第11話 異種族

 アルベルトへの想いを抱きながら隣国トマリに到着したルイソンは、白髪と無数のシワで覆われた懐かしい笑顔に迎えられる。


「ルイソンっ! やっぱりルイソンだ! 本当に復活したんだね」

「セブっ! やっと会えた! 元気・・そうだけど・・ 歳いったな・・ 大丈夫か?」

 ルイソンの気配を感じたセバスチャン、通称セブは、白い建物から飛び出すと、長年待ち侘びていた微笑みを発見するや、思わずルイソンの元に駆けつけたため息が上がってしまう。


「当り前だよ・・ 僕は半分人間だからね。ルイソンはあの頃のままだ・・ まるでヴァンパイアみたいに歳を取らなくなったのかな? ハハハ」


【ヴァンパイアのよう・・】

 何気ないセバスチャンの言葉が脳に吸収される。

 ルイソンも不思議だったのだ。四百年間眠っていたとはいえ、これほどまでに仲間との時間の経過に差が生じた事と、肉体に全く衰えを感じなかったからだ。


 昔と変わらず小柄なセバスチャンをルイソンは強く抱き締めると、まだ彼が生存していた事に心から感謝した。


「この間、マックからトーマスって名の研究者を紹介されてさ、色んな武器を見せて貰った。その時に、UV弾に対抗してヴァンパイアも防御服とかをつくったって聞いて、もしかしたらセブのアイデアかなって」

 ルイソンはセバスチャンを抱き寄せていた腕を解くと彼の瞳に自分を映す。


「ご名答。向こうもなかなかのやり手だけど、こっちだって負けてないよ」

「ハハハ。半分ライカンなのにヴァンパイアの味方とは、相変わらず面白いな」

 ルイソンは頭に両手を乗せると、トーマスに対して対抗心を見せるセバスチャンを誇らしく思う。


「セブ。長生きしてくれて有難うな。会えて嬉しいよ」

「ルイソン・・ 君の気配が消えなかったからね。生きていると信じてた。待ったかいがあったよ」

 再会で和やかな空気が漂ったが、ルイソンの脳裏を不安が覆うと憂鬱な面持ちに変わる。


「ワクチンっての知ってるか?」

「ああ、人間に接種し始めたようだね。もし全てが成功したらヴァンパイアはいずれ絶滅する。ま、でもヴァンパイアは基本、不死なんだし、これ以上無意味に殺されなければ、細々と生きていける・・ 問題は彼等のプライドがそれを許すかだ・・ 追い詰められているのには変わりない」

「そうか・・」

「ハハハ、ライカンの長としては目出度い事じゃないのか? そんな苦しい顔をして・・」

 暗い影を落とすルイソンの肩にセバスチャンは手を置くと、首を傾げ自分にも湧く同感の表情をむける。

「セブも・・ だろ?」

「まぁね。僕は常に中立だから。ルイソン、先ずは僕の四百年分の研究を見てよ」

 セバスチャンとは四百年振りの再会にも拘らず、暗い顔をしてしまったルイソンは気持ちを入れ替えると、セバスチャンと肩を組み彼の研究室へと歩を進めた。


 ルイソンの予想通り、セバスチャンはトーマス達が造りあげたヴァンパイアへの攻撃能力を削ぐ研究をしていた。中でもUVカットの衣類は機能的だけでなく、ファッションセンスにも富んでおり、多様な商品を産出していて研究資金源となっていた。


「純銀の弾丸はここでは造っていないんだな」

 研究所の至る所に並べてある様々な防具類を眺めながら尋ねたルイソンに、セバスチャンは驚いた形相で一瞬身体が固まってしまう。

「おいおい、当り前だよ。ライカンを攻撃するなんて考えた事もないし、僕は武器を造らない」

「なら、良かったよ。トーマスの研究所で見掛けたからさ」

「あれは、ヴァンパイアの研究員が開発した。でも抗銀剤注射が完成したから無意味な努力だったよね」

 ユックリとした足取りでセバスチャンの研究成果を眺めるルイソンの前で、セバスチャンは歩みを止めるとルイソンに振り返る。

「ここからが本番だよ」

 満足気な面持ちでニコリと笑うと大きなドア前に立った。

「研究者って取って置きが好きだな」

「へ? あ、トーマスもそうだった? ハハハ、そうかもね」

「中にまたワクチンがあるのか?」

「ちょっと違うかな・・」

 セバスチャンの研究所は、トーマスの所とは比べ物にならない程に小規模であったが、トーマス同様にセキュリティはしっかりとしており、網膜と指紋を読み取らせて開錠させる。

 また、セバスチャンにも弟子がおり、厳重なドアの向こうでは十数人もの研究員が働く姿が見られ、セバスチャンの研究は全て彼等に受け継がれていた。


「セブ、ここは? いったい何をつくっているんだ?」

 扉の向こう側は想像よりも遥かに広く、研究員達が働く奥にも工場のような施設が供えられており、大きな機械が忙しいそうに動いている。


「ここでも薬をつくってるよ」

「薬? ワクチンとは違うのか?」

 セバスチャンは小さな赤い錠剤を一つ自分の手の平に乗せルイソンに見せると、ルイソンがそれを大きな指で摘まんでみる。

「何だこれ?」

「ここに住むヴァンパイアの協力を得てね、彼等が血液を欲するのは血液に含まれる成分と関係があるって分かったんだ。僕達、哺乳類に必要不可欠な栄養素があるように、ヴァンパイアにも血液に含まれるアルブミン等が必須でね・・ その赤い一粒に成人男性一人分の血液に含まれる栄養素が凝縮してある」

