第15話 苦しい胸

 ルイソンとアルベルトは示し合わさずとも、まるで見えない糸に手繰り寄せられるように秘密の場所で逢瀬を重ねた。

 彼等は互いを強く求め合い、過去の記憶の有無に関係なく、甦った現代でも心から愛し合った。


「ルイソン、お帰り・・って、どうしたんだ? そんなに泥だらけになって」

 互いに多忙を極めるルイソンとマキシムは最近あまり顔を合わす事が無く、マキシムがルイソンの家で彼を待ち伏せしていたのだ。

「俺が復活した場所で、ちょっとな・・」

「復活した場所って、カナン山の麓か?」

「ああ。俺がぶっ壊した棺の残骸ぐらいしかなかった。しっかしまぁ、何であんな遠くで、しかも、あのもやし野郎と一緒に復活したんだろうな・・ 実に不思議だぁ」

 ルイソンは心を読み取られぬよう茶化してマキシムに応えると、横目で彼の様子を伺う。

「何でだろうな? お前の血痕があったのは、リストリアだ。全く逆だもんな」

「リストリアかぁ・・ ヴァンパイアの聖地だな・・」

「ああ、自殺行為だ」 

 ルイソンの脳には記憶の欠片も残されていなかったが、アルベルトが言うようにパウル家の誰かに殺されたのなら、リストリアは正しくパウル卿誕生の地であるためルイソンは、パズルが一つハマった気がした。


 ルーア大陸にはオルディア国を中心に東にトマリ国、西にアルテメ国がある。

 ルイソンとアルベルトが復活後に発見されたカナン山は、オルディアとトマリの間に聳え、ライカンの支配が濃厚な地帯であった。一方、マキシムがルイソンの異変を察知し救出に駆け付けたリストリアは、反対側に位置するアルテメ国近くの小さな街だったのだ。アルテメ国は厳しい不毛の地で、ほ乳類の居住地としては不向きであるため、ヴァンパイアの生息数が多くほぼ彼等の支配下にある。


「ルイソン、久し振りに飲みに行こうぜ」

 ルイソンの頭に秘密の場所で大岩に座るアルベルトの後ろ姿が浮かぶと、いつもなら二つ返事でマキシムに応じるはずが言葉を詰まらせてしまう。


「今晩もどこかに行くのか?」

「さぁ・・ 今帰ってきたところだからな・・」

 マキシムには全てを打ち明けてきたルイソンにとって、彼に嘘を吐くほどに心苦しい事はなく、罪悪感が一挙にのしかかると押しつぶされそうになる。


「アルベルトか?」

「マック・・」

 マキシムは険しい面持ちで大きな溜息をつく。

「やっぱりか・・」

 玄関での立ち話では済まないため、ルイソンはマキシムを家に招きいれた。

 キャビネットから取り出したウィスキーを、グラスに注ぐルイソンの手の震えが何故か収まらず、カタカタと言う音を立てないよう腕の筋肉を緊張させる。


「サンキュ」

 ルイソンからグラスを受取ったマキシムの隣に、ルイソンも腰を下ろすと一気にウィスキーを飲み干しグラスをソファテーブルに置いた。


「なぁ、昔アルベルトと俺の間に深い関係があったのか?」

 マキシムはグラスに注がれた美しい黄金色のウィスキーを眺めており、ルイソンは聞こえなかったのかと不安になる。

「そうだ。お前はアルベルトに惚れて番になったと話していた。そして、ヴァンパイアとの戦争を終わらせるともな。先代長、お前の親父さんも同じ志があったし、なんせお前の熱量の凄さに、俺達も徐々に協力するようになったんだ」

