第21話 指輪の力
愛おしい声にルイソンの鼓膜が震えるが、抗うように獣狼は唸り声を上げる。
周辺の風が集まり始め渦をつくり出すと、瞬く間に竜巻と化し広場にある全てを吹き飛ばした。
アルベルト達は俊足移動で難を逃れたが、死体と瓦礫の山であった広場が一掃される。
獣狼は邪念を追い払うように、頭を何度も振りながら不機嫌な形相で、狙いを定めた窮血鬼へと近づいて行く。
ヒューゴを救うため幾度もルイソンの攻撃を受けたケビンは、精神力も底を突き、立って居る事すらままならなかったが、それでも一歩ずつ足を進めると獣狼にしがみついた。
金色の眼球だけを移動した獣狼は蚊を掃うように、ケビンに一撃を食らわすが、間に入った何かに獣狼の鋭い爪が突き刺さると血しぶきが上がる。
胸に立てられた爪を両手でそっと触れ、獣狼を見上げるとアルベルトは微笑んだ。だが、口から大量の血を噴き出し、爪に長く掴まっておられずに崩れ落ちた。
獣狼は足元に転がる二体のヴァンパイアを見下ろすと、大きな前足を浮かせ勢いよく振り下ろそうとした。
しかし、寸前で何者かに止められたかのようにピタリと動かなくなる。
空気が凍り付いたように周辺が静寂に包まれ、誰もが息を呑んだ瞬間
「グルルルルルっ、ゴォォォオ」
まるで呪縛を引き千切る如く、獣狼が足掻く毎に大地震が起こると、もう抉れないほどに凹んだ大地が更に沈んでいく。
誰もが地底へと落ちて行くのだろうと覚悟した時、獣狼をかたどっていた黒い影が薄れ、時折ルイソンの人型が浮かび上がると、彼の眼が地面でぐったりするアルベルトを捉えた。
「アル・・」
薄れていく意識の中でルイソンの声が伝わる。
「ルイ・・」
儚いアルベルトの囁きがルイソンに力を与えると、黒い影が徐々に小さくなりルイソンの姿が蘇った。
「アルっ!」
自分を取り戻したルイソンは瞬時にアルベルトの元に移動し、労わる様に彼の上半身を起こすと項垂れた。
「アル・・ すまない・・ 俺のせいで・・ こんな」
アルベルトは、すっと手をルイソンの頬に伸ばす。
「僕にはルイの血が流れてるから、大丈夫だよ・・ 」
「アル・・」
アルベルトの差し出した手に頬を強く押し当てると、その手の冷たさに唇を嚙む。そして、牙を自分の手首に立てようとした。
「ルイソンっ! ダメだよ。失血し過ぎたら、どうなるか学習しただろ?」
「セブっ!」
再びアルベルトに自分の血を与えようとしたルイソンの前に現れたセバスチャンは、抱えていた鞄から取り出した物をルイソンに差し出す。
「肉持って来たから、ほら、食べて。それには色々とビタミンも加えてあるし、スペシャル肉だよ。それから、アルベルトは僕が手当てするから、ルイソンは・・・・」
「ルイソンっ!」
「マック」
ボロボロの姿で現れたマキシムに硬い表情を向ける。
「元に戻ったか? まじで良かった」
セバスチャンとの会話に割り込んで来たマキシムは、安堵の表情を浮かべながらも、迫りくる新たな危機に目線を背後におくる。
「窮血鬼だな」
「ああ。お前・・ 否、獣狼神がやっつけたと思ったんだがな」
アルベルトに膝枕を与え、セバスチャンから受取った肉を腹に押し込みながら、ルイソンは窮血鬼の力を思い起こす。
「ルイっ・・ ケビンが勝手にした事だから、君にお願いなんて出来る立場じゃないけど・・ 窮血鬼はケビンの息子、ヒューゴに憑依してる・・」
アルベルトもセバスチャンの血液錠剤で、少し血色が蘇った身体を起こすと、ルイソンの腕を掴んだ。
「アル・・」
「そんなの関係ねえだろっ! もう化け物じゃないか」
険しい面持で反論するマキシムの肩に手を添えると、ルイソンは頭を下げる。
「俺も獣狼神になってお前を傷付けた。すまなかった」
「ルイソン」
「でも、そんな俺をお前は助けようとしてくれた。マックが俺の名を何度も叫ぶ声が聞こえたから、元の姿に戻れたんだ。ヒューゴもきっと同じだ。それに、リオの
ルイソンの真剣な目で頼まれるのが苦手なマキシムは、視線をルイソンから離すと黙りこんでしまう。
