二の二[◆◆◆せんぱい]

 るんるん気分で、高校に向かう。

 お勉強があまりにも楽しみで、とか、好きな先生の授業があるから……とかではない。


 いとこの◆◆◆おにいちゃんも同じ学校にいるからだ!


 わたしは、◆◆◆おにいちゃんに毎日会うがためにこの学校に入ったし、同じ部活に入った。

 だから、毎日がすごく楽しみだし、同じ話題も増えていって、おしゃべりも話し足りないくらい色々なお話がしたい!


 ただ、残念なことに、学年は違うから、すぐに会えるわけではなくて、悲しい。


 とにかく、学校の前半を耐え切って、お昼の時間。


 わたしは、◆◆◆おにいちゃんにお弁当を毎日作ってあげている。

 ◆◆◆おにいちゃんにはお料理の技術があるし、私が入学するまでは、自分で作っていたので、作ってわけではないか……。

 とにかく、お弁当を作りたくて、食べてほしくて、一緒に食べたくてこうしている。


「◆◆◆せんぱい! お弁当です!」


 いつか本で見た、「先輩のことが好きだけれどそれを隠して懐いている風にお弁当を持ってくる後輩」風にお弁当を届けにいく。


「いつもありがとうね、食べよっか」


 きゅんとさせる効果は、残念なことになさそうだけれど、一緒に食べるのはいつもの流れ。


 ……少し移動して、横並びに座る。本当は対面が好きだけれど、スペースがないので仕方なし。


「せーので開けよ! せーの」


 わたしは中身を知っているけれど、楽しい。


 中身は、なんとお寿司! 二人とも、ネタは違うけれど。

 中々、お寿司をお弁当にする経験というものはなくて、新鮮な体験だったなぁと、作っていたときを振り返る。

 お寿司がお店で回るのに、お弁当に入れられないはずがない! と。


「サーモンだ! 好きなお寿司、覚えててくれたんだ」

「わたしのはマグロでーす!」


 覚えている。もちろん、◆◆◆おにいちゃんの好きなものは。


「いただきます」

「いただきます」


 お醤油をつけて、◆◆◆おにいちゃんが、わたしの作ったお弁当を食べる。

 ◆◆◆おにいちゃんに食べてもらいたくて、頑張って磨いたお料理技術には自信があるけれど、毎回この瞬間は緊張してならない。


「美味しい」

「よかったぁ」


 うん。何気に初めて握ったお寿司。上手くいったようですごく安心する。


「お寿司なんてお弁当で初めて見たけど……握れるの?」


 ◆◆◆おにいちゃんは問う。


「初めてだよ、お寿司握るの。それに、お弁当に入れてみようだなんて考えもしなかったし今まで」

「そうなんだ」

「でも、ふと、二人でお寿司食べに行ったこと思い出して……『お寿司が回るくらいだから、お弁当に入れてもいいのでは?!』と思って、入れてみたわけです」


 なんて雑談をしつつ、食べ進め、あっという間に完食。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「では、お弁当箱を回収……」

「よろしくおねがいします」


 割り箸は捨てる。

 余談だけれど、お箸は竹の割り箸で食べてもらっている。木じゃなくて竹なのは、◆◆◆おにいちゃんがその方が好みだから。普通の洗って使えるお箸でないのは、一つ、◆◆◆おにいちゃんの口の中に直接入ったもの、直接入るものをわたしが洗っていいんだろうか?! ということ。あんまり変わらないような気もするけれど。もう一つは、生々しくも、わたしが◆◆◆おにいちゃんのことを好きすぎて、間接キスを無断でしにいってしまうおそれがあること。倫理的にダメすぎるので。だから、理由はごまかしつつも、竹の割り箸を使ってもらっているし、すぐに捨ててもらっている。

