第5話 近代
朝の光が窓に差し込み一匹の狼を照すと、耳がピクピクと動く。
「すっかり狼の姿だよ~」
「長の尻尾って大きいのね~」
「うわ~フッカフカだぁ~」
子供達の楽し気に弾んだ声が店内に響き渡る。
「その大きな狼を起こすと怒られるぞ~」
「そうそう、寝起きが悪いからねぇ~」
「全く、何てざまだ。昨日の立派な決意は何処へいったぁ」
昨夜のルイソン復帰パーティで散らかった店内を片付けながら、リオ、ルイーズそしてマキシムが小言を零していると、ルイソンが重い瞼を開ける。
「起きたか、この酔っ払い」
「ルイソン、いやだぁ~ もう、酒臭い!」
「本当だ。チビ共、そのおじさんの吐く息で酔っ払ちゃうぞ」
リオがルイソンを取り囲んでいた子供達に声を掛けると、皆が一斉に鼻を摘まんだ。
「なぁ~ このガキ共は誰だ?」
「ちょっと、ガキってねぇ!」
「ハハハ、いいよ、ルイーズ。僕の子供だよ。ルイソンが不在の間に結婚して子供が出来たんだ」
「え? ええええ! リオ、おめでとう! 嫁は誰だ? まさかルイーズか?!」
「バカっ! 違うわよ」
「サーシャって言う、トマリ国で出逢ったんだ」
「そうかぁ~」
ルイソンは驚きと喜びでスッカリ目が覚め、先程までの獣だった姿から即座に擬人化すると、彼を弄っていた子供達を抱きかかえた。
「俺はお前の親父の友達で、ここの長だ」
「うん、知ってるよ、ルイソンおじさん」
「長なのに、どうしてここで寝てたの?」
「長ってヒーローなの?」
「アハハ、すまんすまん。昨日はつい飲み過ぎた。俺はヒーローじゃないけど、ここの皆を守る事を約束する」
「うんっ!」
子供達は目を輝かせ初めて会うオルディアの長に大きく頷いた。
「キャキャキャ、くすぐったいよ~、アハハハハ」
ルイソンに抱えられながら物怖じしない子供達を、ルイソンは大きな舌でペロペロと舐めた後、彼等を地面に下す。
「ルイソン、サンキュ」
ルイソンは同族である証として子供達に所謂マーキングをしたのだった。
礼を告げたリオにルイソンはウィンクをすると満足気にニコリと笑う。
「こっちこそ、同族を増やしてくれて有難うな、リオ・・ で、お前等名前は何だ?」
ルイソンが再び意識を子供達に向けると、一番大きい子供が一歩前に出る。
「俺はケイレブ」
「私の名前はソフィア。長、どうぞよろしくお願いします」
「僕は、ジミー、え~と本当は、何だっけ?」
「ジミーは、本当はジェイムスだけど、皆ジミーって呼ぶんだ」
「ケイレブ、ソフィア、ジミー。よろしく頼むぞ」
ルイソンに頭を撫でられながら名前を呼ばれた子供達は、嬉しさで尻尾が顔を出すと思い切り振ってしまう。
「あっ!」
「ガハハハハ。良い子に育ってるじゃないか、リオ。で、嫁さんはどこだ?」
「あ、今、買い出しに行ってるよ」
「そっか、じゃあ、嫁に会うのは後の楽しみにするか」
ルイソンは子供達の目線の高さに座っていた腰を上げると大きく伸びをした。
「じゃ、この可愛い仲間のために長の仕事を始めるぞ。街の巡回をしたい。マック案内してくれ」
「おお、任せておけ」
マキシムが合意した途端、ルイソンとマキシムはその場から消え去っていた。
「全く、普通に店の玄関から外に行けないのかしら」
ルイーズは呆れた振りをしながらも、心ではルイソンの変わらぬ風格に心が震えていた。
「ルイソン、先ずはここサンライズアベニューから案内するよ。お前に会わせたい人間もいるしな」
ルイソン達は一瞬でオルディアの中心通りに降り立つと、マキシムがサンライズアベニューに並ぶ商店を簡単に紹介する。
「なぁ、マック、高い所にある黒くて四角い物は何だ?」
ルイソンは何かに指を差すとマキシムに尋ねた。
「あぁ、あれは監視カメラだよ」
「カメラ?」
「そうだな、あれも四百年前には無かったな・・ ここからの映像が俺達の監視室に届けられて治安の維持をしているんだ。後で俺達の監視室やオフィスにも行かないとな」
「映像、監視室、オフィス・・ ???」
ルイソンはマキシムが口にする言葉の意味が全く理解出来ず、口中でブツブツと呟きながら歩を進める。
「まぁ、おいおい説明していくよ」
「なぁ、こんなにそのカメラってのが必要なのか?」
