第12話 嫉妬
オルディアの近代的で洒落た店が並ぶ市街地とは異なり、マーケットから住民達の笑い声が溢れ出るトマリ国の中心部は、時の流れも緩やかでルイソンの心を癒やしていく。
「やっぱり、ルイソンっ! 匂いがしたから、まさかとは思ったけど」
復活以来、初めて感じる軽やかな気持ちで、トマリを探索していたルイソンの前に突然誰かが降り立った。
「ルイーズか? どうしてトマリに? マックに俺が居るって聞いたのか?」
「え? 違うわよ・・」
ルイーズは少し応え難そうな表情に変わると、セバスチャンの研究所がある建物に視線を移す。
「お前・・ まだ・・ 責任を感じているのか?」
「だって・・ セブが半ラン(ライカン)になったのは私を助けたせいだもん・・」
遠い昔、ルイーズがヴァンパイアに襲われた時、現場に居合わせた少年がセバスチャンだった。幼い弟を助けてくれたライカンに、恩を感じていたセバスチャンは、ルイーズを助けようとするが、あっけなくヴァンパイアの返り討ちにあってしまう。
ルイーズの危機を察知したルイソンが現れ何とか難を逃れたが、セバスチャンは瀕死の状態だったのだ。
助けられたルイーズが、必死にセバスチャンの助命を懇願したため、ルイソンはセバスチャンに自分の血を飲ませた。それは、ルイソンにとっても初めての試みで命が助かるか、その後どうなるか知る由もなかったが、何もせず仲間の命の恩人を見殺しにもできなかったのだ。
セバスチャンは命を取り留めたものの、人間でもライカンでもなく、特殊な種族としてただ一人違う時を生きていく事になってしまう。
ルイソンもルイーズも、あの時の選択が正しかったのか自問自答の日々をおくっていた。
「セブの研究を見た。凄いよな・・ 俺には考えもつかない物ばかりだ・・ セブは、ここトマリに平和をもたらしてくれた。アイツがあの時死んでいたらトマリはまだ血の海だ・・ だからきっとこれは運命だったんだよ」
強い目でルイーズを見つめるルイソンに、ルイーズの心が少し和むと目頭が熱くなる。
「そう・・だよね・・ なんか彼を利用してるみたいで嫌だったんだけど、でも、セブはいつも長生きできるから、こんなに沢山の研究が出来るんだって言ってくれて・・ でも私・・ 彼が誰も愛せずに一人で生きているのが不敏で・・」
自分の顔を両手で覆い泣きじゃくるルイーズを、抱き寄せるとルイソンは、そっと頭にキスをする。
「そうだな・・」
「ま――だ、そんな事を思ってくれてるの?」
抱き合うルイソンとルイーズは声のする方へ視線をおくる。
「セブ・・」
「全く、こんな町中で抱擁とは、お熱いこって」
セバスチャンに指摘されたルイーズは、慌ててルイソンから離れると顔を真っ赤にさせる。
「街中で昼間からライカンが抱き合えるなんて、本当にトマリが平和になった証拠だな。セブ、サンキュ」
「平和・・ ルイソンがそう言ってくれて、やっと実感した」
セバスチャンは褒められた子供の様に照れ笑いを浮かべると胸を張って見せた。
太陽の下、優しく微笑むセバスチャンを後光が差し、ルイソンとルイーズの目に輝いて見えた。
「腹減ったな・・ 何か食いに行くか?」
「ルイソンったら、トマリから一度も休憩しないんだもん、私もペコペコよ」
オルディア国に戻って来たルイソンとルイーズは、トマリ国とは違い日が暮れても夜を知らないオルディアのネオン街に降り立った。
「俺が居ない間、トマリに行ってセブを見守ってくれていたらしな。セブが生きているのも、俺がまたアイツに会えたのも全部、ルイーズのお蔭だよ。有難うな」
