第22話 使命

 一瞬で窮血鬼を一番強く感じる場所に移動したはずのルイソンだったが、窮血鬼の姿が見えず、緊張が走ると、ふと天を見上げた。

 ヒューゴをほぼ取り込んだ窮血鬼は、復活時よりも確実に巨大化しており、ルイソンは一歩後退りをしてしまうが、アルベルトの顔を浮かべると身体に力がみなぎってくる。


「愛しい恋人が待ってんだよ。さっさとヒューゴを返して貰うぞ」


 ルイソンは狼へと変貌し、唸り声をあげながら飛び上がると、窮血鬼に接近しようとするが、窮血鬼が羽をバタつかせ起こした突風に、飛行が不慣れなルイソンはバランスを崩すと落下しそうになる。

 ルイソンの態勢が乱れた隙を狙って窮血鬼は、ルイソンに流れる血液に術を掛けると、彼の耳鼻から鮮血が噴き出し、地面に叩きつけられる。

「くっそ」


 金縛りにあったように身体の自由を奪われたルイソンの眼中に、空から迫りくる窮血鬼が映ると必死で獣狼の際、術を解いた感覚を思い出そうとするが、思考までもがコントロールされているように何も浮かばない。

 そんなルイソンに窮血鬼は容赦なく血術を強めると、ルイソンの全血管が沸騰したように熱くなり身体全体が溶けそうになる。

「くっ! ちくしょう」


 地上に横たわり、人型に戻ってしまったルイソン目掛けて降り立った窮血鬼は、羽爪でルイソンの両腕を地面に押さえ付け、首元に鋭い牙を突き刺すと、沸きだったルイソンの血液が動脈から噴火する。

