第6話 博士

 初めて出会うトーマス・キャンベルは、白衣に身を包み少し頭髪と顎鬚に白髪が混じる中年男性だった。

 マキシムとは長年の付合いがあるのか、彼等の間には信頼関係が垣間見え、ルイソンもトーマスに微笑むと差し出された右手に握手する。


「初めまして、トーマス博士。俺が長のルイソンですって言っても、オルディアの変貌に驚いてばかりで、お恥ずかしい限りです・・ ハハ」

 ルイソンはトーマスと握手を終えると、頭に手を添えて苦笑いをした。


「ルイソン君は四百年も居なかったんだ。仕方がないよ。じゃ、早速だけど色々と見てもらおうかな。マキシム、例の物も完成しつつある」

 トーマスは含み笑いを浮かべるとルイソンには到底理解出来ない意味有り気な態度をマキシムに示す。


 トーマスの後に続くルイソンとマキシムは、幾重にも厳重に守られたセキュリティを超え薄暗い大きな部屋に案内される。

 スポットライトのように回りよりも明るく照らされたガラスケースの中には、ルイソンが今まで目にしたことのない道具が幾つか丁寧に陳列されていた。


「これは銃だ」

「銃? え? こんなに小さいのが?」

「そうか、銃はルイソンも知っているんだね。多分火縄銃かもしれないが、今は随分と小型化してね、携帯も扱いも簡単になったんだよ」

 銃と教えられた小さい道具を前にルイソンは懐疑的な面持ちを浮かべる。

「普通弾丸は鉛を使うが、それではヴァンパイアには通用しないのでね。この銃には太陽の光と同じ効果があるUVを液体化した物が込めてある。ヴァンパイアの体内に留まれば、その部分は必ず灰と化す。心臓に直撃できれば彼等は一瞬で灰になる」

「こんな小さな銃でヴァンパイアを殺せると言うのか・・?」

「ああ」

 驚きの表情を隠せずにいるルイソンの肩にマキシムは手を添えると自慢げに応えた。

「だが、奴らも同じアイデアを持っていてな、俺達に致命傷を与えられる純銀の弾丸を製造している。それから、トーマス博士はUVライトをヴァンパイアに照射できる武器も造ってくれたが、それらを遮断できる衣服を着用するようになった。ま、奴らも黙ってやられる玉じゃないってわけだ」

「日焼けをしたくない人間達に人気のアイテムになってしまったのも皮肉ですがね。それにUV弾丸も通さぬ防弾着が出来上がるのも時間の問題でしょう。どうやら敵側にも素晴らしい科学者が居るようです。参った・・ ハハハ」

 トーマスは腕を胸の位置で組むとルイソンに苦笑いをしてみせた。

「そう・・ですか。俺が見たヴァンパイアは昔と同じ格好だった気がするが・・」

「ああ、相変わらず紳士気取りのいけ好かないスーツの下にUVガード服を身に着けているようだ。アイツ等は、暑さも寒さも感じないから年中着用している」

「暑さも寒さも感じない・・」

 マキシムのセリフを小さく繰り返したルイソンの脳裏に昔誰かと交わした会話が蘇る。


『裸で寒くないかぁ?』

 誰かの透き通るような白い肌に触れている指の感覚が身体を走ると、ルイソンは自分の手の平を眺めた。


『僕達は寒さを感じないから大丈夫だよ』

『そうだったな・・ 不老不死で気候にも左右されないとは、お前等は便利だよな』

『お日様の下を自由に歩ける、ライカンの方が僕は羨ましいよ』

『ないものねだりってやつだな・・ アハハハ』

『そうだね・・ クスクス』


【誰と交わした会話なんだ?】

 思い出そうとしたルイソンは突如鋭い頭痛に襲われ、手を額に添えると前屈みになる。


「おいっ! ルイソン大丈夫か?」

 傍らにいたマキシムは急遽顔面蒼白になったルイソンが丸めた背中に手を添えた。

「一気に情報を詰め込み過ぎたのかもしれませんね」

 ルイソンは背筋を伸ばし大きく深呼吸をすると、憂慮の言葉をかけてくれたマキシムとトーマスに笑って見せる。

「大丈夫ですよ。きっと二日酔いです。面目ない・・ ハハハ」

「取って置きをまだお見せしていないのですが、もう少し頑張れますか?」

「勿論です」

「良かった」

 今日ここに、ルイソンとマキシムを呼び寄せるに至った隠し玉を、まだ披露していないトーマスは、ルイソンの了承に安堵の表情を見せると、足取り軽く部屋の奥へと進んで行く。


