第8話 血の力

 突如出現したヴァンパイア達に襲われたリオの家族を救うため、彼等の元に駆けつけたルイソンとマキシムだったが、ケビンが放つ異様な能力の前にマキシムまでもが身動きが取れなくなってしまう。


「マック? リオ? あれ、皆何やってんだ?」

「ルイソンっ! 何故・・ どうして、お前には僕の血術がかからないっ!」

 ケビンは精神を強化させると術に力を加える。

「うっ、くそっ」

 マキシム達は、まるで更なる重石がのしかかったように、地面に張り付かされてしまったが、やはりルイソンには効かず、それどころか、術に意識を集中させていたケビンの前から突如姿を消すと、背後で控えていたアルベルトの前に移動していた。

「おい、お前はそこで見ているだけか?」


 ルイソンの突拍子のない行動に驚いたケビンは、咄嗟に術を解いてしまうと、慌ててアルベルトの元に駆けつけた。

「貴様っ!」

「どうやらお前等、パウル家に伝わる血術は俺には通じないようだ。諦めて帰れ」

 アルベルトの脇に現れたケビンを、険しい目で睨みつけると、ルイソンは毛を逆立てて威嚇する。そして、ケビンの術から解放されたライカン達がアルベルトとケビンを取り囲んだ。

「ここルーア大陸を、いずれ我等ヴァンパイアが制する。我々に忠誠を誓うならば女子供は助けてやる。さもなくば後悔するだろう。もう容赦はしない。犬ども覚えておくがいい」

 ケビンはそう吐き捨てると仲間と共にその場を去ろうとしたが、ルイソンがアルベルトの行く手を阻むようにアルベルトの肩を掴んでいた。


「ルイソンっ! その汚い手を離せ!」

 ルイソンは叫ぶケビンには目もくれず真っすぐアルベルトを見つめた。

「なぁ、もやし、お前もこいつと同じ意見か?」

「もっ、もやしだと!! 貴様、パウル家当主にむかってっ! 今度こそ、殺してやるっ! ・・」

 アルベルトは右手を少し上げて、脇でギャアギャアと叫ぶ弟ケビンを制すと、肩を掴み唐突な質問を投げかけてきたルイソンと向き合う。


【もやし】

 懐かしいその呼び名に不思議と心が和んだが、またしても不可解な頭痛に襲われそうになったため、気を引き締めると鼻先で大きく呼吸をする。

「無意味な争いを止める最良の策だと思うがね」

「そっか・・」

 落胆気な形相でルイソンが掴んでいたアルベルトの肩を解放するや、ヴァンパイア全員が姿を消す。


 パウル家の玄関ホールを幾つかの足音が鳴り響く。

「兄さん、あの獣に摑まれた所、ちゃんと消毒しましょう。全く汚らわしい。ノミでも付いたら大変だ」

 ケビンは怒りと嫌悪感で身体を震わせながら声を荒げると、歩く足にも力が入り床音が大きくなる。


「直ぐにシャワーを浴びるから、心配しなくても大丈夫だよ・・ さっきのはライカンの長か?」

「え? ああ、覚えてないよね。ルイソン・ガルシア・・ 何代目だったか忘れたけど、そう、あのケダモノどもの長だ」

「そうか・・ ケビンはライカンを良く知っているんだね。名を呼んでいたようだが」

「あ、うん。子供の父親がリオ、後から現れたのがマキシム。アイツ等が長を支えている。兄さんが居ない間も、奴等とは何度も小競合いをした。いつだって、ほらさっきみたいに、僕の血術前に奴等は平伏すだけだったけどね・・ あ~ 僕のこの四百年の活躍を兄さんに見て欲しいよ~ こういう時は血の戒は不便だよなぁ」

「そう・・だな」

 隣でふて腐れるケビンを余所に、アルベルトはルイソンの鋭いがどこか優し気な瞳が脳裏に焼き付いていた。ふと、掴まれた肩に自分の手を添えると胸が熱くなる。


 パウル卿は、ヴァンパイア種族の中でも古い歴史があり特殊な能力を継承していた。

 それが【血術】である。

 人間でもライカンでも、血の流れる生物であれば精神を操る事が可能であった。だが、代々受け継がれて来た力も徐々に薄れ始め、能力を発揮するためにはそれなりの精神力が必要となり、長時間術を掛ける事が出来なくなっていた。

 また、ヴァンパイアは他のヴァンパイアの血を飲む事で、彼等の過去の記憶を読み取る力があったが、血族同士では『血の戒』によってその行為を禁じられていた。絆を重んずるヴァンパイアにとって、血を分けた家族の過去を読み取る事は、家族との信頼関係を裏切る行為であり、身体が灰と化すと伝えられていたのだ。