「そうだったのか・・ 蘇ってもなお俺の気持ちは変わらないし、俺はアル・・」

「ダメだっ! もう誰も協力しない。俺だって今回ばかりは許せないっ!」

 いつも冷静で懐の大きいマキシムが、未だかつてルイソンの話を遮ってまで自分の意見を主張した事がなかったため、ルイソンは驚きで無言になる。


「ルイソン・・ お前が蘇ったのは凄く嬉しい。だってさ、ヴァンパイアを倒すにはお前の力が必要だからだ。でももしお前とアルベルトがまた番になるって言うのなら、お前はライカンの敵だ」

 手の中にあるグラスが割れそうな勢いで拳を握るマキシムの鼓動が、ルイソンの耳まで届くと、ルイソンは悲しい顔でマキシムを見つめた。


「ミラのためか?」

「それもある・・ でもな、ルイソンお前はアルベルトに裏切られて殺されたんだぞっ! 同じ過ちを繰り返すのか?」

「どう言う意味だ? お前は何も知らないって言ってなかったか?」

 心音が加速しながらも冷静な口調でマキシムに問う。

 するとただ一点を見つめていたマキシムも、残りのウィスキーを飲み干し、空のグラスをテーブルに置くと、寂しくなった手を組んだ。

「ルイーズから聞いた。お前はあの時、ライカンがアルベルトを襲うって話を聞いて、助けに行ったって。でもそんなのは全くのデマで、お前はまんまと罠にはまって殺されたんだ」

 ルイソンの脳裏に断片的な記憶が流れ込むと、強烈な頭痛に前屈みになる。

「ルイソンっ!」

 呻きながら俯くルイソンの背に手を添えるとマキシムは唇を嚙んだ。


「思い出そうとすると頭が痛いんだ。アルベルトはパウル家に伝わる血呪が原因だって言っていた。俺だけでなくアルベルトにも掛けられている。だから、アイツはパウル家の誰かに俺とアルベルトは殺されたと話していた」

「そんな戯言を信じるのか?! ルイソン頼む、目を覚ましてくれ・・」

 マキシムは前に屈んでいるルイソンの背に顔を埋めると彼の背中を何度も叩いた。

「マック・・ すまない。俺は平和が欲しいんだ・・ お前だって、あの戦場だったトマリが今、平和になったのを知っているよな? セバスチャンを覚えているか? アイツだよ。UV防御着を開発したのさ」

