第19話 赤い月

 ルイソンの血が与えられたせいか、マキシムへの銀による浸食は止り、止血もされていたが、朦朧とする意識の中まだ浅い呼吸をしているマキシムに誰かが急接近する。

「随分とやられちゃったなぁ」

 そう呟くと降り立った早々抱えていた鞄から注射器を取り出し、マキシムの身体に打ち込むと、手際よく身体に開いた穴に塗り薬を付ける。

「これで良し・・ おっ、さすが100パーライカン、僕とは回復力が違うね~」


 マキシムは苦しかった息が少し楽になり瞼を開けると、白髪交じりの人間らしき者が目に映ったため咄嗟に身構える。

「マキシム。僕の事を覚えてない? ルイソンの血で助けて貰ったセバスチャンだよ」

「セバスチャン・・ セブなのか?」

 マキシムの記憶に残っていた事が嬉しいセバスチャンは満面の笑みで頷いた。

「どうしてここに?」

「ルイソンの危機を感じてね・・ 昔助けられなかったから、今回は慌てて飛んできた」


 攻撃を受けた事を思い出したマキシムは慌てて身体を確かめると、所々に塗り薬が付いているのに気付く。

「セブが助けてくれたのか?」

「侵食式の銀弾にやられたと思うんだけど・・ 僕が着いた時には既に侵食は止っていて・・ マキシムってもしかして既に銀に耐性が、あったりするのかな・・ あ、でも・・」

 セバスチャンは話すのを止めると鼻をヒクヒクとさせ、マキシムの身体の匂いを嗅ぐ。

「ルイソンの匂いがする・・ どうしてだろう? もしかして、マキシムもルイソンの血に助けられた? でもルイソンって銀に耐性があったっけ?」

 セバスチャンは語りかけるように独り言をすると、首を傾げ人差し指を顎に置く。


「ルイソンはアルベルトと番になった事で、銀に耐性が出来たかもしれないって、トーマス博士が言っていた」

 マキシムはトーマスの名を口にした途端、厳しい表情に変わると唇を嚙んだ。

「へぇ~ やるねぇ・・ 大丈夫?」

 先程まで温和だったマキシムの面持ちが硬さを滲ませたため、セバスチャンはそっとマキシムの肩に手を置く。

「トーマスを信じた俺のせいだ・・ 俺のせいで・・ ルイソンもアルベルトも人間に浚われたんだっ!」

 マキシムが自分の浅はかさを悔やみ地面に拳を入れた瞬間、大地が大きく揺れる。

「うわぁ、マキシムって凄い。地面が揺れたよ」

 マキシムは自分の仕業ではないと、両手の平を左右に振る。

 すると、今度は遠くで爆発音が鳴り響き、建物が崩れ落ちる音が耳に届く。

「人間の仕業か? いや、違うこの気配は・・」

「ルイソンっ! この波動はルイソンだよ。ルイソンがマキシムを助けたって事は逃げられたんだよ。それにしても・・ この波動・・ 巨大だね・・」

 大きく揺れる大地は全てを崩壊し、その度にルイソンの波動が巨大化していく。


「まさか・・ アイツ・・ 頭を撃たれ意識が混濁していた。それに、俺にも血をくれたなら失血しているかもしれない。だとしたら、獣狼神が目覚めたとしても変じゃない」

 マキシムは早急にルイソンの元に駆けつけようと立ち上がるが、フラつくと片膝を地に着けてしまう。


 大量の血を失ったルイソンは気絶していたが、アルベルトの悲しい声だけが胸に届き彼を動かしていた。


【ルイ・・ ごめん・・ 君以外、誰にも触れられたくないのに・・ 拒絶したいのに・・ 身体が反応するんだ・・ こんなに穢れてしまった僕はもう、君には相応しくない・・】


「アル・・」

 

 擬人化したルイソンの身体が掠れ始め、黒い影がルイソンを包み込むと狼の姿が現れる。それがどんどんと巨大化し、やがて獣化すると瞳が金色に輝いた。そして、その中心が赤く光った途端、天を見上げると雄叫びを上げる。

 獣狼の吐く声で地響きが発生すると周辺の全てが崩れ落ち、地表にはアルベルトの居場所へと導くように長くて深い亀裂が入った。


 トーマスにどれだけ身体を弄られようともアルベルトは、ただひたすら自身の中に流れるルイソンの血と自分の魂を共鳴させた。

【ルイソンの力が僕にもあるはず。鎖さえ切れれば】

 

