第18話 熱い思い

 捕らえたアルベルトを伴い、ヴァンパイアの処刑場に現れたトーマスは、用意されていた特別席に腰を下ろす。

「博士、アルテメ国にヴァンパイア処刑の触れを出しました。その後、直ぐ、例の子孫に動きがあったようです」

 見晴らしの良い場所で陣地を構えたトーマスは、ご機嫌な面持ちで捕らえたヴァンパイアを見下ろす。

「そうですか・・ 始祖の子孫と言え、父親であり夫が殺されてしまうんですからね。ちょっとくらい反応を見せて貰わないと・・ まぁでもね・・ この子とルイソン君が手に入った今となっては、窮血鬼なんてどうでもいいので、さっさとヴァンパイアを処分してしまいましょう」

 両手足と首に枷がはめられているアルベルトの髪に、トーマスは得意気に指で触れると、まるで犬の飼い主のように繋いでいる鎖でアルベルトを手繰り寄せる。

 

 天井を破壊された建物は大きな広場になっており、お互いを鎖で繋がれたヴァンパイアが半円を描くように座らされている。時計が時刻を差すように日が高くなるにつれ、ヴァンパイアを太陽が照らし次々に処刑されていく。

 アルベルトは仲間の中心部にケビンの姿を捉えると、あまりに無残な姿に息を呑んだ。そして、血術でケビンに話掛けた。

「ケビン・・」

 絶望の中、愛おしい兄の声に項垂れていた顔を上げる。

「兄さん・・」

 人間達に囲まれたアルベルトが、彼等と同様に朝日を浴びている事に、ケビンは驚くと苦笑いを浮かべる。

「兄さん、太陽に耐性が出来たんだ・・」

「うん、ルイソンが彼の血で助けてくれた」

「そっか・・ 良かったよ・・ 兄さんの事、殺そうとしてごめんなさい。僕はこのざまだよ・・ 自業自得だね」

 アルベルトと合わせていた目線を外すと血術での交信を絶とうとする。

「ケビンっ! ケビンはパウル卿の誇りを守っただけだ」

「兄さん・・」

 再びアルベルトを見つめるケビンに、アルベルトは優しい兄の顔を向けた。

「その誇りのため、沢山の血が流れる事に、僕の中で迷いが出たんだ。そんな時、同じ葛藤で苦しんでいたルイソンに僕は惹かれたんだよ・・ パウル卿当主としては失格だ。だけど、もうこれ以上悲しみや憎しみを生みたくない・・」


 そう発したアルベルトの耳に昔ルイソンが群衆の前で熱く語った声が届く。


 ―回想―


「憎しみは憎しみを生む。そしてその憎しみは力となり、ヒーローになれる。だが、それは真のヒーローなのか? 何処かで他の誰かの憎しみや悲しみを生んではいないのか? その先はどうだ? このままこの負の連鎖を続けるのか? 

 俺は嫌だね。

 昔、俺達ライカンもテリトリーを守るため、あちらこちらにマーキングしたよな。でも他の誰かに小便掛けられて、また小便を掛け直す。その先に何があった? ただ臭くなっただけだろ?」

 怪訝と真剣とが入り混じった面持で、ルイソンの言葉に耳を傾けていた群衆から、ドッと笑いが生まれる。

「沢山の犠牲の上で出来上がった平和なんて脆いもんだ。だから俺は憎しみも悲しみも生まず平和をつくる。茨の道だと分かっている。俺を怨む奴も出て来るだろう。そして、もし俺が誰かに殺された時、ルイソンが皆の憎しみを背負ってあの世に行ったと思ってくれ。俺の死を悲しむな。負の連鎖を俺の死で断ち切って欲しい」