 ルイソンは想像を絶するセバスチャンの発想に疑問も質問も浮かばず、ただ茫然と赤い粒を眺めていた。


「セ・・ブ。俺、頭が悪いから・・ よく理解していないと思うんだけど・・ この赤い粒をヴァンパイアが摂取すれば人間の雄一人の血を吸った事になるってことか?」

「正解」

 セバスチャンの一言で一気に理解を深めたルイソンは、ヴァンパイアを救うだけでなく人間にも利益をもたらす素晴らしい彼の研究に、心に覆っていた鉛雲が少しずつ晴れ間を見せてくれた気持ちになると、思い切りセバスチャンを抱き締めた。


「セブ・・ セブ・・ すげえよっ! 本当に凄い! 有難う・・ ウォーーっ」

 嬉しさからルイソンは思わず遠吠えをしてしまい、セバスチャンは慌てて耳を手で塞いだ。そして、研究所や工場で働いていたモノ達の注目を浴びると、ルイソンは口を手で塞ぎ照れ笑いをする。

「嬉しくて、つい、ハハ」

 鼓膜を塞いでいた手を離したセバスチャンは、満面の笑みでルイソンを見つめると思わせ振りな態度で、研究所で働く一人を手招きした。


「ルイソン、彼は優秀な研究員の一人で、ランスだ」

 突然セバスチャンに紹介されたルイソンは、握手を求めてくるランスの手を取ろうとしたが、拒絶反応が起こると鼻をヒクヒクとさせる。

「ランスって言ったか? お前は何者だ?」

 差し出そうとした手を引くと、変わりに怪訝そうにランスを見つめる。

「鼻がよく利くね。ルイソン、さすがだよ。彼はヴァンパイアと人間から生まれたハイブリッドだ」

 ルイソンは今度こそ驚きで開いた口が塞がらず顎を支えた。

「そして、さっき朗報が入った」

「まだあるのか・・?」

「ああ、ワクチン接種した人間からも無事にヴァンパイアとのハイブリッドの赤ちゃんが生まれた」

 ルイソンは莫大な情報量に一瞬足元がふらつくと一歩後退する。

「あのヴァンパイアが人間と番になったって言うのか・・・・ 信じられない」

 ルイソンは驚きで口元を手で覆うと、前に凛々しく立つランスを見つめた。


「ここトマリのヴァンパイアは僕のつくった血液錠剤を接種していて、長年、人間が襲われる事も、ライカンとの小競合いもなく、皆上手に共存している。とは言え、ルイソンの言うように山よりも高いプライドを持つヴァンパイアが、異種族と交わるなんて想像出来ないよね。雌は雄よりも更に高貴だから異種族とは話す事すら嫌がるけど、雄は数が多いし、番なく生涯過ごすモノも居るから、異種族との間に自分の子孫を残すモノ達が現れても不思議じゃないと思う」

 セバスチャンの研究成果によってトマリはオルディアとは全く違う平和な国へと変貌していた。

 血の気の多いモノが多いトマリ国では、内乱で同種族であっても紛争が絶えなかった。そのため様々な手段で平和に解決できないかと、長年奮闘していたルイソンにとって、ハイブリットの存在は奇跡と言える。


「セブ、俺は一度もお前を助けた事を後悔した事は無かった。でも、人間と違う時間を歩ませる事に負い目も感じた。だけど、今日俺は確信した。セブ、お前は俺達ライカンとヴァンパイアの救世主だ・・ いや、まじで、参った・・ ここまで・・ してくれるなんて・・」

 ルイソンの声が震え出すと、一杯になった胸に手を当て呼吸を整えようとしたが、逆に目頭が熱くなる。


「ルイソン・・ 君の意思を、いやガルシア代々の意思を支える協力をしただけだよ。ここまでやってこれたのもルイソンの熱い思いがあったからさ」

 

 セバスチャンの脳裏に声高々に群衆に平和を訴えるルイソンの姿が蘇る。

 

 ルイソンは涙で滲みそうになった視界を指で拭うとセバスチャンに苦い顔をする。

「俺の意思? すまない、四百年前の記憶が消えてしまっているんだ・・ それに俺の意思も、居なくなった理由も・・ 何もかも・・」

 肩を落とし項垂れるルイソンの背中をポンポンと叩いたセバスチャンは、ルイソンに寄り掛かる。

「ルイソンは相変わらず熱いままだよ。ほら、顔を上げて、周りを見て」

 ルイソンが見上げた先には作業の手を止めルイソンに温かい視線をおくる従業員の姿がそこにあり、彼等はライカンだけでなく、人間、ヴァンパイアそして、ハイブリットと、異種族の壁を越えて肩を並べ合っていたのだ。

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