 全身の筋細胞が膨張するのと同時に、ずっと閉じていた瞼を開くとアルベルトの瞳孔が金色に光る。すると、力が漲る気がして首枷に手を置くと思い切り引き裂いた。次に両手首を繋いでいた鎖も両腕を大きく広げ引き千切ってしまう。

 鎖が破壊される音に驚いたトーマスは、どれだけ奉仕しても達することのないアルベルトの性器を口から放り出し自身の顎を摩る。


 自分のペニスを解放されたアルベルトは足枷も脱ぎとると、トーマスを蹴り上げケビンの元に瞬間移動しようとするが、トーマスに盛られた媚薬に身体がフラついてしまう。

 アルベルトに蹴られたトーマスは、身体に付いた埃を掃いながら立ち上がると、近くで控えていた部下に合図をおくった。

 何かが飛んでくる気配にアルベルトは備えると、発砲された注射式の弾丸を辛うじて避け、僅かだが身を隠せる場所に瞬間移動する。

 本調子でないアルベルトは、少しの移動でも精神力の消耗が早く、ケビンの救助を急ぐ気持ちを落ち着かせるよう荒い呼吸を整える。

 ふと近くで、ルイソンの気配を察し、地響きと共に舞い上がる砂埃に視線を移した。

 ルイソンの波動を感じながらも、恐ろしい空気が近づいて来る事に、背筋が凍ったアルベルトは、その場に座り込んでしまう。


「アルベルトぉ~ どこだぁ? 逃げても無駄ですよ。君の弟君を見てごらん? 移動させたのでね。もう直ぐ灰になっちゃいますよ」

 大きなエンジン音を伴って装甲車がヴァンパイア処刑広場に登場すると、スピーカー越しのトーマスの声が、ヴァンパイア達の叫び声と共に広場に響き渡る。

 恐れていた卑怯な手口にアルベルトは地面を何度も手で叩くと、必死で妙案を模索したが敵の数の多さに答えは一つしか見つからなかった。


「僕はここだ。僕を好きにすればいい。だからそれ以上仲間を殺さないでくれ。さもなければ僕はここで死ぬぞ」

 アルベルトの要望などトーマスが到底聞き入れないと知りながらも、逃げ込んだ場所で見付けた銀弾とUV弾を手にヴァンパイア処刑場に姿を見せた。

「ははは、考えましたね」

 アルベルトの行動に感心したトーマスは、装甲車から吐き気を誘う顔を見せる。

「太陽の光にも銀にも耐性を持ったとは言え、一緒に身体に埋め込んだらどうなるか、貴様にも分からないだろう」

「兄さんっ!」

 太陽の光が迫っているケビンは声を上げると、首を横に振りアルベルトに逃げるよう促す。だが、次の瞬間、突然地面が崩れ出すと杭に縛られていたケビンは地中に落下した。

「ケビンっ!」

 

 装甲車も地割れに挟まれ身動きが取れなくなった隙に、アルベルトはケビンの元へ瞬間移動する。


「さき程から続いている揺れは、ただの地震じゃありませんね」

 装甲車から降りようと身を乗り出したトーマスは、途轍もない殺気に天を見上げた。

 先程まで真っ青で明るかった空が、知らぬ間に太陽を失い暗くなっており、赤い不気味な月が浮かんでいる。

 トーマスは驚きと恐怖で額に汗が滲むと、慌てて装甲車に逃げ込み、兵士達に装甲車を動かすように怒鳴りつけた。

 兵士達がトーマスの命に従い、装甲車を押そうとした瞬間、彼等は首元から血しぶき上げその場に崩れ落ちる。

「ひぃ・・」

 目に見えぬ敵に恐れおののくトーマスは怖怖、車窓から外を伺うと、地面を裂き、巨大な獣路を造りながら何かが近づいて来る。

 トーマスは恐怖に耐えられず、装甲車に装備していた弾丸を気でも狂ったように発砲すると、煙が辺りを包み込んだ。

 地鳴りもヴァンパイアの呻き声も消え周囲が突然静寂に包まれる。

「やっ・・ やったっ、やった!」


 煙が薄れ始め、車窓からの見晴らしが良くなると、トーマスは辺りを確認する。

 崩壊した広場しか見えず敵を仕留めたのだと、トーマスの心が安堵感に包まれた時、金色の大きな獣目が車内を覗き込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る