「ルイソン・・ 当り前じゃない。セブは私の恩人よ」
「それでもさ、本当に有難う・・」
「いやだっ。そんなに、しおらしい事を言われたら照れちゃうじゃない・・ じゃあ、今晩は一番高いお店に連れて行って貰おうかしら」
ルイーズはそう告げるとルイソンに軽くウィンクをする。
「勿論だっ! 好物を食え!」
ルイソンは高笑いを響かせルイーズの肩を抱くと、二人は寄り添いながら歩を進める。だが、背後に殺気を感じ咄嗟に振り返った。
「おやおや、さすが獣だね、お盛んなことで・・」
「ケビンっ」
宿敵の登場に犬歯を抜き出し狼に変わろうとするルイーズの肩に、ルイソンは手を置くと落ち着くように促す。
「お前等こそ、ここで何をしている? またライカンの子狩りなら容赦しないぞ」
ルイソンはケビンではなく、あからさまに彼の背後にいるアルベルトに視線を向けると話掛けた。
「おいっ! 馴れ馴れしく兄さんに話掛けるな! 息が臭いんだよ!」
ルイソンは大きく息を吐くと自身の匂いを確かめる振りをする。
「そうか?」
「貴様っ!」
「ケビンっ。今日は僕を素敵な店に連れて行ってくれる約束じゃなかったのかい?」
ルイーズを自分の背後で庇うルイソンを冷ややかに一瞥すると、アルベルトはケビンを置いてさっさと立ち去ろうとする。
「次に会う時はその身体溶かしてみせる」
ケビンはルイソンに近づくと、彼の顔前で牙を剥き出し、目を赤く光らせてから、アルベルトの後を追った。
「何なのよ、あれっ!」
「ルイーズ、ヴァンパイアの事より、俺が餓死する前に飯を食いに行くぞっ!」
ルイソンは腹に手をあて今にも倒れそうな顔でルイーズに寄り掛かった。
食事を終えルイーズと別れたルイソンが空を見上げると、黄金色に輝く満月が天に浮かんでいた。
「弟が連れていってくれた素敵な場所って何処だったんだぁ?」
大岩に凛と座るアルベルトの後ろ姿を見付けた途端、ルイソンの鼓動が早くなり背後から彼を抱き締めたい感情に襲われる。だが一つ静かに深呼吸をすると冷静を装い話掛けた。
ルイソンの出現を感じ取っていたアルベルトは驚く事も振り返る事もなく、ただ夜空に浮かぶ丸い月を眺めていた。
「ヴァンパイアしか入れぬ店だ」
「そうか・・ そんな所があるのか」
ルイソンはそっとアルベルトに近づくと違う岩に腰掛ける。
「さっき一緒にいた女は貴様の番か?」
「え? あ、ルイーズか? さぁな・・ アイツとは幼馴染みで、いつも一緒だが、番じゃなかったと思うぜ。覚えていないけどさ。何でそんな事を聞くんだ?」
「べっ別に、ちょっと聞いただけだ・・ ライカンの長に女が数人いても変ではないし、僕には関係ないっ」
いつも落ち着いた物言いのアルベルトにしては、珍しく語尾が上がる口調にルイソンは不思議な顔をする。
「今晩はご機嫌斜めだな・・ ま、お前には関係ないかもしれないが、俺には番も居ないし、誰も興味がない・・ っと言うか、ルイーズやどの雌と居ても、何だろうなぁ~ ここがさぁ、反応しないんだなぁ・・」
アルベルトは、可笑しな物言いのルイソンに目線を移すと硬い表情を向ける。
「ここって何だ?」
「え? だから、ここ」
ルイソンは右人差し指で自身の股間を差すと肩を竦めた。
「・・・・」
「え? だから、俺のチンポが誰にも反応しないんだ」
無反応のアルベルトに再度ルイソンは説明するや、アルベルトの顔が急激に赤みを帯びると、はっきりとルイソンに背を向けた。
「きっ貴様、何を言っている。なんて、はっ破廉恥なんだ」
肩を激しく上下させながら呼吸を整えるアルベルトに、ルイソンの心は一つの答えを出す。
