第17話 変貌

 陽の光にさらされるアルベルトを懸命に庇うルイソンだったが、アルベルトは死を覚悟するとルイソンに微笑んだ。

「ルイに抱締められながら灰になるなんて、最高の最後だよ」

 周辺にアルベルトの身体を焼く焦げ臭い匂いが漂う。


 アルベルトを抱き寄せるルイソンは、彼の腕をアルベルトの口前に差し出した。

「アルベルト、諦めるなっ! 俺の血を有りっ丈飲めっ!」

 ルイソンにそう告げられたアルベルトは、一瞬躊躇しながらも、牙を剥きだすとルイソンの腕に喰らい付く。


 ライカンの血がヴァンパイアに注がれる。


 長きに渡る紛争で、何度もお互いの血を喰らい合った両者は耐性を持ち、ライカン化もヴァンパイア化もしなくなった。

 そのため、アルベルトを助ける苦肉の策に、ルイソンはただ奇跡を祈るしかなかったのだ。

 乾ききった身体を潤すようにルイソンの血を吸い上げるアルベルトを朝日から守りながら、自身の血を全て失おうとも、ただアルベルトを救いたい一心で天を仰いだ。

 アルベルトの身体に走る血管全てが光を放ち、全身に熱を帯びたアルベルトは閉じていた瞼を開ける。

 アルベルトが持つ蒼玉の瞳に金色が混じり出すと瞳孔が黄金に変化した。


「はぁはぁ・・」

 ルイソンの腕から牙を抜き出したアルベルトは、自分を包むルイソンを見上げ、彼の首にしがみつくと自分の両腕を日光に曝す。

「アルベルト・・」

 ルイソンは朝日を浴びるアルベルトの腕を掴み、灰になっていないかを隈なく確認した。

「ルイ、僕大丈夫だよ。生まれ変わった気分・・」

 そう告げたアルベルトは立ち上がると陽の下に飛び出した。そして、天を見上げると両腕を広げ全裸の身体に初めての日光浴をさせる。

 太陽の下、満面の笑みで美しく舞うアルベルトを見つめながら立ち上がったルイソンは、貧血でフラつくと手で額を抱えた。そして、アルベルトの鎖を外した際、手に染み着いた血を無意識にペロリと舐めた途端、脳に無数の場面が流れ込むと息を飲んだ。

 それは、遠い昔に置いて来た記憶。


 ―回想―

「もやしって呼ぶな・・ 貴様が幼い時から何度も言っている。僕にはアルベルトって名があるんだ」

 大岩に座るアルベルトは口を尖らせ抗議する。

「そうだよな・・ すまんすまん・・ アルベ・・ 何だっけ?」

「貴様、覚える気がないだろう」

 申し訳なさげに頭を掻きながらルイソンは顔にシワをつくる。 

「あのさ、呼びに難いから、アルでいいか? 俺もルイでいいぞ」

「アル・・ そんな風に呼ばれた事はない」

 アルベルトは頬を赤らめ嬉しそうに目線を遠くに移動すると小さく

「ルイ」 と呟いた。

 可愛いアルベルトの反応がルイソンの心に住み着き、憎み合っていたランカンとヴァンパイアの距離が、少しだけ歩寄った瞬間だったのだ。


「アル・・」

 耳に心地良い名で呼ばれたアルベルトは言葉を放ったルイソンに振り返ると、瞬間移動で彼の腕の中に収まる。

「ルイ、全部を思い出した?」

「ああ・・ 俺の愛おしいアル・・ アル・・ どうしてお前を忘れていたんだ。信じられない。愛しているよ。昔も今も、ずっとお前だけを・・」

 ルイソンはアルベルトに自分の服を羽織らせると彼を空高く持ち上げた。

「太陽に耐性が出来たんだな、アルっ! 良かった。本当に良かったっ!」

「ルイ・・ 助けに来てくれて有難う」

 ルイソンの肩を抱くアルベルトと唇を重ねると、激しいキスに変わる。

「ルイ・・ 愛してる」

「俺も、愛してるよ・・ アル」

 見つめ合う彼等を引き離すように再び爆弾が投下されると、誰かの気配が近づいて来た。


「ルイソンっ! 無事か?」

「マック」

 咄嗟にアルベルトを背後に庇いながらもマキシムの登場にルイソンは安堵の表情を浮かべる。

「あの爆弾は人間達の仕業か?」

「ああ。そして、ルスヴィンの子孫はケビンの嫁と子だ。奴等はアルテメに逃げたが、人間がアルテメにもミサイルで攻撃している。奴等が捕まるのも時間の問題だ」

 ルイソンの背後で息を潜めるアルベルトの様子を、肩越しに伺うルイソンと目が合ったアルベルトが、マキシムの前に姿を見せる。

「アルベルト・・ お前、太陽の光は大丈夫なのか?」

「ルイソンのお蔭でさ」

 素足を隠すように、腿辺りでルイソンの大きな服を引っ張るアルベルトの肩に、ルイソンが優しく手を添える。

「何だ・・ お前ってそんなに可愛かったか?」

 パウル卿当主としての顔を完全に捨てたアルベルトに、どう対応していいか戸惑っているマキシムの背後から誰かの拍手音が接近する。


「素晴らしい。いや~ 実に素晴らしいよ、ルイソン君」

 武装する複数の兵士に守られながら登場したトーマスは、マキシムの肩に手を置くと、興味深そうにルイソンとアルベルトを眺めた。

 不穏な空気を醸し出すトーマスに身構えるルイソンは、肩を抱いていたアルベルトを強く引き寄せる。


「不老不死であるヴァンパイアの力を欲する人間は多くてね。でも彼等は日光に弱い。研究を重ねても彼等が日光に耐性を持つ事は無かった。だから、始祖であるルスヴィン卿かその血族を捕まえる予定だったが、そのゴージャスなヴァンパイアは僕の理想で答えだよ。君達は恋人同士らしいね・・ なるほど、体液も関係していると言う訳か。そこまでは考えていなかったよ。実に興味深い」

