第20話 神々

 今まで見た事のない化け物を前に、驚愕からトーマスは尻餅をつき這いつくばると、車内の隅で縮こまってしまう。

 だが、上空に現れた戦闘機からの攻撃音と多数の戦車が接近する気配に、トーマスは胸を撫で下ろした。そして味方が攻撃を仕掛けている隙に装甲車からの脱出に成功する。

 慌てて逃げるトーマスは突然静寂に包まれた背後に、味方が獣を仕留めたのだろうと、含み笑いを浮かべながら振り返える。

 しかし、トーマスの期待とは裏腹に、いつの間にか墜落した戦闘機の残骸が、無残にも地上に散らばっており、到着したはずの戦車も跡形もなく消え去っていた。

 恐怖からその場で腰を抜かしたトーマスが、尻を擦りながら後退りをしていると、またしても上空に暗雲が立ち込め赤い月を隠す。

 すると、耳に刺さるような高音と共に何かが天から降り立ち、大きな黒い羽を折り畳んだ瞬間、口から火を吹くと、ヴァンパイア、人間、関係なく全てを焼き尽くす。業火が舞い上がる中、突如爆風が起こると火を吹いていたモノも天高く飛ばされ、一瞬コントロールを失うが、空中で上手く旋回し敵を赤い眼で睨み付けた。


「ヒューゴ・・」

 ケビンを抱え地上に降り立ったアルベルトは、上空で舞う窮血鬼の復活に愕然としてしまうが、ケビンが覚ったようにヒューゴの気配を感じ取った。

 そして、アルベルトを更なる衝撃が襲う。

 窮血鬼と睨み合っている巨大な狼の姿をした化け物からルイソンの波動がしたからだ。

「どうして・・」

 

 呆然と立ち尽くすアルベルトとケビンを余所に、獣狼が地上から唸り声を上げた途端、姿を消すと窮血鬼の背後に現れ地上へと叩き落とす。

「馬鹿な、ライカンが飛べるなんて・・」

「ルイ・・」

「え? 兄さん? あれがルイソンだと言うのか?」


 地面に叩きつけられる直前に体勢を立て直した窮血鬼が、意識を集中すると獣狼の身体から血が噴き出し、コントロールを失った狼は落下していく。

 だが、窮血鬼の血術すらルイソンが模する獣狼には通用せず、簡単に術を解くと頭を数回振るわせながら悠々と地上に降り立った。


「今のルイに勝てる奴なんていない・・」


 飛び立とうとする窮血鬼に向けて狼が唸り声を上げると、金縛りにでもあったように地上に落下する。そして、建物の残骸が浮かび上がると窮血鬼を埋め尽くした。

「ヒューゴっ!」

 窮血鬼となったヒューゴに駆け付けたケビンだったが、全身が切り刻まれ倒れ込んだ。

「ルイっ! やめてくれっ!」

 獣狼となったルイソンの耳にアルベルトの声は届かず、広場に集まっていたヴァンパイアが次々と血祭になっていく。

 

 必死にルイソンに呼び掛けるアルベルトの首に痛みが走ると、誰かに背後から羽交い締めにされる。

「僕と一緒に来るんだ」

「トーマス・・ 貴様。まだ・・生きていたのか」

 怒り狂ったように全てを瞬殺するルイソンの姿が、歪んでいくアルベルトの視界に入ると、彼に向けて手を伸ばした。

【ルイ・・ やめてくれ・・ 君はそんな事をしない】


 トーマスは意識が薄れ始めたアルベルトを、辛うじて原形を留めていたジープに押し込み、慌てた手つきで必死にエンジンを掛けようと何度も鍵を回す。だがトーマスがもたついている間に何かが車上に降り立つと、後部座席で横たわっていたアルベルトを壊れた車窓から救い出した。


「き・・みは?」

 トーマスにもられた麻酔のせいで薄れた意識の中、ルイソンの気配を持つ白髪の人間に抱えられる。

「僕、セバスチャン。アルベルト、また会えて嬉しいよ」

 セバスチャンは笑顔で挨拶をすると安全な場所でアルベルトを下した。

 