 驚いたマキシムは、ルイソンの背から離れ背筋を伸すと、上体を倒したままで遠くを見つめるルイソンの言葉に耳を傾ける。

「セブは科学者になっていた」

「そうなのか・・ トマリ国のライカンが応援を要請してこなくなったし、前よりも情勢が落ち着いているのは知っていたが・・」

「セブが血液に変わる薬をつくってくれてさ、トマリのヴァンパイアが人間を襲う必要がなくなった。しかも人間との間に子供までつくっている」

 ルイソンは屈んでいた身体を起こすと、目を輝かせてマキシムに強く語り掛け、ニコリと微笑んだ。


「まさかっ! あのヴァンパイア共がかっ!」

 マキシムは頭を抱えると信じられないと、顔に書いてある形相でルイソンと目を合わせる。

「ここオルディアのヴァンパイアは堅物が多い。だけど、アイツ等だってこれ以上、無駄な犠牲を出して数を減らしたくないはずだ。だからきっと・・」

 ルイソンの力強い望みに反応を示すどころか、目線を逸らすマキシムに、ルイソンの知らない何かがあると確信する。

「マック、何だ? アルテメ国に送っていた偵察は帰ってきたのか?」

 ルイソンの鋭い指摘に、マキシムは喉を上下させると唾を流し込んだ。


「ああ、十頭送って一頭だけが戻って来た。しかも酷い有様でな」

「何があったんだ?!」

 ルイソンはマキシムの肩を掴むと厳しい表情をおくる。

「これはまだ俺の推測だが・・ 奴等はとんでもない悪魔を甦らせる気だ」

 親指の爪を噛みながら、震える身体を落ち着かせるマキシムの様子から、ルイソンの脈拍も乱れだす。

 リビングルームの酸素が欠乏しているように、先程から何故か息苦しさを感じていたルイソンは、マキシムの肩に置いていた手を離した。


「アルテメ国・・ まさか・・ でもアレは伝説だろ。もし真実だったとしても封じられているはず。それに奴はヴァンパイアにも手が負えない代物だ」

 ルイソンは胸元辺りで腕を組むと、脳をフルに回転させ必死にマキシムの憶測が間違いである筋書を考え出す。

「偵察に行ったライカンは、リストリア辺りから異変を感じたらしい。そして、ある境界を越えた途端一瞬で仲間の殆どが失血死した。そんな事が出来るのは、伝説で聞いた窮血鬼しかいないだろう。それに、もしルスヴィン卿の子孫が絶えていなかったとしたら?」

「窮血鬼を操れるって事か・・」

「ああ。そんな事になったら、オルディアは終わりだ」


 窮血鬼ルスヴィン卿ルシアン。ヴァンパイアの始祖であるが、日光に耐性がある上に血液を操る特殊な能力を持っていた。パウル卿も血の流れる生物であれば精神をコントロールする力があるが、ルスヴィン卿は体内に流れる血そのものを操り生物を瞬殺できるのだ。どんなに卓越した武器や精鋭部隊をもってしても、窮血鬼に勝るモノなど存在しない。加えて、伝説ではルスヴィン家一族の命であれば従うと書き残されていたのだ。


「ルイソン、残念だが、もう闘いは始まっている。俺達も準備が整った。近々ヴァンパイアの拠点を襲撃する」

「待ってくれっ! まだ窮血鬼が復活すると決まったわけじゃないだろ」

「そうなってからでは遅いんだっ! ルスヴィンの子孫を探し出して抹殺する」

 マキシムの意見があまりに正論であるためルイソンは頭が真っ白になると次の言葉が見付からなかった。

 マキシムとの間に沈黙が流れ、双方共に大きな溜息だけが何度も零れる。


「アルベルトっ!」

 ルイソンが突如アルベルトの異変を感じる。先程からの嫌な空気は、愛するモノに危険が迫っていたからだと覚ると意識を集中させた。

 そんなルイソンの傍らで、マキシムの携帯が静かなリビングに鳴り響く。


「ルイソン、リオからの連絡で、アルベルトが処刑されると街中で噂らしい」

 自分が察知したアルベルトの危機が現実だと確信したルイソンは、彼の元に急ごうとするが、マキシムに腕を掴まれる。

「罠だって、分かってるんだろう。行くなっ! また殺されるぞっ!」

「ああ、確実に罠だな。だけど今度は殺られない。アルベルトを助けて必ず戻る」

 一片の迷いがない堂々したルイソンの態度に、マキシムは思わず掴んでいた手を離すと片膝を地につける。

「ああっ、クソっ! 行ってこい。でも今度は助けに行かないからなっ! くたばってみろ、俺の血を飲ませてでも蘇らせるぞ」

 跪き地面に不平を吐き捨てるマキシムの肩は震えており、ルイソンがしゃがみ込むと手を添えた。

「絶対に帰ってくる」

 ルイソンの神神しい眼差しにマキシムが息をのむと、ルイソンの姿は消え去った。


「マック。良かったのか? 行かせて」

「ああなったルイソンを止められると思うか?」

「無理ね」

 諦めた面持ちで肩を竦めるリオとルイーズが、マキシムの前に登場する。

「ルイーズと一緒にルイソンの後を追うよ」

「否、リオとルイーズはオルディアを見張っていてくれ。オリ、レイ、そこに居るんだろ?」

 マキシムが肩越しに声をかけると、逞しい若者がマキシムの背後に現れ跪く。

「ついて来い」

 マキシムは鼻を利かせルイソンの匂いを掴むと、若者を引き連れルイーズとリオの前から姿を消した。

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