「僕さ、窮血鬼復活の噂を聞いて、色々と調べてみたんだよ」
「セブ」
ルイソンの想いが痛い程分かるセバスチャンは、無口になったマキシムを気遣いながらも口を挟む。そして、セバスチャンを救世主だと信じるルイソンは、彼の案に望みを託した。
「窮血鬼であるルスヴィン卿ルシアン。彼の身体は封印されたけど、彼の力だけは長い年月をかけて彼の指輪に乗り移ったんだ。そして、その指輪が復活の儀式に使用される」
「そいつの言う通りだ」
悲惨な状態で現れたケビンには精神力の欠片も残っておらず、宿敵ヴァンパイアである気配すら掠れていた。
「ケビン、お前・・ ボロボロだな」
「煩い・・」
長く立って居られないケビンは息を切らしながら地面に腰を下ろす。
「ケビン君、僕の推理が正しいなら、貴方の息子の一部に指輪があって、それさえ除けば彼は元に戻れる? 違う?」
「僕は指輪を使えばヒューゴが窮血鬼を支配できると考えていたんだ・・ でも浅はかだったようだ」
いつも強気なケビンが小さくなると、自分の非を認め悔恨の念に押しつぶされそうになる。
「窮血鬼はルスヴィン血族しか乗っ取れず、力を得る事もできない。だけど、子孫の代になって、そのルスヴィンの血が徐々に薄れているから、以前のように脅威ではないはずだよ。それにその血をもっと薄めればヒューゴ君の姿が現れるかもしれない・・ そこでだ、これの出番だね」
セバスチャンは自分が開発した血の錠剤から改造した弾を小型銃に込めると、立ち上がったルイソンに手渡す。力強くセバスチャンから銃を受取ったルイソンは、それを構えて見せた。
「セブ・・ これを何発か撃ち込めって事だな」
「うん。力が弱った隙にヒューゴ君からルスヴィン卿の指輪を外して・・ でも、全部僕の推測だし、危険は伴っている」
「問題ない。やってみる価値はある。サンキュ、セブ」
認められたセバスチャンは、ルイソンの身を案じながらも子供のように照れた表情を見せる。
「セブ、俺にも銃をくれ」
「マック、お前は残って、皆を守ってくれ」
「おい、待て。お前だけじゃ危険過ぎる」
「窮血鬼の血術はお前を殺す。俺は運良く術が解けたが、あれは脅威だ」
「ルイソン」
戦友をサポート出来ない不甲斐なさを認めたくなかったが、足手纏いにもなりたくないマキシムは無言で頷いた。
「それから、ケビンは交信でヒューゴに話掛けろ」
「何を言っている、息子を助けるのは父親の役目だ。貴様と一緒に行くに決まっているだろう」
啖呵を切り立ち上がった途端、フラついたケビンをルイソンは支えると、首を横に振る。
「先ずはお前もセブに治療して貰え。手伝ってくれるのは、それからだ。ヒューゴは絶対に助ける。信じろ」
兄が目の前に立つライカンに惹かれた理由を、少しだけ理解したケビンは、支えられたルイソンの手を退けると、胸前で腕を組み座り込んだ。
ルイソンは、どんどんと巨大化する異様な空気に息を呑むと、その場を離れようとする。
「ルイっ! 気を付けて。それから有難う・・」
トーマスに穢された身体の匂いを隠すように、小さく蹲りながら声をかけるアルベルトに近づいたルイソンは、膝をつくとキスをしようとするが、アルベルトは顔を反らしてしまう。
「僕はもう汚れちゃったから、君に愛される資格なんてな・・」
アルベルトの言葉を遮るように、ルイソンは自分の唇でアルベルトの口を塞ぐと、彼の顔を両手で包み込み更に激しく唇を押し付けた。
マキシム達は驚きを隠せず、抱擁を重ねるルイソン達に背を向け目線を外すと、ゴホンと咳払いをする。
「ルイ・・」
「愛してるよ、アル。ヒューゴと戻ってくるから、待っててくれ」
アルベルトが目頭に涙を溜め、肩を震わせながら小さく頷くと、恋人の可愛い姿を目に焼き付けたルイソンは、大きな笑顔を残し皆の前から消え去った。
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