 将来的にもお弁当を作っている立場の悪用厳禁。いつでもお箸を変えられるからこそ、そこから先は人の道か怪しい。


 お弁当箱を受け取って、教室に戻る。



  ……………



 放課後、部活の時間。

 わたしと◆◆◆おにいちゃんは同じ部活で、弦楽部。

 ただ、運動部でもなければ、何か、コンクールに向けて一致団結! といった部活でもない。◆◆◆おにいちゃんと一緒に居やすいのは代えがたいメリットである。


 わたしも◆◆◆おにいちゃんもヴァイオリンを弾いていて、よく二人で練習をする。

 今日は、最後まで◆◆◆おにいちゃんとの練習なので、ちょっと嬉しい。


「せーの、いち、に、さん、し、いち、に、さん、し」


 基礎練習。

 ◆◆◆おにいちゃんの声に合わせて、弦を弾く。真剣に、腕を肘から伸ばして弓を動かすことを意識して……。


 ……一通りを終えて、交代。


「せーの、いち、に、さん、し、いち、に、さん、し」


 今度はわたしがカウントする番。

 テンポを乱さないようにしつつも、◆◆◆おにいちゃんの姿をしっかり見る。


 綺麗だなぁ、弾くその立ち姿、まっすぐな音、無駄がない。憧れてしまう。


 ◆◆◆おにいちゃんの弾くヴァイオリンは、わたしよりもよっぽと上手で、音がくぐもったりもしないし、◆◆◆おにいちゃんらしいまっすぐな音を出すから、わたしの目標である。


 ……そうしてまた一通りを終えて、曲の練習に移る。


 今練習している曲は、◆◆◆おにいちゃんとわたしの二本のヴァイオリンで奏でる曲。

 この部活に入って、◆◆◆おにいちゃんがわたしのヴァイオリン技術の上達のためにと選んでくれた曲。


「一回通してみよう」


 最初から最後まで曲を通してみる。

 わたしはたくさんこの曲を練習してきて、曲りなりに形になってきているはずなので、弾ききろう。


 最初は◆◆◆おにいちゃんの独奏で始まる。

 ゆったりとしたテンポで、美しい音色を、ヴィブラートをはさんで美しく、響くように表現する。

 そうして、タイミングをはかって、わたしの番。

 独奏で、ゆったりとテンポの中に、色々な表現を、練習した通り精一杯詰め込む。指の運びを間違えないように、弓への力を上手く入れて、決めどころでヴィブラート。

 ◆◆◆おにいちゃんから学んできた多くのことを、自分なりに力強く表現する。

 ちらりと◆◆◆おにいちゃんの方を見る。少ししたら◆◆◆おにいちゃんも入ってきて、二人で弾くパートに移るから、タイミングを図る。呼吸を合わせて、楽器を少し上に振って――ハモる。

 しばらくはこのままわたしの主旋律だけれど、暴走しないよう、◆◆◆おにいちゃんと揃え……このパートを終えるとそのまま、◆◆◆おにいちゃんが主旋律のパート。わたしは後ろでハモったりする役になり、これまた自分の中のテンポを乱さないように弾く。

 そして掛け合いのパートへ。一小節の中に、わたしのメロディーパート、◆◆◆おにいちゃんのメロディーパートがそれぞれ順番にあり、そして四小節目にハモる。これを繰り返す。

 ◆◆◆おにいちゃんと一瞬見つめ合いつつも、わたしのパートをクリアして、◆◆◆おにいちゃんに渡す。すぐにわたしのパートになり、◆◆◆おにいちゃんに渡す。またわたしのパートになり、◆◆◆おにいちゃんに渡す。そして、ハモる。