 野次と困惑で騒がしかった群衆が、声を失い辺りが静まりかえると、隣でルイソンの話を聞いていたアルベルトがルイソンの手を握った。

「僕が灰になったとしても同じだ。ここに居るルイソンが必ずルーア大陸に平和をもたらしてくれる。その手助けができるなら、僕の死は無駄じゃない」

 アルベルトの言葉に胸が熱くなったルイソンは、アルベルトを握る手に力が入ると、ウィンクをした。


 ―現在―


「ヴァンパイアはどうしてライカンを憎むんだろう・・」

 アルベルトの素朴な疑問に対して、正しい答えを持たない事を、初めて気付かされたケビンは、心の何処かを抉られた気がして言葉に詰まる。

「初めて日の光を浴びて思ったんだ。僕達ヴァンパイアはライカンに嫉妬していただけじゃないかってね」

「兄さん・・ もう無理なんだよ・・」

 切ないケビンの声に、ハッとしたアルベルトは、体内を巡るルイソンの血を感じると、心強い気持ちになる。

「窮血鬼の伝説には続きがあるんだ」

「え?」

「窮血鬼には実体がない。そして、ルスヴィン卿の子孫が窮血鬼を操れるわけじゃない。昔からヴァンパイア族が窮地に立たされると窮血鬼を復活させた。ルスヴィンの血族を生贄にしてだっ!」

「そんなはずはないっ! だって・・」

 反論しようとしたケビンが手を振りかざしたため鎖の擦れる音がすると、今までしおらしくしていたケビンの行動に、トーマスは眉間にシワを寄せ、彼の視線の先を確認する。

 トーマスが気付いても尚、アルベルトは、自分の知り得る知識を懸命にケビンに伝える。


「クロエの家族は彼女を生贄にしないため、きっとルスヴィンの血族である事を彼女に隠していたはずだ。違うか?」

 思い当たる節があるケビンは、希望が消えたショックと家族を失う恐怖で、脱力感に襲われると鎖に全体重を預けた。

「ケビン、今直ぐクロエとヒューゴを呼び戻せ・・ 彼等が・・危険・・だ」

 突然アルベルトからの交信が途切れたケビンの目に、アルベルトの唇を奪う人間の姿が目に入る。

「貴様っ! 兄さんから離れろっ!」

 ケビンの叫び声が他のヴァンパイア達の呻き声に掻き消される。


 アルベルトは突然キスをするトーマスの唇を嚙もうとするが、何故か急に頭がクラクラすると身体が火照り始める。


「弟に別れの言葉でも送ったのかな? 兄が人間と上手くやっているのを知れば、安心して灰になれるでしょう」

 トーマスの穢らわしい目付きが、アルベルトの身体を這うと、アルベルトの心とは裏腹に身体が高揚し、股間部分に熱を帯び始める。

「はぁはぁはぁ・・ 貴様、僕に何をした?」

「おや、やっと薬が効いてきたようだね。僕も君の体液で実験されたくてね。あとまぁ、ライカンの長を魅了する名器も試してみたい。男なんて興味ありませんでしたが、君は別格です・・ いやぁ、本当にゴージャスだ」

 トーマスは地面に座らせていたアルベルトを自分の隣に移動させると、服の下に手を入れアルベルトの肌に触れていく。

 吐きそうな程に嫌なはずが、心と身体が分離したように感じてしまうと、声を出さない様に顔を歪ませる。

「何千年も生きている肌ではない。なんと美しい・・」

 アルベルトが羽織っているルイソンの服をまくり上げると、乳首を吸い上げる。

「触るなっ! やめろっ!」

 アルベルトは身体の快感を否定するように何度も言葉で抵抗する。

「身体は正直ですよ。ほら、もうこんなに硬くして」

 下半身は裸のままのアルベルトは身を捩ると、必死でトーマスから逃れようとするが、身体が自由にならず、アルベルトのペニスがトーマスの手に捕らえられ、徐々にトーマスの身体がアルベルトの股間へと下がっていく。

「おいっ! やめろっ!」

 ルイソン以外に触れられる嫌悪感と、ケビンの前で人間に犯される羞恥心で眩暈がする。

「君の体液を取り入れたくらいで、寿命が長くなるとは考えられませんが、味わってみたいのでね」

 そう告げたトーマスはアルベルトの性器を口に含むと頭が上下に動き出す。

 アルベルトは高揚する身体に抵抗するように、自分の身体に流れるルイソンの血に意識を集中させた。

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