 想像を絶する力の差にルイソンは徐々に視界だけでなく、心までもが暗闇に包まれていく。

 薄れていく意識の中、再び獣狼を復活させれば窮血鬼を倒せるかもしれないと、ルイソンの脳裏に浮かぶ。


「ルイ・・」


 アルベルトの祈る声が耳に届いた気がしてハッとする。


 ヒューゴの救助を望むアルベルトを思い出したルイソンは、自身の愚かな考えを即削除すると、渾身の力で両腕に意識を集中させ窮血鬼の羽を退けた。

 そして、狼と化した前足の爪を窮血鬼の首に喰い込ませると、銃を発砲しセバスチャンが仕込んだ全ての弾丸を窮血鬼に撃ち込んだ。

 窮血鬼は呻き声を上げながら、後ろへ仰け反ると巨大化した身体が徐々に削がれていく。


「ヒューゴ」


 窮血鬼の胸辺りに蹲る少年の姿が浮かび上がると、ルイソンは窮血鬼に飛びつきヒューゴに呼び掛けるが、一向に反応がなく荒れ狂う窮血鬼に振り払われてしまう。

「ちくしょう!」

 窮血鬼の血術によって全身に大火傷を負ったルイソンは、痛みで片膝をつくと唇を嚙んだ。

「くそっ! 負けてたまるかっ!」

 ルイソンの脳裏にアルベルトの姿が過ると、自分の波動と身体に流れるアルベルトの血を合体させる。

 すると、ルイソンの瞳孔が赤く光り、右手を前に突き出すと窮血鬼を睨みつけた。

 呻き声を上げていた窮血鬼が、突然固まったように動きを止めると、仰向けに倒れ込む。その隙にルイソンは右手を前に掲げたままで窮血鬼に跨ると、再びヒューゴに話掛けた。


「誰?」


 ようやく、顔を上げたヒューゴは、目の焦点も合わず漫然としていた。

「ヒューゴ、助けに来た」

「ヒューゴ?」

 自分を失いかけているヒューゴに、ルイソンは自身と重ねると獣狼神だった時の状態を想起する。


「お前は、ヒューゴ・パウル。パウル卿ケビンの息子だ。ヒューゴ、お前は役目を果たした。だから、お前の親父、ケビンが呼んでいる。一緒に帰ろうぜ」

 ルイソンはヒューゴに語り掛けながら、必死でヒューゴの中にあるルスヴィン卿の指輪を探す。


「ケビン・・ ヒューゴ・・ パウル・・」

 ヒューゴが呟きながら首を傾げ、忘れた記憶の糸を辿ろうとする。そして、抱えていた両膝を伸ばすとキラリと何かが光った。

 次に、ヒューゴのぼんやりとしていた瞳が、徐々に焦点を捉え始めると、視点をルイソンに合わせる。

「僕、帰れない。ライカンを人間をルーア大陸を父上が制するまで。それに、この匂い、貴方はライカンでしょ? 父上の敵。だから、こうしなきゃ」

 ヒューゴの目が赤く光るとルイソンを威嚇した。


 自分を犠牲にしてまでヴァンパイアの輝かしい未来永劫を望むヒューゴに、ルイソンの心が苦しくなるが、ヒューゴの身を捧げる覚悟と比例して、再び窮血鬼からの殺気が膨らんでいく。

 時間がないと察したルイソンは、ヒューゴを掴もうとするが、自身を殻で守る彼の術に弾かれてしまう。


「やるなぁ~ ヒューゴ。親父みたいに強いヴァンパイアになれるぞ。でもその力の使い方を間違えるな。俺はお前の叔父さん、アルベルトを愛している。ヴァンパイアは俺の敵じゃない。俺の友達もお前と同じ位の年の子供が居てさ。仲良くしてやってくれ」

 ヒューゴのキョトンとした顔に光る赤い眼が、いつもの綺麗なエメラルド色に戻ると、ポロポロと涙が零れ出す。

 留まる事を知らない涙は、ヒューゴの頬をアッと言う間に濡らすと、抑えていた恐怖心が噴き出したように、しゃくり泣き始めた。

 ルイソンは手を差し出すと、ヒューゴを優しく抱き寄せ、次に彼の足の親指にはまったルスヴィン卿の指輪を抜き取った。

 その瞬間、耳に刺さるような甲高い声で叫びながら、ルイソンの尻下に居た窮血鬼が、ルイソンが持つ指輪に引き込まれて行くと姿を消す。

 辺りは静けさを取り戻し、ルイソンの腕の中で疲弊しきったヒューゴの寝息だけが小さく木霊した。



 セバスチャンに傷を癒して貰い、動けるようになったアルベルトは、ルイソンの元へ急ごうとするが、彼の気配を感じると胸に手を当て大きく息を吐いた。


【アルっ! 帰ったぞ】

 溢れんばかりの笑みで帰還したルイソンだったが、何故か声を出さず人差し指を鼻にあてた。

 無事に戻って来たルイソンとヒューゴに飛び掛かる勢いのアルベルトとマキシム達だったが、一旦足を止めると静かに歩寄り、ヒューゴの寝顔を覗き込んだ。


「ルイソン・・ 息子を・・ ヒューゴを助けてくれて・・ あ・・ りがとう。本当に・・ ありがとう」

 ケビンは目頭に涙を溜め父親の顔で、愛愛しい我が子の額に触れると、生の温もりを感じる。

 ルイソンはケビンにヒューゴを託すと、肩の荷が下りたように、その場に座り込んでしまう。

「ルイソンっ! やっぱりお前はすげぇよ・・ 本当に・・ 貴方の元で働ける事を誇りに思います・・ 長」

 マキシムは地面で胡坐をかくルイソンに跪くと深々と頭を下げた。

「マック・・ 俺もお前が相棒で良かった。有難うな」

「ルイソン・・ おお」

 ルイソンが差し出した手をマキシムは握ると拳を合わせた。

 彼等の微笑ましい姿をアルベルトとセバスチャンが静かに見守っていると、ふとルイソンがアルベルトの元に瞬間移動し、アルベルトの腰に手を回す。

「アル・・ 只今」

 アルベルトの手の甲にキスをすると凛々しい顔を見せる。

「ルイ・・ お帰り」

 ルイソンはアルベルトの顎を優しく持ち上げると唇を重ねたが、直ぐ様アルベルトに全体重を預けてしまう。

「ルイ?」

 陸み合うルイソンとアルベルトに背を向けたセバスチャンは、【ドスン】と言う音に振り返えると、アルベルトがルイソンを抱えて尻餅をついていた。

「あらら・・ ルイソン、よく今まで立っていられたよね」

 アルベルトの膝枕で満悦そうに眠るルイソンは、全身に大火傷をおっており尚且つ、無数の傷から吹き出た血が濃い滲みとなって肌を染めていたのだ。

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