「トーマス博士、この小さい玉は何ですか?」

 トーマスの後に続こうとしたルイソンだったが、銃の横にある別のガラスケースを指差した。

「ルイソン君、それは小型爆弾です。この小さな爆弾にもUV加工が施してあってね、これをヴァンパイアの拠点に投下すればヴァンパイアを根こそぎ退治できると考えていたんだが、彼等の張る結界が考察よりも複雑でね。ハハ、なかなか計画通りにいかなかったのだが、マキシムはじめライカン族の協力もあってね、結界の謎がもう直ぐ解明できるかもしれません。で、これが、ヴァンパイアが貼る結界を探知する機械で、こっちがそれを破るやつです」

 そこには小さくて薄い本のようなものが置いてあり、オルディアの街が地図状で映し出されていた。そして、小さな箱を背負った針金の足を持つ蜘蛛の形をした道具が横に並べてある。

 初めて見る物ばかりで、これがどの様な威力を実戦で発揮できるか想像も付かないルイソンではあったが、科学の進歩とヴァンパイアへの攻撃力の向上に喉の渇きを覚えた。


「ま、造ったものの実際使ってみないと成功できるか分からない代物なんだけどね。それよりも、今日見せたかったのはこっちだよ」

 そう告げたトーマスは再び歩き出すと、先程よりも小型のエレベーターに乗り込み、ルイソンとマキシムを別のフロアに案内する。

 研究の成果を見せたくて逸る気持ちを抑えながらも、時折笑みが零れる彼は、エレベーター内ではまるで子供の様に振る舞った。

 

 エレベーターを降りセキュリティで守られたドアを数枚抜けると、ガラス張りの施設が現れる。ガラスの向こう側では白衣に身を包んだ十人程の研究員が、忙しそうに作業に勤しんでいた。

 ルイソンとマキシムはトーマスの導きで、ラボ横の小さな部屋に案内される。

 壁側に沢山のコンピューターが並べられ、どれも何かをスクリーンに映し出していた。


「ルイソン君、ここでは薬とワクチンをつくっている」

「薬? ワクチン?」

「ライカン達はシルバーに耐性がないね。そのためシルバーが身を裂けば、その部分は溶けてしまうし、万が一心臓を貫かれれば命を失う。だがこの注射薬を打てばシルバーに対する身体の過剰反応を防げるんだよ。シルバーで死なないってわけ」

 

 ライカンは純正の銀に耐性がない。それを熟知しているヴァンパイアや人間は、昔から純銀を原料に武器を造ってライカンを奇襲したのだ。

 トーマスはライカンが純銀に対してアレルギーがあると見い出し、シルバー製で襲われた直後に、注射薬を投与すれば身体が溶ける事も命を落とす事もないと豪語する。

 

「トーマス博士。本当に本当に有難うございます。これで俺達は完全無敵です!」

「マキシム・・ 沢山のライカンが実験に協力してくれたお蔭だよ。攻撃された直後に投与が必要だよ。忘れないでね」

「はいっ!」

 マキシムはトーマスに何度も礼を告げ下げていた頭を上げると勢いよく返事をした。

「それとだね・・ ワクチンも完成させたよ。これもマキシム達、皆の協力の賜物です」


 トーマスは溢れんばかりの喜びに声を震わせながら、彼の隣に設置してあるパソコンの画面を指差した。

 そこには二つの映像があり、どちらにも丸い細胞が映し出されている。一方は何かの侵入で細胞が破壊され最後には喪失されるが、もう一方は、細胞が破壊されることなく、逆に侵略してきたウィルスのような黒い物体が、画面から消え去ったのだ。


「トーマス博士っ! とうとうやったんですね! 凄い! これで人間もヴァンパイアの脅威から少しは解放されますねっ」

 達成感を滲ませた顔でトーマスを賞賛するマキシムの態度から、ワクチンと薬の完成を彼がどれほど待ち望んでおり、ライカン族にとってプラスの要素になる事は容易に理解出来るルイソンだったが、トーマスと言う人間に会って以来、何故だか不安が心を占めていく。 

 

「ルイソン君、これがワクチンです。長年ヴァンパイアに嚙まれ続けたライカン族は、嚙み傷からの菌の侵入に免疫が出来たせいか、ヴァンパイア化しなくなったよね。このワクチンを打てば、人間がヴァンパイアに嚙まれてもヴァンパイア化することも、失血さえしなければ、死ぬこともないのですよ」

「このワクチンで人間を救える。そして他の目的もある。分かるかルイソン?」

 含み笑いを浮かべるマキシムに問われたルイソンの背筋に何故か冷たいものが走った。

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