第7話 不安
ワクチンの真の目的をマキシムに質問されたルイソンは、口にするのも恐ろしい答えが脳裏に浮かぶと咄嗟に黙ってしまう。
「ルイソン? 分からないか?」
マキシムに対して今まで決して湧いた事のない嫌悪感を、ほんの僅かでも抱いたルイソンは自分を疑う。
「あ、否・・ 闘わずしてヴァンパイアを滅亡させる」
「アハハハっ! さすが俺達の長だ!」
マキシムはルイソンの肩に腕を回すと誇らしげな顔付きで、ルイソンの腹に軽いジャブを入れた。
人間でいう成人年齢が数千歳以上のヴァンパイアは他の生物と比較して歴然に繁殖率が悪い。しかも雌が子を宿せる期間が非常に短い上、雄の出生率が断トツに高いのだ。加えて忠誠心と自尊心が強い彼等は、一雄一雌の関係を生涯同じ相手で保つ。それは、例え子が産めない雌と番になったり、伴侶が死亡しても人間でいう再婚や離婚は、不死であるにも拘らずしない。そのため若い人間、特に女性をヴァンパイア化として生息数を保ち続けてきたヴァンパイアにとって、トーマスの開発したワクチンは彼等の力を縮小化し、やがて絶滅へと導く結果となる。
長年の宿敵であるヴァンパイアを、弱体化させるトーマスとマキシムの開発は、ライカンの長として賞賛すべきである。そう頭で理解しているルイソンは必死で作り笑いを浮かべ、喜ぶ彼等の輪に加わった。だが、復活後に眺めたオルディアの上空に漂っていた暗雲が、ルイソンの心をも覆い始めた気がして咳き込みそうになった。
トーマス博士の研究所を後にしたルイソンとマキシムは再びオルディアの繁華街を歩いていた。
辺りをキョロキョロと見渡していたルイソンは、いつの間にか数歩マキシムから遅れを取っており、ふとマキシムの背が目に入る。
ルイソンがマキシムと共に肩を並べ切磋琢磨していた頃よりも、随分と落ち着きを払う彼の後ろ姿に、相棒と気軽に声をかけてはいけない気がして言葉を飲み込んでしまう。
「ルイソン?」
隣にルイソンが居ない事に気付いたマキシムは振り返ると、寂し気に立つルイソンと目が合う。
「なぁ~ マック」
「なんだ?」
今までに見せた事のない虚ろなルイソンの面持ちに、マキシムの鼓動が早くなる。
「あのさぁ・・」
「う・・ん? どうした?」
かつて起こらなかった沈黙が彼等を包むと、冷たい風が髪に絡みついた。
「さっきから漂ってくるこの匂いは何だ?」
ルイソンから放たれる次の一言を、糸を強く張るような気持ちで待ち構えていたマキシムには、ルイソンの質問が咄嗟に理解出来なかった。
一方、ルイソンは先程から鼻につく匂いによって、いつの間にか口元から涎が流れ出ており、慌てて大きな舌でペロリとした。
「この匂いは・・ あそこのハンバーガーショップからだな」
マキシムは先程までの緊張が解れると、匂いの原因を探すように首を回転させ一件の店を指差した。
「食い物か?」
「ああ」
「肉か?」
「ああ」
「旨いのか?」
「ああ」
ルイソンの涎が加速をなして溢れ出すと丸い目をくりくりとさせる。
マキシムは少し意地悪な顔つきで目を細めると、ふふんと鼻を鳴らす。
「そう言えば、腹減ったな」
マキシムの言葉に何度も首を縦に振り、長い舌を前に突き出すと、ルイソンの背後に砂埃が沸き立つ。
「ルイソン、尻尾・・」
「おっと」
慌てて尻尾を隠すとマキシムからの次の言葉をしおらしく待った。
「食いに行くか」
マキシムの一言にルイソンは、「ワン」と応えると、既に先程マキシムが指差した店前に移動していた。
「ルイソン、誰も取らないからユックリ食え、ったく」
ブロックのように積み上げられたハンバーガーを、まるでポップコーンのように次々と口へ放り込むルイソンに、マキシムは苦笑いを向けながらも変わらぬ相棒の態度に少し心が軽くなった。
「これ? 何て言ったっけ? 旨いなぁ・・ うっっ、ゴホっ」
