◆◆◆おにいちゃんの顔を見る。その顔は、やっぱり可愛くて、綺麗だ。
少し、甘えてくる◆◆◆おにいちゃんを想像してみる。
わたしに甘えてくれる◆◆◆おにいちゃんはきっと可愛い。
そして、わたしはそんな◆◆◆おにいちゃんを、どう慰めようか?
――……こうして考えははずみ、気がつけば寝ていた。
……◆◆◆おにいちゃんによって、とりあえず、わたしの寝不足問題や、横に並べる人になりたい問題は、解決に向かって前進した。
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