「俺さぁ、昔の事、殆ど覚えてないんだけどよ、失踪の原因は分かった気がする」
「今度は何だ? また変な事を言ったら帰るぞ」
肩越しにルイソンの様子をチラリと確かめるアルベルトの赤い横顔に、ルイソンの頬も熱くなる。
「お前と新月の夜に会って以来、お前の事ばかり考える。多分、俺は昔お前に惚れて、しつこく纏わりついたから、きっとお前に殺されたんだ・・ っ痛って・・」
ルイソンは急激な頭痛に襲われると両手で頭を押さえ背筋を反らした。
「おいっ、大丈夫か? ライカンの長の癖にヴァンパイアの僕に変な事を言うから罰があたったんじゃないか?」
背を見せていたアルベルトは、ルイソンの苦痛を感じ取ると慌てて振り返った。
「くっ・・・・ アハハハ、痛って、ハハハ、そうかもな・・ でも俺がお前に惚れているのは嘘じゃない」
ルイソンはこめかみを指で押さえながらアルベルトの反応を伺うように横目でチラリと彼を一瞥すると、満月が照らす光の中、頬を美しい紅に染めたアルベルトの照れ笑いが見えた。
「馬・・鹿か・・ 僕が貴様を殺すはずがない・・ 何故なら僕もきっと、貴様に好意を持っていた筈だから・・」
囀るように話すアルベルトだったが、ルイソンの鼓膜にはしっかりと届いており一瞬でアルベルトが座る大岩へと移動する。
「もやし、今の言葉は本当か?」
「不覚にも僕も貴様の事ばかり考えて何も手につかない」
「もやし・・ それって」
「かつて僕達は恋に落ちて仲間に殺されたのかもしれない・・ うっ」
アルベルトも頭全体に強烈な痛みが走ると前屈みになる。すると、次の瞬間口を押えた手の平に大量の吐血をしてしまう。
「もやしっ! アルベルトっ!」
ルイソンは大量の血を吐いたアルベルトの背中に思わず触れた。すると、
-回想―
自分の指がアルベルトの頬に触れると、嬉しそうに微笑みながら艶めかしい瞳のアルベルトに見つめられる。
アルベルトの顎を引き寄せ唇を重ねる自分。
スーツに身を包んだアルベルトのジャケットを脱がせ、ネクタイを取り、シャツのボタンを一つ一つ外していくと雪のように透き通った白い胸元が開け出す。
絡み合う舌の隙間からアルベルトの吐息が漏れると自分の身体が更なる熱に包まれる。
「はぁはぁ」
ほんの一瞬ルイソンは意識を失っていたかのように、急激に月明りが眼に飛び込むとアルベルトが自分の手の平にある血痕を見つめており、ルイソンが彼の背に手を置いた事を思い出した。
【昔の記憶】
過去の一ページが脳裏に鮮明に映し出されたのだ。
それはきっと封印されてしまった幸せだった時間。
「アルベルト、大丈夫か?」
「う・・ん。有難う」
アルベルトがそう応えたのと同時に彼の手の中にあった血痕が、重力に逆らうように全て浮かび上がると、再び血の持ち主であるアルベルトの体内に戻っていく。
「は? お前等ヴァンパイアってのは随分と便利な身体をしているんだな・・」
アルベルトは姿勢を正すと首を傾げながらルイソンに微笑みかける。
「まさか・・ ヴァンパイアだって普通出血したら、その血は戻らないよ」
「だったら、お前だけが特別なのか?」
「これは血呪・・ 僕達は誰かに呪いを掛けられたたんだよ。過去の記憶を封印され思い出そうとすると頭痛がする。パウル家に伝わる禁術の一つだと思う」
ルイソンはアルベルトの背中に添えていた手で、彼を優しく抱き寄せると二つの視線が重なった。
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