「おいおい、大丈夫か?」
ハンバーガーで喉を詰めそうになったルイソンに、マキシムは大きなグラスに入ったコーラを差し出す。
「おお、サンキュ。これはビールみたいにシュワシュワするくせに甘ったるいな・・ ゴホっ」
「水もあるぞ」
ルイソンは持っていた食べかけのハンバーガーを皿に置くと、マキシムから水の入ったグラスを受け取り、一気に飲みほした。そして、口周りの汚れを紙で綺麗に拭くと、今までとは別人のように真剣な顔付きに変わる。
「なぁ、マキシム・・ そろそろ俺の妹に会わせてくれないか?」
頬杖をつきながら楽しそうにルイソンの食べっぷりを眺めていたマキシムは、姿勢を正すとルイソンを見つめた。
「そうだな。すまん。実は・・」
何かを話そうとしたマキシムを遮るように、仲間の危機を感知したルイソンとマキシムは既に店内から消え、テーブルには空になった食器とパン屑だけが残されていた。
「止めてください。ここはライカンの縄張りのはず。ルール違反です!」
「お母さんっ!」
両腕を広げた雌のライカンが、三匹の子供を彼女の背中で庇いながら、突如現れたヴァンパイア達に立つ裸る。
「ライカンも人間共も繁殖し過ぎなんです」
「他にやる事がないからじゃないですか?」
「アハハハ。馬鹿はそれしか知らないんですよ」
「クスクス。そうかもしれないね・・ でもそんなに増えられると迷惑なんです・・ だから人間とライカンの子供を間引きする事にしました。僕達に忠誠を誓うならば生かせてあげますよ。どうです?」
ヴァンパイア達は赤い眼を光らせながら、じりじりとライカン親子に詰め寄っていたが、突如足を止めると身構えた。
「サーシャっ!」
家族の危険を感じたリオが彼の仲間を連れて助けに現れる。
「リオっ」
「お父さん!」
妻のサーシャと子供達は父親であるリオの元に駆け寄ると、安堵感から涙を流してしまう。
「もう、大丈夫だよ」
家族を強く抱き締めながらもリオの意識は目の前に立つヴァンパイアから離さずにいた。
「お前等どういうつもりだ!」
リオの登場に反応するように、ヴァンパイア達の中心に居たモノが歩み寄る。
「リオのパピーだったとはね。お前等お手柄だよ」
「ケビン・・貴様」
「おっと! それは反則だよね」
ケビンが右腕を前に突き出すと、飛び掛かろうとしたリオと他のライカン達は一瞬にしてケビンの前に跪いてしまう。
「くっそー ケビン、てめぇーっ!」
「その子達、君のジュニアだったんだね。探す手間が省けたよ。恨むんならパパを怨んでね」
「何をするっ!」
ケビンは突き出した右腕はそのままで、左の手の平を上に向けると鋭い爪のある人差し指を動かした。すると、リオの子供達だけが立ち上がると、意識と反してケビンに引き寄せられる。それを阻止しようとリオとサーシャは必死で呪縛を解こうともがくが、ケビンの目が更に赤く光ると一層地面へと身体が吸い寄せられてしまう。
ケビンの部下達は、じりじりと近づいて来るリオの子供達を、奇妙な笑みで迎えながら懐から純銀のナイフを取り出す。
「や・・っめろっ! やっめて・・ くれっ」
リオの必死の叫びも非情な面持ちのケビンの耳には届かない。だが突如、子供達をコントロールしていた左手も前に突き出すと、何かの登場に警戒する。
「こらぁっ―― ヴァンパイア共、俺様の縄張りで何をしてるっ!」
突然現れたルイソンは、食べかけのハンバーガーを口に放り込むと指を舌で舐める。
「リオ、皆、無事か?」
「ルイソン、マック・・ 来てくれたんだ!」
仲間の危機を察知したルイソンとマキシムはリオ達の元に現れたが、マキシムは降り立った瞬間、ケビンの力でリオ達同様地面に蹲ってしまった。
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