「それにしても、どうしてルイソンだけ術が効かなかったんだろう?」

 ケビンがリビングルームにあるキャビネットからスコッチウィスキーを取り出すと、クリスタルグラス二つに注ぎ入れる。


「昔はどうだったんだ?」

「ちゃんと術がかかったはず・・ あっでも、兄さんだったかも。アイツには兄さんの術しか、かからないのかな?」

 アルベルトはソファに腰かけ組んでいた足を下すと、ケビンからスコッチの入ったグラスを受取る。そして、乾杯を望むケビンのグラスに重ねると、クリスタルが弾ける音が耳に心地良く響いた。

 ケビンは嬉しそうにアルベルトの隣に腰を下ろすと、スコッチウィスキーが喉を通った熱さで大きく口を開ける。


「リオの子供達の顔が分かったのは収穫だったね。早速処分しないと・・」

「子供を殺す事に意味があるのか?」

「奴等が繁殖能力を持つ前に抹消出来れば、これ以上僕達との差ができずに済むよね。人間共といい、増え過ぎなんだよ」

 ケビンは小言を言いながら、もう一口スコッチを喉に流し込むと幼い顔を見せた。

「苦手なら飲まなくてもいいぞ」

「イヤイヤ、僕だって大人だから・・ でもやっぱり何かで割って来ます」

 ソファから立ち上がりキッチンに向うケビンの後ろ姿からは、以前の幼さが消え去っており、アルベルトは複雑な面持ちで、スコッチを一気に飲み干した。


 ルイソンは、マキシム、リオと共に、ライカン族の墓地に辿り着いていた。

「ルイソン、本当に済まない」


【ミラ・ガルシア】

 と彫られた墓石の前に立つルイソンにマキシムとリオは頭を下げる。


「お兄ちゃんのせいだ・・ ミラ・・ 守ってやれなくてごめんな。あと、復活してから色々と忙しくてさ、会いに来るのが遅くなってごめん」

 ルイソンは、ミラの好きだったピンク色の花束を墓石前に置くと手を合わせた。

 マキシムは墓石を見つめるルイソンの背中を眺めながら、唾を飲み込むとギュッと瞼を閉じる。


「俺とリオがトマリでの内乱を鎮めていた時、突然ルイソン、お前の血の匂いがして、心音が消えたんだ。俺達はお前の血の匂いを手繰ったが、そこにはもうお前の姿は無くて・・・・ その変わり・・ くっ」

 マキシムは封印していた昔の恐ろしい光景が頭を過ると、息を詰まらせ両方の拳を強く握り締めた。すると、彼の隣に立っていたリオがマキシムの肩に手を置くと首を縦に振り合図をおくる。

「マック、ここからは俺が話すよ」

「す・・まない」

 リオは先程から振り返る事のないルイソンの背中を眺め、意を決するとマキシムに続いて語り始める。


「俺達が降り立ったのは、ヴァンパイアが牛耳る土地だった。何故、ルイソン、お前の血痕があそこに落ちていたのか分からないが、俺達が着いた時、ミラが檻の中で火炙りにされていた・・ ただの炎ならミラ程の力があれば吹き消せる事を知っていたのだろう、ヴァンパイア共は、銀製の檻だけじゃなくて、銀の玉を火の中に大量に放り込みやがって、マックがミラを救い出した時は、もう身体の半分以上が溶けてしまっていたんだっ! だから、だから・・」

 呼吸が荒くなり前屈みになるリオの背中をマキシムが手を添えると、再びルイソンに視線をおくる。


「だから、俺がミラを楽にした・・ それ以外、ミラを苦痛から救う手段が無かったんだ。俺がミラを殺した・・ 俺が・・ ルイソン、どんな罰でも受ける覚悟だ。本当にすまない」

 マキシムは苦痛の表情で、呼吸を忘れるほどにルイソンの背中に視線をおくり続けた。


「身体の火傷はその時に出来たのか?」

 自分では必死に火傷を見られないように心がけていたマキシムは、ハッとすると悔しそうに首を縦に振る。

 今まで微動だにしなかったルイソンは振り返ると頭を下げた。


「お前達には迷惑を掛けて済まなかった。四百年もの間、ミラの死で苦しんだと思う。それなのに俺は、未だあの日の事も、何故そんな場所に居たのかも、誰にやられたのかも思い出せない・・ 本当に申し訳ない」

「ルイソンっ! やめてくれっ!」

「ルイソンっ!」

 マキシムとリオはルイソンに駆け寄ると跪く。


「ミラは、マック、愛するお前に最後を看取って貰えて嬉しかったはずだ」

「ルイソン・・」

「お前とミラの子供が抱けなくて残念だよ・・ 本当に・・ 残念・・だ・・よ」

 頭を上げないルイソンの足元が涙で濡れていく。

「ルイソン・・」


 ルイソンは再び墓石と向き合うと呼吸を整えるため大きく肩を上下させる。

「マックのヴァンパイアに対する憎悪がどこから来たのか分かったよ」

「ルイソンっ! 俺は絶対に奴等を許せない・・ ミラが味わった苦しみを必ず味合わせてやるっ」

 マキシムは、唇を硬く結ぶと再度意を決するようにルイソン越しにミラの墓石を見つめた。

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