 トーマスは不気味な笑顔を浮かべ、部下達に目線で合図をした途端、発砲音が辺りに鳴り響く。

 アルベルトの肩を抱いていたルイソンは、突然その腕を離すと、頭から血を噴き後ろに崩れ落ちた。

「ルイっ」

 身の危険を感じたアルベルトはルイソンを抱えて瞬間移動しようとするが、血呪が抜け切れていないため若干遅れてしまうと、その隙を狙った人間達に捉えられてしまう。

「トーマスっ!」

 獣に変化しようとしたマキシムに笑い掛けるトーマスには、裏切ったような後ろめたい気持ちは微塵も見えない。

「マキシム、君がライカンの長である方が、僕には楽なのだよ。犬のように従順だからね」

 悪気なく本心を語るトーマスがマキシムにウィンクをする。

「トーマス・・」

 マキシムは人間を信じた愚かさに唇を噛み締め、頭から血を流すルイソンの元に移動すると、懐から注射器を取り出す。


「そうそう、マキシムに教えておきますね。銀の耐性ワクチンは完成していますが、貴方達が持っているのは違いますよ。ライカンにはまだまだ僕の飼い犬でいて貰いたいですからね」

「トーマスっ!」

 マキシムが牙を剥き出しトーマスを睨みつけていると、朦朧とした意識のルイソンに腕を掴まれる。


「もしかすると、ルイソン君は恋人のお陰でヴァンパイアの力を得て、既に銀に耐性があるのかもしれませんね。脳を銀弾で撃ち抜いても溶けないとは。素晴らしい発見です。ハハハハハ」

 耳障りな声で笑うトーマスに、彼の部下の一人が耳元で何かを伝える。

「オルディアに住むヴァンパイアのほぼ全てを捕らえたようです。例の子孫が姿を見せるまで公開処刑といきましょうか。今日はヴァンパイアを灰にするには打ってつけの晴天ですね」

 トーマスは含み笑いを浮かべると燦々と照り始めた太陽を見上げた。


「そこの美しい彼は丁重に扱うように。彼は貴重な僕の研究材料ですからね。それからルイソン君も捕らえなさい。マキシムは抵抗するなら処分して構いません。もう彼に用はありませんから」

 マキシムの耳に届いたトーマスの非道な言葉に、拳を握ると、マキシムは獣化し敵を迎え撃つ。

 銃を構える兵士達はルイソンを生け捕りにするために、マキシムに標的を定めながらマキシムとルイソンを取り囲むと、隊長らしき人間が一歩前に出た。

「ルイソンをこちらによこせ。そうすればお前の命は助けてやる」

 マキシムは牙を剥き出し応じるようすを見せず、風圧で人間を数人吹き飛ばすと、次に近くに控えていた兵を切り裂いた。

「仕方ない・・ 撃て」

 マキシムは俊足の早さで銀弾の攻撃をかわすと更に数人を喰いちぎるが、その隙に人間達が失神状態のルイソンを銀の鎖で締め上げた。

「おいっ! ルイソンから離れろっ!」

 その場を立ち去ろうとしたトーマスが、マキシムの始末に手古摺っている兵達に気付き、他の部隊に合図を送ると、ルイソンに駆け寄ろうとしたマキシムの頭上に数機の円盤を飛ばす。

 マキシムを追うように空中を舞う物体を風圧で散らそうとした途端、円盤が開くと針の付いた弾丸が無数に噴射され、身軽な動きで避けていたマキシムの背に数個が刺さってしまう。だが、痛みを伴わない攻撃に気付かないままマキシムは、ルイソンが連れ去られるのを阻止しようと兵士達に近づいた時、突如身体に異変を感じる。

 マキシムの肌に突き刺さった弾が身体に侵入すると、体内から溶かされる痛みに、マキシムは人型に戻ってしまう。

 それでも必死でルイソンの傍に辿り着くと、両脇を抱えられ足を引き摺られながら連行されるルイソンにしがみついたが、マキシムはそのまま息絶えてしまった。

 そんなマキシムを助ける事なく連れ去られるルイソンだったが、突如ルイソンを抱える兵士達の足元が大きく凹むと、彼等の首が吹っ飛び血しぶきが辺りを真っ赤に染めた。

 そして、朦朧とした意識の中、ルイソンは自力で立つと、彼を取り囲んでいた兵士達も瞬く間に斬首され、一面血の海に変わる。

 ルイソンは足をフラつかせながらマキシムの元に歩み寄ると、彼を膝に抱え自分の血を与えた。

 既に失血前の身体であったため、マキシムに十分血を飲ませた後、ルイソンはマキシムに覆いかぶさるよに崩れ落ちてしまう。


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