 一方、セバスチャンと同時に現れたマキシムは、何度も吹き飛ばされながらも、懸命にルイソンに呼び掛け続けていた。

 「ルイソンっ! くそっ! 目を覚ましてくれっ!」


 花の香りで目を覚ましたルイソンの瞳に真っ青な空が飛び込み、爽やかな風がルイソンを包む。

「ここは何処だ?」

 自分がフカフカの芝生に横たわっている事に気付いたルイソンは、あまりの心地良さにもう一度眠りたい気分に駆られる。


「お兄ちゃん! ここに居ちゃダメでしょ」

 懐かしい声にハッとすると、先程まで重かった瞼が軽くなり身体を持ち上げた。

「ミラっ!」

 愛おしい妹との再会に興奮したルイソンは慌てて立ち上がると、足をもたつかせながらミラに飛びついた。

「ミラっ! また会えて嬉しいよ・・ お兄ちゃんが守ってやれなくてごめんな・・」

 ルイソンは鼻水交じりの涙顔でミラを強く抱き締める。

「お兄ちゃんのせいじゃないよ。あの時、アルベルトが私も助けてくれようとしたんだけど、ヘマしちゃって。だから、気にしないで」

「アルベルトが?」

「うん。 ・・そんな事より、お兄ちゃん、こんな所に来ちゃダメだよ」

 ミラの言葉に初めて周辺を見渡すと、ルイソンは眉間にシワを寄せる。

「俺、死んじまったのか?」

「多分、魂が彷徨っているだけ。でも、ガルソン一族がそうなると、神の力が蘇っちゃうでしょ。早く、マキシムとアルベルト、皆を助けて」


 ライカンの守護神である獣狼神を、身体に宿したガルソン一族が、代々長としてルーア大陸を牛耳っていた。

 膨大な霊力を持つ獣狼神をガルソン一族だけが封じ込めておくことが出来たからだ。

 しかし、器の精神力が衰えたり窮地に立たされた時、獣狼神に逆に取り込まれ死に至る危険を常に孕んでいたのだ。


 ミラの言葉にハッとしたルイソンは、アルベルトの悲しい呟きが耳に木霊する。

「ルイ・・ ごめん」


「お兄ちゃん、生まれ変わったら、またお兄ちゃんの妹になるから。さっ、早く行って」

「ミラっ!」

 ルイソンは再度ミラを強く抱き締めると、頭にアルベルト、マキシム、仲間達の顔を必死で思い浮べた。


 マキシムの必死の呼び掛けにも応じないルイソンは、瓦礫の下敷きになった窮血鬼に止めをさそうとするが、醜い気配に視線を余所に移すと、トーマスが車から飛び出し逃げようとしていた。

 ルイソンが瞬時にトーマスの前に獣の姿で降り立つと、トーマスは股間を自身の小便で濡らしてしまう。

 金と赤に獣狼神の鋭い眼が光ると同時に、トーマスの膝が砕け跪つかされる。

「ギャ――――っ!!」


 激痛に喚きながらルイソンを見上げた眼球が、一つ一つ飛び出し地面に落ちると、自身に何が起こったのか分からない様子のトーマスが、震える両手を持ち上げ目を押さえようとする。

 冷ややかな面持ちの黒い影が不敵な笑みを浮かべると、トーマスの耳鼻から血が噴き出した。


「ルイソンっ! お前はそんな酷い事をする奴じゃないだろっ!」

 ルイソンの元に駆けつけようとするマキシムを吹き飛ばし、再びトーマスに視線をおくると、彼の指が一本一本変形し腕の関節が捩れる。

 痛みで口から泡を吹き意識が飛んだトーマスは既に虫の息となり、面白みが無くなった彼を一気に捻り潰した。


「ルイっ!」

 必死に自分を取り戻そうとするルイソンの耳に、愛おしい声が届く。

「アル・・」


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