第9話 再会
ミラが眠る墓地からの帰り道、ルイソンは、マキシム、リオとは行動を共にせず、誰も知らない地に四百年振りに足を踏み入れていた。
長年、誰にも手入れをされなかったその場所は、草木が生い茂りルイソンがお気に入りだった大きな岩が、一瞬どこだったか分からず、若干不安な気持ちを抱えながら獣路を進むと、懐かしい拓けた場所に辿り着く。
身体に付いた草木を手で払いながら、ふと見上げたその先に、お気に入りの大岩が目に飛び込んで来たが、何故か先客が居たのだ。
「おい、もやし、ここで何してる?」
予期せぬ誰かの呼び掛けに肩をビクリとさせると、ユックリと振り返った。
「貴様こそ、何故ここを知っている?」
【どこか懐かしい会話・・】
心に同時に浮かぶと、またもや頭痛に襲われ、ルイソンとアルベルトは頭に手を添える。
ルイソンは頭をブルブルと振ると、アルベルトが座る岩に数歩近づいた。
「俺が先に質問したんだ。お前が先に答えろ」
「僕が先にここに居たのだ。貴様が先に答えろ」
ルイソンが頭を掻きながら地面に座り込むと、新月で明かりを失った森が眼下に広がる。
「誰も知らない俺の秘密の場所だ」
「秘密の場所? そんな馬鹿な・・ ここは僕の秘密の場所だ」
「そんなはずはない。俺はここに新月と・・」
「満月に来る」
「は?」
ルイソンの言葉と重なるようにアルベルトが発言すると、ルイソンは驚きで大きく口を開いた。
「な・・何を言う。ここは俺の親父・・ いやガルシア代々に受け継がれた神聖な秘密の場所だ。ヴァンパイアには関係・・な・・い」
自分の放った言葉に疑問が湧いたルイソンは目線を遠くへ動かす。
「そうなのか。実に不思議だな。僕も父上からここを教えて貰った。ライカンの長との密会現場だと聞かされた時は正直驚いたけどね」
躊躇なく語るアルベルトに、ルイソンは目を大きく開けると立ち上がりそうになる。
「俺の親父からも同じ話を聞かされた・・ 俺の場合は親父だけじゃなくて、先祖代々長きに渡ってここでヴァンパイアと会っていたと」
「貴様の先祖が僕の父上と会っていたと言うのか・・ そして僕達もここで会うとは、奇遇だな」
動じることの無く坦々と言葉を紡ぐアルベルトを見ている内に、心が落ち着いたルイソンは、アルベルトが座る大岩の横に並ぶ別の岩に腰を下ろす。
「お前の親父と俺の先祖は、どうしてここで会っていたんだろうな・・ 誰かに知られたら裏切りだろう?」
「そうだね。ハラハラもんだね」
アルベルトは足を組み替えると手を膝上で交差して夜空を見上げた。静かに呼吸するアルベルトをルイソンは横目で見つめる。
「お前はそれを聞いて裏切りと思わなかったのか?」
「それは、貴様も同様だろ? ・・そうだね。父上はとても聡明な方だった。だから、何かきっと、お考えがあっての事だったはず」
ルイソンとは目を合わせず、ただ遠くを見つめながら語るアルベルトの美しい姿に、ルイソンの鼓動が高鳴っていく。
「お、俺の親父も爺様も皆、ライカンである事を誇りに思っていて、仲間を愛していた。だから裏切るはずがない」
力を込めて話すルイソンにアルベルトが初めて視線を向ける。すると、何故かルイソンの頬が熱くなり咄嗟に顔を背けてしまう。そんなルイソンがアルベルトには滑稽に思え、小さく笑うと手の甲で口元を押さえながら再び視線を夜空におくる。アルベルトの笑い声がルイソンの鼓膜に心地良く届くと、貰い笑いをしてしまい、ルイソンも天を見上げた。
「なぁ、もやし。俺達の親父はヴァンパイアとライカンの争いを止めようとしていたんじゃないか?」
「貴様もそう考えるか?」
「え? ってことはお前もか? でもお前、ヴァンパイアがルーアを制すって言ってただろう」
ルイソンの反論には興味がない素振りでアルベルトは続けた。
「僕の父上は、無意味な血が流れる事がお嫌いな方だった。だから、ライカンとの長きに渡る闘争を止めたいと思われていたとしても変じゃない」
「そっか・・」
「そして、父上は失敗して殺されたんだ・・」
アルベルトの心痛い告白にルイソンは慌てて彼の様子を伺うが、美しい姿勢を保ったまま足を組み替えた。
「そう・・なのか」
「貴様が暗くなる必要はない。父上は自殺した事になっている。そんなはずがないと信じたい僕の勝手な推理だ」
憂慮な面持ちでアルベルトの話に耳を傾けていたルイソンに、アルベルトはユックリと視線を合わせる。
暗闇にありながらも蒼玉に輝くアルベルトの瞳は、瞬時にルイソンを魅了すると、身体中の血液が沸騰したかのように心臓が踊り出す。
【さっきから、何なんだ】
理解できない不思議な感情にルイソンは、自分の胸元に手を置くと鼓動が手の平に伝わる。
【隣に居るのは、雄でしかもヴァンパイアだぞ・・ 四百年も寝ちまって頭が変になったか】
「ゴホンっ! そんなにこっちを見るな」
無意識にアルベルトを凝視していたルイソンは我に返ると、頭に手を置き苦笑いで動揺を誤魔化す。
「すまん、すまん。お前が綺麗だから、つい・・ って、げっ!」
心の声をポロリと溢してしまったルイソンは、大慌てで自分の口を両手で塞いだ。
「ばっ、馬鹿か貴様はっ! 僕は男だぞ」
アルベルトは困惑で怒りながらも恥じらう自分を隠せず右手の甲で顔を覆いながら明後日を向く。
「馬鹿なのかもな・・」
ルイソンは透き通るような白いうなじを紅に染めるアルベルトを見つめながら、先程感じた心のざわめきを理解していく。
「ゴホンっ、僕達の父がどうして密会していたのか真相は分からないが、もしヴァンパイアとライカンの間に和平を結ぼうとしていたならば、今も昔も不可能だろう」
顔の熱を冷ますように呼吸を整えるアルベルトだが、冷静を装いながらも早口でお喋りになる。
アルベルトに魅了され暫く腑抜けになっていたルイソンだったが、表情を硬くするとアルベルトの意見に首を縦に振った。
「そうだな。俺の妹と俺の相棒は心底惚れ合っていてな結婚する予定だった。だが、俺が失踪しちまった時に俺の妹はヴァンパイアに殺された」
無言で遠くを見つめながらルイソンの話を聞いていたアルベルトは、眉間にシワを寄せると横目でルイソンの顔色を伺う。
「だから、俺の相棒はお前達ヴァンパイアを絶対に許さないだろう」
アルベルトは視線を自身の膝辺りに移すと暗い表情に変わる。
「そんなことが・・。貴様の妹については悪かった」
「戦争だ・・ お互いに犠牲を払う・・」
アルベルトだけでなく自分自身に言い聞かせながらも、妹ミラの笑顔が頭に過ると胸が苦しくなりルイソンは唇を噛み締めた。
「僕の弟、ケビン、先日貴様の仲間に血術をかけていたヴァンパイアだ。ケビンもかつてないほどにライカンを憎んでいる。僕が眠っている間に何かあったのかもしれない」
ルイソンとアルベルトは、一瞬だけ視線を合わせたが、すぐさま沈黙が彼等を包むと、心を映し出したような暗黒の森を見つめた。
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