 ――……そうして呼吸を合わせ、曲を進め、最後まで弾ききった。


「……ミスはしなかったけど、指がうまく運べなかったところもあったかも」

「なるほど、それは、掛け合いのところ?」

「うん、そこ練習したいかな」


 ◆◆◆おにいちゃんは分かっている。わたしがどこが練習が必要で、どこが上手なったか、何が苦手なのかまでを完璧に把握してくれている。

 どうしたらいいとか、今日は何をしようとか、そんな話をしてから、ちょっと休憩。


「……にしてもさ、◆◆◆せんぱいってすごいよね」

「どんなところが?」

「完璧にわたしの弱点を見つけてくれるところ」

「一緒の曲を一緒に弾いているし、何年も一緒に過ごしているから、伊達じゃないさ」

「か〜っこいい!」


 かっこよすぎる。こういうことを、本音で思ってますよという風に、普通に言ってくるから、わたしはもっと好きになってしまうのだ。


「はい、じゃあ、練習再開」

「はーい」


 楽器を構える。

 ◆◆◆おにいちゃんはメトロノームを持ってきて、置く。


「このテンポに合わせて、一緒に掛け合いのパートを弾こう。一緒に★★★のパートを弾くから」


 そう言われ、準備。

 メトロノームのテンポは、実際のテンポよりもゆっくりめ。


「いち、に、さん、し」


 弾く。

 ゆっくりだから、丁寧に指を運ぶことができて、難なくクリア。指運びを意識して、頭に焼き付けて……◆◆◆おにいちゃんとの音もぴったり合った。


 これを、何回か繰り返す。


「少しテンポを上げよう」


 ◆◆◆おにいちゃんが、メトロノームのおもりを少し下げる。


「いち、に、さん、し」


 弾く。

 このテンポだって実際のテンポよりはゆっくりなので、先ほど意識した指運びを丁寧に早くして、難なくクリア。今回も、◆◆◆おにいちゃんとの音もばっちり。

 これまた何回も繰り返す。


「じゃあ、実際のテンポにしよう」


 メトロノームのおもりを更に下げ、◆◆◆おにいちゃんは言う。


「いち、に、さん、し」


 先ほどまでの丁寧な指の運びをおもいだしながらやるも……一回目は、途中で指の動きがもつれて、ミスをしてしまった。

 二回目、今度はクリア。上手く、丁寧な指運びを、実際のテンポでできた気がするので、覚える。

 三回目はミス。四回目は成功、五回目六回目になるとついにコツをつかんで、きっとミスしないだろうという自信をつける。

 何回かやって、◆◆◆おにいちゃんは言う。


「じゃあ次は、補助なしで行こう」


 ◆◆◆おにいちゃんは、◆◆◆おにいちゃんのパートを弾いて、掛け合う。メトロノームもなしで、二人の息を合わせて弾くことが大切。


「いち、に、さん、し」


 弾く。

 一回目から成功、ちゃんと弾ける掛け合いの楽しさが心の中に広がった気がして、気持ちが良い。

 二回目も成功、三回目も成功、成功を繰り返すその自信で楽しくなる。


「短時間で上達、偉いぞー!」

「えへへ」


 そして、ご褒美というか、なでてくれる。


 みゃはぁ〜頑張って良かった〜。上手く弾けたときも、褒められるときも、どっちも嬉しいし、更になでてくれるのはもっと好き〜。


 そうして、練習は続いた。



  ……………



 楽器をケースに仕舞って、帰る準備をして、帰る。

 帰りも◆◆◆おにいちゃんと一緒で、横に並んで、手を繋いで帰る。


「今日、すっごい上達したと思う!」

「うん、弾けなかったところを一日かけて弾けるようにしたのは、偉い!」


 ◆◆◆おにいちゃんは褒めてくれる。


「でも、◆◆◆おにいちゃんがちゃんと教えてくれたおかげだよ〜」

「でもその教えをすぐに吸収できる才能は、やっぱり褒められるべきだから、素直に褒められなさーい」

「えへへ」


 優しい、好き。意地悪もしないで、ただただ、わたしが奮起できるように、嬉しいことを言ってくれる。

 その才能も褒められるべきなんじゃないかな〜?


 そう思って◆◆◆おにいちゃんの頭をなでようとするも、少し不格好になってしまう。身長差が今だけはにくい。普段はなでられるから役得だけれど。


「どうした急に?」

「わたしのことを、わたしが嬉しいように褒めてくれる◆◆◆おにいちゃんの才能をわたしが褒めなきゃと思いまして……」


 「なるほどね」と、◆◆◆おにいちゃんは止まって、しゃがむ。


「なでてください」


 ◆◆◆おにいちゃんからのなでなで要求?! えぇ、可愛いがすぎるって!!


 ニヤニヤを上手く隠すこともを忘れずに、◆◆◆おにいちゃんの頭をなでる。

 ちょっと長めになでる。

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