ルイソンの指摘通り監視カメラはサンライズアベニューの至る所に設置されていた。
「ああ、ヴァンパイア共が下らぬ挑発をしてくるからな。ま、でもカメラを設置してからは、少し大人しくはなった」
「そっか・・」
「ルイソン、着いたぞ」
観光客のように辺りをキョロキョロと見渡していたルイソンは、足を止めるのが遅れ思わずマキシムの背中にぶつかってしまう。
「おっと、すまん。ゲっ? ここなんだ?」
小さな店が並んでいた通りに突然巨大な建物が聳え立っており、ルイソンはビルの高さと近代的な造りに一瞬仰け反ってしまう。
「まぁ、ビックリするよな。全く人間ってのは、とんでもない物を造れるようになっちまったもんだ」
マキシムは苦笑いをするとポケットから札のようなものを取り出し、ルイソンの首に掛ける。
「何だこれ? 俺の顔か?」
マキシムから手渡された小さく薄い物に何故か自身の顔が載っている事を不思議に思うと裏表を何度も確かめた。
「これがなきゃ、ここに入れないから。そうそう、昨日お前が酔っ払う前に写真撮っただろ?」
「写真? はぁ・・?」
ビル内に入るとガードの男達に一礼をしたマキシムは、通行証をゲート前でスキャンさせる。すると、シルバー色の大きなドアが自動で開き、彼は動じることなく前へと進んだ。だが、マキシムとは対照的にルイソンは挙動不審さ丸出しでマキシムの後に続こうとしたため、ガードの一人に呼び止められてしまう。
「あ、ちょっと。通行証を拝見出来ますか?」
「・・・・(汗)」
ルイソンが立ち止まりぎこちない動きで警備員に振り返っていると、マキシムが異変に気付き中から戻って来る。
「ルイソンごめん。俺の後についてきていると思ったから。すみません、決して怪しい物ではありません。今日はキャンベル博士とお約束をしています。よろしいですか?」
「キャンベル博士とですか。今朝、ヴァンパイア達が不穏な動きを見せているとの報告が入ったものですから、大変失礼致しました。どうぞお入りください」
「良かった。ありがとう」
マキシムはガードの一人に軽く会釈をすると、呆然としているルイソンの肩を掴みビルの中へと進んで行く。
次に、綺麗な制服に身を包んだ受付の女性と簡単な会話を済ませ、首が痛くなるほどにビル内を見上げていたルイソンの腕を鷲掴みにすると、エレベーターホールに向った。
「マック・・ 俺、長失格だな・・」
「そんな事ないさ。ルイソンなら直ぐに慣れるよ。ささ、乗った乗った」
若干放心状態のルイソンの背中を押すと、いたずらっ子な面持ちで彼をエレベーター内に押し入れる。
「ビビるのは、これからだぞ」
「へ?」
エレベーターが上へと昇り始めるとルイソンは毛を逆立てながら隅っこへと身体を移動させた途端、狼の姿に変貌しようとする。
「うおうおっ、ルイソンっ! ちょっと待った! ここでの変身は禁止!」
マキシムの冷静な姿にルイソンは若干落ち着きを取り戻すと変身させてしまった両腕を再び人間化させた。
「これ、エレベーターって言って、人や物を乗せて上まで連れて行ってくれる便利な乗り物なんだ。ルイソンに紹介したい人、トーマス博士はビルの最上階にいるから、この方が簡単に行けるんだよ」
ルイソンがマキシムの話を聞きながらエレベーターの壁や天井を隅々まで観察している内に目的階への到着を知らせるベルが鳴った。
「着いた。降りるぞ」
「お、おお」
開いた小さなエレベーターのドアを少しおどおどしながら通り抜けたルイソンは、年配の人間に出迎えられる。
「マキシムっ、もしかすると彼が長のルイソン君かい?」
「トーマス博士。今日はわざわざ有難うございます。そうです。こいつが長のルイソンです」
ルイソンはトーマス博士と呼ばれる人間が自分に会う事を期待していたのだと理解するや、ビルに到着した時の挙動不審さを改め、長として振る舞うよう姿勢を正した。
「ルイソン君。会えて本当に嬉しいよ。私はトーマス。ここで色々な研究をしているんだ。君のことは常々マキシムから聞いているよ。だからかな、初めて会う気がしない」
トーマスはそう告げると大きな笑みを全面に右手を前に差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます