二の一[◆◆◆おにいちゃん]

 今日はいとこの◆◆◆おにいちゃんに会える日。

 そう、◆◆◆おにいちゃんの家に遊びに行く日なのだ!


 隠せないわくわくと、早く行きたくてうずうずしちゃってはやるこの気持ちはすごい前のめりだなって思うけど、それでも◆◆◆おにいちゃんのお家が見えてきたら……走っちゃう。


 るんるん気分で◆◆◆おにいちゃんお家のインターホンを押す。


「◆◆◆おにいちゃん! わたしです! ★★★です! 会いに来ました!」

『今開けるから待ってて』


 今か今かと扉が開くのを待つ。


 少しして、扉が開かれて……わたしはその奥に居る人に向かって飛び込んだ!


「◆◆◆おにいちゃん!!」


 その姿を見たら、興奮が抑えられないよ!!


「ぎゅう〜!」


 小走りで◆◆◆おにいちゃんにだきつきにいく。


「久しぶり! 頭なでてよ!」


 手を◆◆◆おにいちゃんのお背中にまわして、顔をお腹にうずめて、頭をなでてもらうことを要求する。


 それにしてもいつもいつもいい匂いがする。本当に魔法みたい。魔法使いさんなのかな……?


「久しぶり」


 そう言って、◆◆◆おにいちゃんはわたしの頭をなでてくれる。


 幸せ、優しくて、頼れて、心をほんわかとさせてくれる。そんな手。そんな存在の◆◆◆おにいちゃん。


「好き!」

「嬉しいよ」


 そう言っては、何回も何回もなでてくれる◆◆◆おにいちゃん。

 至福の時間がここにある……。


「ほら、中に入って」


 わたしの拘束を解いて、◆◆◆おにいちゃんはお家の中にわたしを招いてくれる。


「おじゃましまーす」

「いらっしゃい」


 靴を脱ぎ、丁寧にならべ、用意してくれたスリッパを履き、中に入る。


 久しぶりの◆◆◆おにいちゃんの家は、やっぱり綺麗で片付いていて、やっぱり◆◆◆おにいちゃんはしっかりものなんだなぁと思わされる。


 リビングに行くと、テーブルの真ん中にお菓子が積んである。

 ありがたや。


「今、飲み物だすからね。紅茶、麦茶……」

「紅茶がほしいでーす!」


 ◆◆◆おにいちゃんの淹れてくれる紅茶は本当に美味しくて、大好き。

 いつもいつも確認してくれるけど、やっぱりいつもいつも飲みたいのは、◆◆◆おにいちゃんの淹れてくれる紅茶だから。


 ◆◆◆おにいちゃんがお湯を沸かす。


 ◆◆◆おにいちゃんの淹れる紅茶は本格的。

 無言でお湯を見つつ、お茶っ葉を準備する◆◆◆おにいちゃん。わたしが一番好きって言って、それからずうっと淹れてくれる種類のお茶。


 カップやティーポットを用意する。

 ティーポットにお茶っ葉を入れる。

 お湯が沸騰すると、少し待って、そのお湯をティーポットに注ぐ。


 蓋をして、冷めないようにタオルで囲んで、待つ……。


 そうしてしばらく、蓋を開けて、中を混ぜる。

 そして、二つのカップにそれぞれ注ぐ。


「できたよー」

「やったぁ」


 緊張がとける。


 わたしのためにと、美味しい紅茶を淹れるため、どこまでも本気になってくれる。


「熱いので気をつけて」


 紅茶を二つ、テーブルのそれぞれ対面になるように置いて、一つにミルクを置く。

 ミルクも追加して、甘い紅茶を美味しく飲むのがわたし流。


 でも、ミルクも上手に入れないと……慎重に注ぐ。

 ……混ぜて、飲む。


「美味しい!」

「ありがとう」


 ◆◆◆おにいちゃんの淹れた紅茶だから間違いない。やっぱり好きだなぁと思う。

 それにしても……◆◆◆おにいちゃんが紅茶を飲む所作は芸術品みたいで本当に――


「綺麗」

「……ん」

「ありゃ、声に出てた? 紅茶を飲んでる所作が綺麗だなぁと思って」

「なるほど?」


 どうも分かっていないようで、そんな、頭の上にハテナマークが浮かんでいるような◆◆◆おにいちゃんも可愛い。


「ふぅ、ありがとね」

「うん、美味しかったのなら何より」


 そうして、飲み終わって、◆◆◆おにいちゃんはカップを片付ける。

 戻ってきて、◆◆◆おにいちゃんはわたしにこう問うた。


「何かしたいことはある?」

「んー、一緒に居るだけで楽しいよ! でも、レースゲーム! 今日こそ勝ちたい!」

「分かった。ちょっと待ってて」


 そういうと、◆◆◆おにいちゃんはリビングのテレビの下のゲーム機を起動させて、わたしにコントローラーを渡す。


「今日こそ勝つからね!」



  ……………



 そうして、いろんなゲームで戦ったり、協力したりして、お昼ご飯の時間がやってきた。


「じゃあ、お寿司食べに行こっか!」


 これは◆◆◆おにいちゃんともあらかじめ決めていたこと。久しぶりのお寿司には、わたしもすっごく期待してしまう。たくさん食べたいなぁ〜。


 わたしは必要な荷物を持って、◆◆◆おにいちゃんも準備が整ったようで、玄関の扉を開けて、鍵を閉める。


「じゃあ行こうか。歩いていけるくらいのところにある、回るお寿司屋さん」

「楽しみ!」


 横ならびになって、密着するように手をつなぐ。

 あたたかみと、頼りたくなる大きさと。

 離したくなんかない! 離れてほしくない!


 道中、色々と話をする。最近の調子とか、新しい趣味とか、お寿司のネタは何を食べたいとか、色々なこと……。


「――そうしている間にも着いたね。お寿司屋さん」

「そうだね、まず一番はマグロにする!」


 ◆◆◆おにいちゃんはサーモンが好きで、わたしはマグロが好きで、ちょっと意外なものを頼んだりしてお互いに食べ進める。


「お腹いっぱい!」

「それはよかった」



  ……………



 ◆◆◆おにいちゃんのお家に帰って、お腹いっぱいになったからか、眠気がやってくる。


「ぽわぽわする。お腹いっぱいだから眠くなっちゃった……ふぁゎーあ…………」

「ありゃ……ほら、ソファで横になっていいよ」


 ソファと言っても、人をダメにするタイプの、転がってく大きなソファがいくつかあるのが◆◆◆おにいちゃんのお家。

 そこにわたしは優しくダイブする。


 眠気がやってきて、眠くて、段々と意識もぽわぽわしてくる。


「……頭なでて」

「はいはい」


 そばにやってきて、◆◆◆おにいちゃんはわたしの頭をなでる。


「そうだぁ…………添い寝…………してよ……………………」


 わたしのぽわぽわした要求に、◆◆◆おにいちゃんは応えてくれて……◆◆◆おにいちゃんのお部屋から持ってきたであろう、いつも使っているであろう掛け布団をかけて、二人で寝ることになった。


「嬉しいなぁ……ぎゅう…………!」


 嬉しいなぁ。しかも、とっても、いつもの何倍も何倍も密着していて、◆◆◆おにいちゃんを感じられる…………!

 至福だよぉ、至福すぎるよぉ…………!!


 わたしは溶けちゃいそう。◆◆◆おにいちゃんの腕の中で本当に溶けちゃいそうになるよ。


「……このまま寝ちゃいそうだなぁ」

「いっしょ…………寝よう…………よ……――………………――」


 ◆◆◆おにいちゃんもまた眠そうで、それが何とも言えない、湧き上がる感情をわたしの内に呼び起こさせる。

 けれど、眠気にはやっぱり抗えなくて。


 さらには、わたしの髪を優しく梳いてくれるその手に眠気を誘われて――


「――……おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 わたしは…………眠りに…………落ちてゆく……………………――。



  ……………



 次に起きたとき、どうやら夕方頃で、そして、起きたわたしは驚愕することになる。


「……もしかして、◆◆◆おにいちゃんわたしのことをぎゅってしてくれてる…………?」


 心はパニックだ。


 ふぇぇ……こんな可愛い一面があるなんて。寝るときはちょっと寂しがりやさんなのかな?!

 でも、にゃああぁぁ……わたし◆◆◆おにいちゃん抱きしめられてるよおおぉぉ…………。

 どうしようどうしようでも、すごく嬉しい、すごく大切に思ってくれてるのかな、わたしも◆◆◆おにいちゃんのことすっごく大切に思ってるから!


 ずっとこうしていたいというのは、本能的に思っていて、静かに、暴れないように、はしゃいだ後は冷静になってゆく…………なれるはずがないけども!!


 ああでも、こうも間近で◆◆◆おにいちゃんを見るとすごいなぁ。腕とかお腹とか、がっちりしてて、でも優しくぎゅってしてくれてる。お顔を見れば、かっこよさもあるけど、可愛さがすごあって、流石はわたしの天使さまって感じがする。

 こんなの、間近であてられたら、わたしだって昇天しないように必死になっちゃうよぅ……!


 麻薬的な天使さま。最高に可愛い。こんなに攻撃力が高いと、わたしはやられるしかない……。

 でも、気を確かにもつ。


 もっと顔を近づけて、全てを堪能する。わたしだけの特権。

 すぅすぅという息づかい、かすかなからだの揺れ、わたしをぎゅっとする力、そして、わたしだからか見せてくれる、安心しきった寝顔。その一つ一つが、わたしの心を満たしていく。


 更に近くで、更に近くで感じたくて見たくて、顔を近づけて……――


 唇と唇が触れ合った。


 え、何が起きたんだろう。


 きっと自分が引き起こしたことなのに、理解が自分で追いつかない。


 顔が熱くなる。


 あぁ、今わたし――◆◆◆おにいちゃんとキスしたんだ。わたしが、しちゃったんだ――……。


 そんなつもりはなくて、ただただ顔を近くで見たかっただけで、でも、もしかしたら、わたしが本当はそれを望んでいたかもしれなくて……。


 ど、ど、どうしよう。はじめてのキスしちゃった。

 怒られちゃうかな、勝手にキスしちゃった……キスって本当に本当に大切なことで、もしこれが◆◆◆おにいちゃんの初めてのキスだったりしたら、あぁぁ。分かんないよぅ……。


 でも、寝ている◆◆◆おにいちゃんを起こすのも忍びなくて、だからお布団の中から出づらくて、◆◆◆おにいちゃんが起きるまでとんでもない時間を味わうことになってしまった……。


 うぅ……起きてきたときなんて言おう、言わない方がいいかもしれないけど、でも、わたしの大事な大事なキスだったから…………。


 そうして、◆◆◆おにいちゃんが起きてきてしまった。


「ん……? んんぁ、おはよう」

「…………おはようございます…………◆◆◆おにいちゃん…………」


 うまく言えたか心配になる。


「…………あのですね」

「……うん?」


 そして、キスのことはやっぱりちゃんと言うべきだと思った。


「◆◆◆おにいちゃんの寝ている顔が素敵で……見てたんですけど」

「うん?」


 ちょっとだけ深く息を吸う。


「顔を近くで見ていたらですね……その…………唇と唇が触れ合ってしまってですね……?」

「……えと?」

「わたしと◆◆◆おにいちゃんの唇と唇が触れ合ってしまいまして……」

「……つまり、キスしたってこと?」

「…………そうですね」


 少しの呼吸、息づかい、過ぎる時間……全てが突き刺さる。

 しかも、寝起きだから、掛け布団に二人でくるまって、目を見つめ合っている状況。

 耐えられない。耐えられないよ……。


「そうなんだ、それで?」

「……それで?」


 「それで」とはなんだろう? ……結婚でもしなくちゃいけなくなっちゃうってこと?!

 いや、冷静になって……「それで」とはなんだろう?


「んーなんというか、イヤだったの?」

「そんなことないよ」


 即答。そんなわけない。むしろ、本心では、したかったのかもしれないから。


「だったら、大丈夫じゃない?」


 あー、つまり、許されたということ……かな?

 やっはりわたしのことを考えてくれて、すごいと思う。でも、問題はそこじゃないと思うんだ。だって、キスしちゃったのはわたしの方だから……。


「そうじゃなくて……キスしちゃったのはわたしで……それは、◆◆◆おにいちゃんの方こそイヤじゃないの? その……初めてのキスだったかもしれないわけで……」


 わたしは悪い子かもしれない。良くないことをしたのはわたしだというのに、でも、◆◆◆おにいちゃんの初めてのキスの相手はわたしだったらいいのに、という期待をたくさん込めてしまったから……。


「あーうん、まぁ、初めてではあったね……」

「ご、ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」


 嬉しい……のかもしれないけど、◆◆◆おにいちゃんの大切なものを勝手に奪ってしまった罪悪感が…………ほんとに大きい。


「いやでも、★★★にとっても、多分初めてでしょ?」

「いや、まぁ、はい……」

「じゃあおあいこでいいんじゃない?」

「いやいや! そうじゃないよ! そんなことなくて、わたしが勝手に、あの、したくないわけじゃなかったし、もしかしたらしたいって気持ちがあったかもしれなくて、それで、勝手に、寝てる間にやっちゃったんだよ……」

「んーでも、寝てたから、気づいていないし、覚えていないよ? だったら、いいんじゃない」

「良くないの……!!」


 許してくれた……けれど、許してくれなかったかもしれないし、勝手にやってしまった事実は消えない。わたしの気持ちの問題でもあるし、ただただ罪悪感がすごい。


「うーん、イヤじゃなくて、むしろ、したかったかもしれない……のね?」

「それは、そうですけど、勝手にやっちゃったのは本当にごめんなさい」

「だったら……」


 ごめなさいごめんなさいと、思うけれど、でも、次の瞬間には、何も考えられなくなった。


「じゃあ、これで本当におあいこじゃないかな?」


 ……◆◆◆おにいちゃんからキスをしてきた。


「あーえと、大丈夫?」

「大丈夫じゃ……ないっ!」


 茹で上がってしまったように見えると思う。


 さっきから◆◆◆おにいちゃんの理論は本当にわけが分からなくて、でも、でも、なんで……。


 すごい嬉しい。すごい嬉しい。でもなんとというか、本当に、恥ずかしいというか、驚きというか、いろんな感情が心の中を駆け巡って、何も言えない。


 そのまま◆◆◆おにいちゃんにだきついて、真っ赤な顔を見られないようにうずめて……。でもだきついている相手が◆◆◆おにいちゃんだということを自覚する度に抜け出したくなって、でも、◆◆◆おにいちゃんもわたしのことをぎゅっとしていてくれて…………。


 本当にずるいと思った。

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